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王子と私とデパコスと  作者: えるぜ


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黒デパコス登場

デパコスにエスコートされて馬車から降りる。

玄関前には既に家宰らしい初老の男性が立っていて、私を見るとぱっと笑顔を見せた。


「…………お元気そうでいらして何よりです。こうやってお顔を拝見するまでは心配ばかり先に立ってしまい」


そう言って軽く涙ぐみながらドアを開けてくれる。


「ありがとう。あの………ごめんなさい、お名前を覚えていないんです。宜しければまた色々教えて下さい」


「……勿体ないお言葉です。私はタウンハウスでの裁量を扱っております、セバスチャンと申します」


私はお腹にぐっと力を込めた。

お約束すぎて吹き出しそうだ。しかし、私の無事を心から喜んでくれているらしいおじちゃんを笑い飛ばして良い筈がない。


「さあ、お早く。侯爵様ご夫妻も首を長くされてお待ちです」


その言葉通り、開かれたドアの先、玄関ホールに1組の男女が立っていた。


「ああ!アルティ!」


優しそうな女性だった。


「大変な目に遭ったわね。第一報が届いて直ぐに代理大使ご夫妻が来られて。こちらへ戻る途中、次の知らせで貴女が意識を取り戻したとは聞いたけれど………もう毎日、悪い事ばかり考えてしまって、気が気ではなかったわ」


何の苦労もした事のないような少しふっくらとした無垢な少女のような人。でも、私を見詰める眼差しと、暖かく包み込んでくれる両腕は、記憶の中のお母さんを思い出させた。


「……………お母さん………」


この言葉を口にするのは何年ぶりだろう。私は声を殺して泣いた。


「アルティ、ああ、アルティ、泣かないで。もう大丈夫よ。何の心配もいらないから」


「エインズワース公爵、この度はご足労をおかけ致しました。もし時間があれば、我々とお茶の時間を共にして頂けないでしょうか」


そう言ったのは多分お父さんだろう。

デパコスは毒にも薬にもならない、と辛辣な評価をしていたけれど、こういう善良な高位貴族というのは珍しいんじゃないだろうか。だからこそ、和平交渉の全権も任されたのだと思う。


「ええ、喜んで」


デパコスの了解を得て、我々は場所を移した。


「アルティ、貴女が好きだったサンルームに支度をさせてあるわ。貴女の好きなお花と、好きなお茶とお菓子、それから…………」


「マリアベル、急いてはいけない。記憶の混濁がある事は重々承知の上の事。あれもこれもと欲張って、早く記憶を取り戻して欲しいと願えば、それは却ってアルティを追い詰めるだろう」


まっこと正論でごわす。

いや、なかなかこのおじさん、分かっている。良く出来た人ではないか。


「ああ、そうねユージーン、貴方の言う通りだわ。わたくし、舞い上がってしまっていたわ。ごめんなさいね、アルティ」


そう言って途中からは私の方を向いて申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「いえ、そんな事ないです!色々考えてご用意して下さった事、本当にありがたいです」


マリアベルとユージーンね、お名前ゲット!と思いながら私は慌てて返事をする。

そして私達はそれぞれ案内された席に着いた。


「先ずは、エインズワース公爵、貴方の事もすっかり忘れてしまったという娘の事を、今も婚約者として扱ってくれている事、心からのお礼を申し上げたいと…………」


カップを取り上げて、立ち昇る紅茶の香りを楽しんでいたデパコスがにっこりと微笑んで侯爵の言葉を遮った。


「当然の事をしただけです。もし逆の立場だったら、アルテミシア嬢も俺を婚約者として大事にしてくれたでしょう?少しでも彼女の支えになれるのなら、こんなに嬉しい事はありません」


逆だったら………どうだろう。この薄紫の髪と瞳を持つ、外見ごく気の弱そうなご令嬢が、ある日突然完璧だった婚約者が靴の踵踏んづけて立ち食いを始めたら…………卒倒しそうだ。


「それから、もう直ぐ義理の父と息子になるのですから、敬語は辞めましょう」


デパコスの言葉に両親が微笑みを交わした。


「それにしても不思議ね。私達が不在で、アルティが1番不安な時に一緒にいてくれたからかしら。あなた達、以前より仲が良さそうに見えるわ」


嬉しそうにおかーさんが言った。


「そうですね………以前の記憶が無い代わりに、様々なアルテミシア嬢の魅力に気付く事が出来た事実は否めません」


さすがだ。

以前の私には全く興味が無かった事を美辞麗句に包んでさらりと言ってのける。


「貴公には本当に助けられた。お言葉に甘えて男同士敬語は抜きで話させて頂くが………我々も戻った事だし、社交シーズンも終わる。シーズン中はアルティはタウンハウスに戻り、我々が領地に戻る時にはファーレンハイトで静養させようと思う。それについては、どう思われる?」


珍しくデパコスが長考している。


「………そうですね、確かに俺もアルテミシア嬢がいつまでも王宮に留まるべきだとは思いません。ただ、侯爵ご本人が先程仰っていたように、ここはかつてのアルテミシア嬢の思い出が多すぎる。今はそうではなくとも、やがては『こうしたら何か思い出すのでは』と考えたり、アルテミシア嬢の一言一句に反応して『思い出したのか!?』と一喜一憂してしまう日が来るでしょう。それは…………お互いの精神を蝕みます」


俺は、本当に彼女に無理をして欲しくないんですよ…………


デパコスの迫真の演技におかーさんが涙ぐんでいる。

いや、デパコスは私が王子の近くにいるのが嫌なだけだから!だけどまだ何か腹に一物ある表情だ。


「………いっその事どうでしょう、環境を変えてこの先の人生を前向きに捉えられるように。エインズワースのタウンハウスに逗留して頂くと言うのは」


成る程!

と、おとーさんが膝を打った。


「公爵、貴公は娘の記憶が戻ろう戻るまいが、一生を共にしたいと考えて下さっていたのか!」


「当たり前でしょう」


…………微笑むデパコスに2人揃って感極まっている。

何でそういう話になるんだ!!

確かにこれじゃあ毒にも薬にもならんわ、と私は絶望的に思った。


いつも読んで下さってありがとうございます^_^

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