王子おかしくなりつつ
「え、却下」
何となく流れでそう言う次第になったんですよ、と、デパコスのタウンハウスに居を移す、と話した途端に王子からのダメ出しが出た。
「百歩譲って、王宮から移るんなら、何で自分ちに帰らないの?」
正論でごわす。
ただ、私は分かっていた。王子だって分かっているだろう。私達がこのままでいる限り、過去の自分を思い出す事は決してない。デパコスが言っていた事もある意味真実だ。私はファーレンハイトの両親に、過去に存在していたアルテミシアは二度と貴方方の前に現れない事を申し訳なく思うだろう。そして、両親は薄氷を踏むような思いで私の様相を伺うだろう。
それは、お互いにとって不幸だ。
それならばいっそ、「今の貴女が好きです」と言ってくれたデパコスと共に暮らした方が、ずっと精神衛生上好ましい。
「……………途中から何にやにやしてんの?」
え?私、にやにやしてましたか?
だって、好みどストライクから好きだって言われたんですよ?そらにやにやもしますわ。
「とにかく却下。婚姻前の男女が共に暮らすなんて認められないから」
同道していたデパコスが口を開いた。
「それなら王宮にいる事も婚姻前、しかも婚約者でもない男女が共に暮らしていますよね」
いや、王宮の警備知ってるだろ。
どうやってオレがそこに漬け込める訳?
王子の言葉にデパコスが苦々しげに向首した。
「確かに、エインズワースのタウンハウスで過ごして頂くと言うのは、自分ながら無理はあるだろうと思ってはいましたが」
間があった。
「恐れながら王太子殿下は、アルティをお好きなのですか?」
まさかの爆弾発言である。
私はくらりと目眩を起こそうになった。この体、体力無さすぎる。
「アルティ?何それ」
王子が眉根を寄せて尋ねる。
「ファーレンハイト侯爵夫妻は、アルテミシア嬢の事をアルティと呼んでいらした。ですから俺も家風に沿ってアルティ、と呼ぶ事にしました」
「好きは好きだよ、だけどオマエが思っている好きとは違うと思う」
「でしたら横恋慕は止して頂きたい。彼女は俺の婚約者で、王太子殿下の意向に沿う必要はない筈です」
じゃあ聞くけどさ、と王子が言った。
「オマエはアルテが好きなの?記憶を失ってしまったアルテミシアさんとは全然違うだろう?それでも、好きなの?」
そうですね、とデパコスが見た者がうっとりとするような微笑みを浮かべた。
「…………好きですよ。今のアルティが大好きです。見ていて飽きません」
オマエなあ!珍獣じゃないんだから!と王子が言った。
「オマエ………ひょっとしてアルテの記憶が戻らない方が良いと思ってる?今のアルテのままでいて欲しいと思っている?」
「そうですね………その感情は否めません」
「やっぱヤダ」
王子が言った。
「オマエだけは嫌だ」
どうしてですか?とデパコスが穏やかに促した。
「………アルテが、オレよりオマエの事を好きになりそうで嫌だ」
………子供ですか、とデパコスが答えた。
「王太子殿下が1番だけれど、まあ格式的にここで落ち着こう、そんな相手だったら喜んで祝福するんですか?」
ああ、そうだよ、と答える王子の声が低い。
「ハラディもミチタカも、その上アルテまでいなくなったらオレはどうしたらいいんだ」
瞬間デパコスが黙り込む。
そりゃそうだ。彼はハラディもミチタカも知らない。私は初めて王子の孤独を知った。
「……………やっぱ、王宮にお世話になるわ」
私の言葉にデパコスは諦観したような眼差しを投げた。
「………まあ、そうなるとは思っていましたけれどね」
「職住隣接は確かに便利だしね」
「貴女の送迎は俺が責任を持って行うつもりでしたが」
うん、いや、仕事前のひと時が私達には必要なんだよ。その思いはデパコスには通じないだろう。
「………分かりました。エインズワースのタウンハウスに逗留して頂く事は諦めましょう。けれど、社交シーズンが終わって領地へ戻る時、アルティを連れて行く事、これには諾とお願い致します。母と………今のアルティを引き合わせたい」
まさか、アルティの不幸など望んではいらっしゃいませんよね、そう言ってデパコスが微笑んだ。
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