後悔
俺のミスだ。
ハルカから流れる冷たい血液が装甲の隙間から滴り落ち、赤い山をつくる。
番犬の攻撃、防御、継戦能力はどれも一級品だが、その難攻不落に拍車をかけているのが、鉄壁ともいえるエネルギー障壁だ。
エネルギー障壁は一定以上の加速度で接近する物体に対し、ピンポイントでプラズマの爆発を発生させ、その爆発力で衝撃を防ぐ。
今装備しているレールガン、ガトリング砲、ライフル、ゼロ・ブレイカー。
どれも相手の射程圏外からの有効打にはならない。
必殺のゼロ・ブレイカーは障壁と同じプラズマ反応を使った武器であるため、障壁の一時的な相殺自体は可能だが、圧倒的な出力のプラズマ発生器によって、すぐに回復してしまうだろう。
ゼロ・ブレイカーもチャージの時間が必要であり、連射はできない。
今手元にある中で最も有効な武器は・・・。
唯一の近接武装である、ハルカのパイルバンカーだけか。
エネルギー障壁の内側であれば、プラズマの爆発による影響は小さい。
接近することになるが、万が一エネルギー障壁を再展開されても装甲を貫ける。
俺の機体はパイルバンカーの爆発的な衝撃に耐えられるような構造になっていない。ハルカの機体は既にボスたちが修理してくれているから、使う分には問題ないはずだ。
ハルカを前線に立たせてしまうが・・・。
「おじさん! 今の私を舐めないでよね! 番犬やつ、けちょんけちょんにしてやるんだから!」
サムから受けた影響か、通信から聞こえる声はやる気に満ちていた。
ただでさえ低い危機感知能力が底を抜けてしまったようだ。
だが怖気ず、士気が高いことはいいことだ。
[番犬撃破作戦]
事前準備:ハルカは丘の向こう側で待機
最高速度のブーストができるよう、機関部を温めておくこと
①ゼロ・ブレイカーによるエネルギー障壁の一時破壊
②番犬が作戦地点に到達と同時にレールガンによる脚部への攻撃
番犬が停止すれば③へ
停止しない場合は距離を取り、再度①からやり直し
③番犬の射程圏内に入り、番犬の全武装のターゲットを俺に集中させる
ハルカは最高速度で背部に接近し、地面と水平にパイルバンカーを直撃させ、番犬を撃破する
なおジェネレーターの爆発が起こるため、攻撃後はパイルバンカーの反動を利用し、直ちに離脱すること
正面からの戦闘しか想定していない相手だからこそできる無茶な作戦。
やつにも修復用ナノマシンは搭載されているが、短時間での履帯の修復は無理だろう。
ハルカの機体でレールガンが使用できたならよかったが、今はこれが最善だ。
きっとうまくいく。
・・・風が強くなってきたな。
吹雪が来る前に仕留めたいものだ。
「ハルカ、準備は?」
「バッチリ! 任せてよ!」
「よし、作戦開始!」
作戦は順調に成功していた。
ハルカは予定通り番犬の背後を取っていた。
履帯の修復は間に合っていない。
やつにハルカの攻撃を止める術はない。
無かった。
そのはずだった
聴覚センサーは、レールガンでもガトリング砲でもない2発の砲撃音を検知した。
センサーカメラが映し出したのは、砕け散るハルカの機体だった。
そこから先は一瞬だった。
俺はゼロ・ブレイカーを庇いながら番犬に突撃した。
エネルギー障壁が再展開される。
機体はもう孔だらけで、右腕はもう無いに等しかった。それでも番犬との距離0メートルに到達する。
ゼロ・ブレイカーの射出口を押し当てると同時に発射し、正面装甲以外のすべてを凍結させた。
勝利の余韻に浸ることなく急いで番犬の後方、ハルカの機体へと駆け寄る。
コックピットへの直撃は避けられていたが、その見てくれはもはや鉄クズだった。
コックピットのハッチを残った左手でこじ開ける。
防護服のヘルメットはすべて割れ、血まみれのハルカは目を瞑っていた。左脇腹には機体の破片が深々と突き刺さり、破れた防護服の断熱材を黒く滲ませている。
「お・・・じ・・・さん・・・」
口元の微かな吐息が空気を白く濁らせる。
まだ息はあるものの、非常に浅い。
「ハルカ! ハルカ! しっかりしろ!」
返事は来ない。
意識不明の重体。
早く街へ・・・。
ハルカの機体の牽引は不可。
ならば左腕で抱きかかえて、くっ・・・。
先ほどの曇天が嘘のように、辺りを雪の嵐が覆い始めた。
抱えて行こうにもハルカの防護服 は破損しており、この吹雪の中外気に曝せば一気に体温を奪い、命をも凍らせるだろう。
・・・・・・。
事態は一刻を争う。
1秒迷うごとに、ハルカの命の灯は小さくなっていく。
ハルカをこれ以上外気に曝すことなく、あと一歩の街まで運ぶ方法。
・・・なんだ、簡単なことじゃないか。
右肩武器 左肩武器 予備ジェネレーターへのエネルギーライン遮断
ユニットのロック解除
パージします
・・・バキッ ガシャン
ドサッ
コード エマージェンシー
生命維持装置との接続が解除されました
ブラックボックスに深刻なダメージが発生しています
直ちに生命維持装置を接続してください
俺は正面装甲を開き、コックピットに搭載している予備ジェネレーターをパージ、その奥にある生命維持装置を掴み、投げ捨てていた。
雑な改造で本当に良かった。
これで人ひとり分の密閉された空間ができた。
ハルカ、死ぬなよ。
俺はハルカを乗せ、メインジェネレーターの限界まで出力を上げたブーストで街のゲートを目指す。
コード エマージェンシー
生命維持装置との接続が解除されました
ブラックボックスに深刻な
生命維持装置の喪失により、メインシステムのエマージェンシーが鳴り響く。
ブラックボックスの内部システムが崩壊を始め、視界が暗くなっていく。
この距離なら、十分間に合う。
ハルカ。
俺は、何かとても恐ろしいことをするためにあの街に向かっていた気がするんだ。
だから俺はここで朽ちていい。
後悔は無い。
でもお前だけは生きて欲しい。
俺はもう二度と、愛する人を失いたくないんだ。
ハルカ、お前には夢があるんだろう。
どうか叶えてくれ。
こんな絶望しかない、暗く冷たい世界でも、前に進む、希望の火があることを。
あの街の連中に知らしめてやれ。
ゲートがひとりでに開き始め、中から警備部隊と思しき影がぞろぞろと出てくる。
コード ホワイトプラス
怪我人用の救難信号を出す。
影たちはゲートについた俺に、急いで中に入るよう道を明け渡してくれた。
ありがたい。
内側の扉が開き、穏やかな光が差し込む。
遠くの方でサイレンと共に、赤い点滅が見えた。
救急車両、間に合ってくれ。
正面装甲のロックを外し、コックピットを開く。
お別れだ。
ハルカ
どうか幸せに・・・。




