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太陽の街

「これが太陽の街の入り口?」


 理想郷の扉を前にした第一声がこれだった。

 もっと華やかな、輝かしき人の楽園の門というものを想像していたが、今目の前にあるのは、味気ない灰色の壁だった。

 しかもおじさんより少し高いぐらいの大きさであり、その中は鉄くず置き場でした、と言った方が説得力がある出で立ちだった。


「おじさん、ここからどうやって中に入るの?」


 あまり気にしていなかったが、出会ったときの疑問がぶり返してきた。

 外壁を破壊する以外に入る方法があるような言い方をしていたが、昔ここで研究していたころのライセンスとやらがまだ使えるのだろうか。


 無骨な扉の傍にいるおじさんに話を聞こうとすると、重い音とともに扉が上に上がり始めた。

 おおっ、やっと中に入れる。

 意気込んだのも束の間、扉の奥に再び壁が見える。


 そっか、ここは二重扉なんだ。

 じゃああの先が、夢にまで見た・・・。







 防衛軍ライセンス 承認しました

 お勤めご苦労様です


 上級士官のライセンスはまだ生きていたか。念のため調達しておいて正解だったな。

 内扉には守衛がいるはずだ。中央研のライセンスを渡せば通してくれるとは思うが、まあ相手はアンドロイドだ。なんとでもなるさ。


 外扉のデバイスからハッキングアンカーを引き抜きハルカの方を向くと、ハルカは一足先に開き始めている地面との隙間ををくぐり、中に入っていってしまった。


「おい、ハルカ、待つんだ」


 ゆっくりと上がる外扉と地面の間から、慌てて中を覗き込む。ハルカの影が薄暗い闇の中に現れるが、その異変に気付いた。

 守衛がいない。しかも明かりがついていない。

 太陽の街のゲートは内扉をくぐる前に、ヒューマノイドによる本人確認が行われる。

 丁度今やっているように、防衛軍に扮したレジスタンスを中に入れないためのダブルチェックだ。


 そのため外扉が開けばすぐに駆け寄ってくるのだが、一向に来る気配がない。

 明かりもついていないとなると、誰もここに立ち入っていないのか、はたまた必要なくなったのか。


 中に入り、扉横の窓口を確認する。

 やはり誰もいない。しかもうっすらと埃が溜まっている。守衛がいなくなったのち、相当の時間が流れていたことが見て取れた。


 どうにも怪しい点が多い。

 扉が開いたところから塔の管理システムは機能しているようだが、中で何か起こったのか?


 疑いの念は晴れることなく、街への扉が開き始める。

 守衛の操作無しになぜ開いている? セキュリティシステムは?


 この街で、一体何が起こっているんだ?


 差し込む温かな光は、何も教えてはくれなかった。








 眩しい。

 前が見えない。

 これが、太陽の光?


 生まれて初めて感じるぬくもりの光に戸惑う。

 次第に目が慣れ、街の輪郭が見えてきた。








 扉の向こうには、中央研究所が作った広域光源を中心に、旧時代の街並みが広がっていた。


 道はきれいに舗装されており、街路樹も青々としている。気温は25℃、湿度55%、気圧1012hPa、風速1m、人間が防護服《スーツ》無しで問題なく生活できる環境が今も完璧に整備されていることは明らかだ。


 だからこそ最初に感じた疑念が確信へと変わった。


 人がいない。

 アンドロイドも、せわしなく飛んでいるはずのドローンも。


 太陽の街は不気味なほど静かだった。

 広域レーダーを確認するが、熱源反応があるのは中心にある中央研究所のみ。

 街には警備の強化外装《オーバーフレーム》が配備されているはずだが、その反応すらない。


 一体何が起こっているんだ? ここの住人はどこへ行ったんだ?

 まったく状況が分からない。


 ・・・まずは中央研究所だ。

 基幹システムを覗けば何か分かるかもしれない。









 ・・・・・・・・・・!!!


 夢でも見たことがなかった憧れ。


 自分の足で降り立った地面からそれは一面に広がっており、私は言葉を失っていた。


 あれって家? 私の家みたいに鉄くずを組み合わせたやつじゃなくて、ちゃんとドアがあって窓があって、庭があって、もしかして2階まであるの? 壁も真っ白できれい・・・。今踏んでるところって、ちっちゃい石が敷き詰められてる。石なのにすごく気持ちいい。これがずっと続いてるのかな? あの真ん中の銀色の大きな家は何だろう、反射してて眩しい、しかもなんかあれ見たら汗が・・・。もしかして本当に街全体が温かいの? 防護服脱いでいいかな。ヘルメットだけでも・・・。


 旅に出てからずっと私を守ってくれていたヘルメットを取り外す。ヘルメットを外して感じるのは、いつも体温が逃げた後の冷たさだった。

 だがここは違う。それは固定具を緩めた瞬間に訪れた。


 空気が、温かい。


 コロニーでは絶対に感じることがない感覚。生まれて初めての体験に思考が止まる。


 夢にまで見た生活が、ここでは叶うんだ。

 感情の波が涙となり零れ落ちる。


 もう少し。


 もう少しだけ、この感動を。


 この喜びを、味わっていたい。









 俺は街の中心部、中央研究所本部へと向かっていた。


「ハルカ、ちょっと街を見て回ってきてくれ。俺は中央に向かう。何かあったらすぐに連絡するんだぞ」


 街の景色に感動していたのか、ハルカは心ここにあらず、といった具合だった。

 頷いたのは確認したが、やはり一緒に来るべきだったか。

 一抹の不安がよぎるが、この街に脅威となる者はいない。いたとしても、非力なアンドロイドぐらいだろう。


 ゲートから研究所を繋ぐの一本道を進んでいるが、やはり人の気配はない。

 争いの跡すらないところを見ると、レジスタンスが襲撃し、住民が全滅した、とは考えにくい。

 そうなると住民が一斉に消えた原因は・・・もしや疫病? いや、それはないだろう。いくら閉鎖された空間とはいえ、住民を全員死に至らしめる病が流行していたのであれば、警備システムは何かしらの警告を常に出しているはずだ。

 第一、警備のアンドロイドや強化外装が一つも見当たらない説明もつかない。


 そうこうしているうちに研究所の門が見えた。

 併設されている軍設備の出入口は、正面から少し逸れた場所にある。

 車両用出入口前に到着すると、何かがシャッターを弱弱しく叩いていた。


 ヒューマノイド?

 いや、サイボーグ化した人間か。

 足を損傷しているようだが、話はできそうだ。








 私はおじさんの言いつけ通り、街を走り回っていた。

 コックピットハッチは開けたまま防護服を脱ぎ去り、全身で光に満ちた心地よい風を感じていた。


 家はみな似たような形をしていたが、いくつか大きな水たまりを作っている家があった。旧時代、人々は水泳というものを嗜んでいたと聞いたが、それをするための水たまりなのかな。他にも変な形のカラフルな棒やら板やらが並んだ庭や、水が湧き出ている広い庭なんかもあった。


 見るのもの新しく、新鮮だった。

 光は頭上から何個も照らし出されており、真ん中の光源の小さいものが、何個も天井にくっついている。

 コロニーでは中央のぬくもりの塔の僅かな光を頼りに生活していたが、まるで人間とは光の下で生活することが当たり前だ、と言わんばかりの光を放っていた。


 ただ少し不思議なのは、誰とも会わないことだろう。

 たしかおじさんは、世界中のから人間が集まっていると言っていたが、ここまで人っ子ひとり見ていない。

 こんなきれいな場所に似つかわしくない、ぼろぼろの強化外装が街を闊歩しているのだから、もっと注目されているのかと思ったが、辺りはしんと静まり返り、ブースターの排気音と脚が地面を擦れる音が耳に入るばかりだった。








「なあ、あんたここの住人だろ? ここで何があった。誰もいないのはどういうことだ」


 問いかけに振り向いた女性は、虚ろな表情を浮かべていた。しかしこちらを認識するやいなや地面を這いながら向かってきた。


「や、やっと・・・。これで・・・終われる・・・」


 微かに発せられた声は随分と物騒なことだった。

 何のことかさっぱりだったが、話を聞くため彼女の体を支える。

 どうやら第三世代フルサイボーグのようだ。

 脚は膝下からねじれている。これぐらいならドックで治せるだろう。


「おいあんた、大丈夫か、しっかりしろ。ここで何があった。どうして誰もいないんだ」


「あ、ああ。声が・・・、声が聞こえるんだよ・・・。ずっと・・・、みんな・・・」


「おい、声ってなんだ。どういうことだ」


「あんた・・・はや・・く、あたしを・・・ころ・・・して・・・」


 どうしたんだ、ブラックボックスがいかれているのか。

 どうみても正気ではない。人殺しは不本意だが、ここで楽にしてやらなければ。


 第三世代サイボーグは太陽石を使った生命維持を使っているため、基本的に脳細胞を保存しているブラックボックスが破壊されなければ死ぬことはない。

 そのためブラックボックスの異常がその者の寿命となるのだが、破壊できなければ、正気を失った頭で永遠に生き続けることになる。

 住人のほとんどが手術を受けたと聞いた時は、怖いもの知らずが大勢いると鼻で笑っていたが、彼女もどうやらその1人だったらしい。


 だが終わらせてやる何があったかを聞き出したい。システムに記録が残っているとは思うが、今は彼女が一番新しい情報源だ。


「お前を楽にできる方法を俺は持っている。だから頼む。教えてくれ。この街で何が起きたんだ」









 うーんやっぱりなんか変だ。


 もうこの街も半分は見てしまった。

 なのに全然人に会わない。見える景色はどこまでも明るいのに、暗い影が街を包み込んでいるかのようだ。

 そう思うと急に背筋が凍り始めた。


 ここはおじさんに連絡したほうが・・・。


 無線を立ち上げたが、おじさんからの返信はない。

 この距離じゃ私の無線機は出力不足なんだ。

 うーんどうしよう・・・。


 一応最後まで見て回ろう。

 はやくおじさんと合流して、それからご飯の時間にしよう。

 もうおなかペコペコだ。はやく温かいご飯とやらを食べてみたい。







「みんな・・・いっちゃった。研究所の・・・地下に・・・」


 研究所の地下? あそこは塔の拡張に使われる永久鋼の生産施設とメンテナンスロボットの格納庫ぐらいしかないはずだ。


「なぜ地下に行った? あそこには何もないはずだ」


「うう、声が・・・。みんな、おかしくなった。頭の中に、おお・・・ずっと喚いてるんだ・・・。大きな・・・赤子が、頭の中を、うう・・・」


 声? 

 第三世代サイボーグ手術の副作用はほとんどない。

 もしこれが集団失踪の原因なら、考えたくはないが、ブラックボックスを侵食する、致死性のウイルスが発生したとみるべきか・・・。


「わた・・・し、死ねな、かっ・・・た。みんな・・・みたい・・・に。はあ、うう。早く・・・おねがい・・・。もう・・・いや・・・」


 ・・・。

 これ以上は酷か。


「わかった。約束通り、解放しよう」


 左腕の3本指の1つを彼女の胸に突き立て、ゆっくりと指を沈ませる。


 パキッ、ギギギギギギ


 樹脂製の外骨格が割れ、内部フレームが歪む音がする。

 頑丈に作られている生命維持装置が、彼女を死なせまいと必死に抵抗する声にも聞こえる。

 横たわり、天井を見つめる彼女の顔は、どこか嬉しそうだ。


「やっと・・・」


 バギン


 一気に指の抵抗が無くなり、わずかに地面に突き刺さる。生命維持装置の循環液が、彼女を中心にまるで血液のように広がっていく。


「あり・・・が・・・とう・・・」


 嫌な気分だ。

 感謝されているはずなのに。


 微かに残った意識で、彼女は最後の言葉を告げる。


「私・・・レナ・・・。レナ・ニール・・・ソン。忘れ・・・な・・・・・・・・」


 自身の名前を見届ける者に残し、彼女はゆっくりと息を引き取った。

 ・・・忘れはしないさ。あんたが、ここで生きていたことを。


「あなたの魂に、導きの火があらんことを・・・」



 ・・・・・・。

 研究所の地下、住人の集団自殺、赤子の声。

 彼女が遺した3つの情報。

 何も関連性が見えない。

 赤子の声が聞こえ始める、住人が狂う、それが街全体に伝播する、確実に死に至ることができる研究所地下の永久鋼生産設備を目指し、全員が溶鉱炉に身を投げた。

 今ある情報を無理やり繋げるとこうなってしまう。

 最初から意味不明だ。残りは街の基幹システムに聞くしかない。記録が残っていればいいんだが。


 ここからだと、まずは軍の管理システムだな

 研究所と喧嘩していなければ、そこから基幹システムにアクセスできるはずだ。


 彼女の亡骸を横目に、研究所の中へと足を踏み入れた。









 や、やっぱりこの街、怖い。


 明るいのに不安は増すばかり。

 温かいのに寒気が止まらない。

 私が追い求めた夢の景色は、悪夢へと変わりつつあった。

 たしかおじさんは、中央に行くと言っていた。


 早く。


 早く、おじさんのところへ。









 なんだ・・・このデータは・・・。


 ハッキングアンカーを整備ドックのメインコンピューターに突き刺し、塔の総合記録にアクセスしていた。


 しかし求めていた情報は何一つ無かった。《《住んでいた人間の情報》》が、何一つ残されていなかった。


 まるで誰かが意図的に消したかのように。

 そして今、唯一残されたデータを閲覧していた。

 アクセス制限が1つもない文書データであり、製作者は無記載のままだった。




“これを読んでいるということは、君たちは次の世代の住人なのだろう。そして、私たちはもうこの世にいないだろう。

 不老長寿の体を手に入れ、永遠の安泰を享受できる私たちが、なぜ、自ら命を絶ったのか。

 これを読んでいる君たちに、私たちの選択肢を、私たちが受けた残酷な真実を知ってほしい。



 私たちはこの特別な陽だまりの塔の加護の下、前の時代と変わらない生活を送っていた。毎日遊んでいたわけではない。中央研究所と防衛軍の人間とともに、方舟からのデータを解析、研究していた。


 研究に明け暮れていたある日、奇妙なデータが送られてきた。

 研究データではない、方舟の研究員の1人の告白だった。

 あまりに衝撃的な内容だったため、街の研究員に問いただすと、彼らは、とうとうこの時が来たかと、事の全容を話始めた。


 私たちは戦慄した。

 世界を支える光であり、私たちの心臓である太陽石は、人間の子供から作られたものだった。

 私たちの命は、守るべき未来を貪りながら創られていたのだ。

 私はその罪に耐えきれなかった。それは周りの人間も同じだった。

 だから私たちは、せめてもの罪滅ぼしとして、次にこの街を訪れたものに、すべてを託すことにした。

 そして新たな世界に、私たちのような罪人は不要だ。

 この街にいる住人、研究者、軍人。

 全員が同意した。


 これが、この街で起きたすべてだ。

 罪を背負った者たちはもういない。


 だからそんな君たちに、1つだけお願いがある。

 方舟から送られてくる情報をもとに、人類再建の道を探ってほしい。

 今、方舟での新エネルギーの研究は着々と進んでいる。もしそのデータが送られてくれば、人類は再び、太陽の下で生活できる日がくるだろう。


 いや、必ず来る。


 何年かかるかは分からない。

 君たちの子共、あるいはその子供、もしくはその子供の子供の代。


 いつか最後の研究データが届くその日まで、命の灯を絶やさないくれ。


 そして、方舟にいる彼らを信じてほしい。彼らは自らの命を顧みず、永遠にも等しい宇宙への旅に向かったのだ。地球を、再び青い星を取り戻すために。幸せな世界を取り戻すために。



 この街は、どんな人間でも生活することができるよう、侵入者へのセキュリティシステムはすべて削除している。

 食料、衣類、住居。問題なく一生を終えることができるようにしている。

 そして全ての研究データの閲覧制限を解除し、あらゆる研究施設の使用を許可している。


 罪人たちの生きた証は、この文書を残しすべて消し去った。

 これからは君たちの創る未来だ。

 だがどうか、やり遂げて欲しい。


 君たちの未来に、導きの火があらんことを”




 ・・・・・・・・。

 これが、この街の住人の最後の記録か・・・。

 一世紀も待たずして、太陽の街は終焉を迎えたわけだ。

 しかし一体何が送られてきたんだ? 太陽石の起源が人間? しかも子供?

 そんな馬鹿な話があるわけな――


 あのふ・・・・の魂を・・・・までは


 うう、なんだ。


 ・・ての塔を・・・はか・・・


 俺の声?俺は、何かを知って・・・?


 じんる・・・・・をほろ・・・・・


 閲覧制限が外れた大量のデータが、濁流のごとく流れてくる。

 失われた記憶が外部メモリーから溢れかえようとしていた。


 コード エマージェンシー

 外部メモリーに高い負荷がかかっています

 データの読み込みを中断します


 メインシステムの緊急停止によりハッキングアンカーが切り離される。


 ひどく頭が痛い。

 人の体とともに捨てた感覚が蘇る。


 ま、まずは、機体の修復を・・・。ああ、そうだった、外部メモリーの修復を・・・。


 歪む視界の中、確かな足取りで整備ドックのオートメンテナンスポッドに体を預けた。



 メンテナンスポッドへの入渠を確認

 リカバリーモードへ移行



 メンテナンスポッドに入ると急に目の前が暗くなり始めた。


 まったく、機械の体でも、眠くなるもんだな・・・・・・。



















 おじさん


 どこ?

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