第108話 関係復活大作戦後編
私の心をえぐるには十分すぎた言葉を蒼君の口から吐き出させてしまった日から3週間がたった3月21日。
既に外では半袖を着ている人が多数見られ、長袖を着ている人の方が少数になっていた。
私は自室で蒼君を驚かす為にとある服装に着替えていた。
以前着た時はお母さんの助けがないとダメだったが、今では私一人で、お母さんの助け無しで着ることができるようになっていた。
「落ち着いて……よし」
シュークリームもある。
簪も髪も崩れてない……はず。
周りに人もいない。
いやまぁ、周りに人がいないのは平日の午後4時だからってのもあるし、人が居ない時間帯を狙ったからまぁ居ないほうが良いんだけど。
「がんばるんだよ」
「はい」
私はタクシーの運転手にお辞儀をして病院に入った。
運転手のおじいちゃんに応援されたお陰かほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。
病院に入るなり、視線が少々痛かったがこれも蒼君との関係を戻すためなら痛くも痒くもないです。
蒼君の病室である307号室に足早に向かった。
中からはパソコンのキーボード?をカタカタと打っている音が聞こえいる
音が私の耳に届くたびに私の鼓動はうるさくなって行く。
「ふぅ……よし」
私は深呼吸をして病室のドアをノックした。
◆◆◆
「どうぞー」
俺はAITとTabキーを同時押しして事前に準備していたヨウチューブの画面に変えた
ドアが開いた音が聞こえたのでそちらを見るとそこには、夏祭りのときに着ていた浴衣と違い、今回の着物は白をメインカラーとした和服に頭には俺が買った三日月の簪が刺さってあった。
俺はそんな澪の姿に見惚れてしまい数秒間、無言の時間が広がったが気まずい気持ちではなくただ澪の着物が似合っていて可愛いなという感情しか湧き出てこなかった。
「蒼君……」
澪は落ち着きがなく、手遊びをしていた。
「ふふっ」
俺はそんな澪の姿を見て笑みがこぼれた。
会えない期間はたったの3週間程度だったがどこか懐かしい気持ちになった。
女神のような微笑み。
女神のような美声。
俺に対して甘えたがりの俺が1番大好きで今後も俺が一番愛する女性は本当に可愛かった。
「ごめんなさい、蒼君の気持ちもわからなくて……」
「澪もう少し近づいてくれない?」
「っあすいません……」
澪は上品な足取りで俺に近づいてきてくれた。
あぁ、久々に澪ニウムを接種できる。
澪が俺の腕を伸ばした時の射程範囲内に来たと同時に澪を抱きしめた。
『ひゃっ』と可愛い声が聞こえ俺は自分の胸元に澪を埋めさせ思う存分に澪ニウムを接種した。
俺の胸が徐々に冷たくなっていく。
「ごみぇんなしゃい、ごめんにゃしゃい」
「俺こそごめんな」
俺は澪の背中を優しくさすってあげた。
「澪、ありがと、俺元気出たよ」
「俺は澪の瞳に浮いてあった雫を人差し指で拭き取り、優しい声色で言った。
「私も、元気出ました」
満面な笑みで澪は返してくれた。
「……っあ」
澪は急に俺の手を振り払い、立ち上がって、机に置いてあった紙袋を取った。
『私からのお土産です』と言われ、渡されたのでとりあえず中身を見てみた。
「覚えててくれたんだな」
袋の中は前に、俺が由依さんに浮気した疑惑をかけられた時に行ったスイーツ専門店のシュークリームが入ってあった。
「じゃあ後で食べるか、これは澪の分ね」
「私には良いですよ……」
「いやいや、俺も澪にめっちゃ酷いこと言ったから、その分だよ」
俺がそう言うと、先程まではキーボードを規則正しく打っている音しかこの部屋にはなかったのに、今この瞬間、この部屋にはキーボードの音と澪の聞くだけで疲れが吹き飛んでしまうような美声が加わった。
「後1つあるけど、本来だったら澪に後1つ上げるつもりだったけど、澪は俺にビンタしたからその分もこれでチャラね」
「っう、すいません……」
「ははっ……じゃあ、これで俺と澪の関係は復活という事で」
俺がそう言うと澪は大きく頷いた。
◆◆◆
「蒼君、蒼君…えへへ……」
「……」
俺は澪の頭を撫でながら壁にかかってある時計に視線を向けた。
おいおい、もう6時やんけ!。
澪は白の着物で美しく着飾られている状態で俺のベットの中にで澪の定位置である俺の胸に顔を擦り付け、ずっと声を上げていた。
「なぁ、澪」
「んう、どーしたんですか?」
「もう6時なんですが、そろそろ俺もシュークリームを食いたいし、澪も帰らないと危ない時間になっちゃうんだけど」
「……私に考えがあるので、シュークリームを食べましょうか」
考えって……まぁいっか。
俺はシュークリームを2つ袋からとり、澪は未だに俺の胸元にいるので多分この体制のまま食べる気なんだろう。
普通にきついんですけど。
考えてみて欲しい。
ベットに寝ている状態で自分の胸元に46kgぐらいの重りがある状態でシュークリームを食べれると思うか?
俺は無理だよ。
「体、どけてくれませんか」
「え……」
「っ……」
淡い青色のつぶらな瞳が上目遣いで俺を見つめてきた。
ずるいって、これじゃ俺が悪者みたいじゃん。
「何もないよ、一緒に食べよっか」
「はいっ」
「っあ、絶対にこぼすなよ」
「流石にレンタルの着物を汚す事は絶対にしませんよ」
俺は『そっか』と言い残し、澪の小さな手にシュークリームを置き俺の分のシュークリームも取った。
味は文句なしの美味すぎた。
問題が有るとしたら、澪の一口が小さいせいでこぼれる可能性が跳ね上がるという問題だ。
絶対に着物にクリームはだめだけど…澪を信じてみるか。
俺は先に食べ終わり、ぼーっときれいな夕焼け空と噴煙を上げている桜島を眺めていた。
「蒼君…」
「どーしたの?」
俺が澪の方に首を動かそうとすると、頬に暖かく柔らかい感触が広がった。
振り向くと、澪の顔が俺の眼の前にあった。
「この3週間、つくずく思ってしまうことがあるんです」
澪は一つ深呼吸して、俺の見つめ微笑んだ。
「やっぱり、私には蒼君がいないとだめなんだなって」
「……俺も澪が居ないとだめだよ」
「蒼君…」
「澪…」
俺と澪はお互いに見つめ直して、もう一回キスをした。
いつもより長く、俺は澪の頭を抑え澪は俺の首に手をかけてキスをした。
「…そろそろ帰りますね」
「わか……一人で帰るの」
澪は首を小さく振った。
もう少しでこんなに嬉しくて楽しかった時間が終わると考えると俺はこんな時間を、こんな空間を手放したくなかった。
澪と離れるのは嫌だな、だとしたらどうやってくっついてる時間を増やすか……ワンチャンに賭けるか。
「ちょっと待ってて」
「はい?」
俺はナースコールで看護師さんを呼んだ。
看護師さんは2分ぐらいで俺の部屋に来てくれた。
看護師さんも澪の着物に少しだけ驚いた表情を浮かべていたが直ぐに仕事モードに切り替えていた。
俺は澪になるべく聞かれないように小さな声で聞いた。
「俺って一時的に家に帰れますか」
「あー、確認してきますね」
「お願いします」
◆◆◆
「さぁ、行こっか」
「……良いんですか、家に帰って?」
「良いらしいよ、診てもらったら案外回復が早かったらしいから」
澪は俺の腕に抱きついてきた。
「まずは着物を返さないとね、道案内頼めるかな?」
「任せてください」
「……てかさ、病室で私に考えがあるのでって言ってたけどもしかして……」
「あぁ、そうですよ、もし私が一人で帰ることになったら蒼君は絶対に私一人で帰らせることはさせたくないので何らかの策を打つだろうなーって」
澪は小悪魔のような笑みを浮かべ、俺腕に抱きつく強さを更に上げた。
「これで私も蒼君に酷いことをしたのでチャラですね」
「そうだな」
病院生活の肌寒い夜とは違い、澪と一緒に帰っている今の夜は寒さが一切感じなかった。




