第106話 転換点
澪は地面に崩れ落ち、一人ボソボソと何か言い
「もう良いです!」
その言葉が聞こえた途端、パシンっと音が鳴り響き俺の右頬に痛みが走った。
彼女の瞳には大粒の涙が浮かんでおり、ドアを勢いよく開けて出て行った。
俺は右頬を触ってみると、少しだけ熱かった。
俺はビンタされたのか
何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった。
仕方ないよな、あんなに酷い言葉を言ったんだから、あーあ、また一人になったな。
「最低な男だな、俺って」
苦笑を浮かべながら俺はこの無意味に広い病室で囁いた。
もう見舞いにも来てくれないだろうな……俺は何をモチベーションにしてリハビリを頑張れば良いのだろうか。
静寂に包まれた暗闇の中で、島のシルエットがうっすらと浮かび上がっている。時折、赤く小さな光が見えた。噴煙なのか、街の灯りなのか、それともただの錯覚か。
病室の白い天井とは対照的に、あの島はどこか生きているようだった。遠くにあるのに、鼓動が伝わってくるような気がする。
窓を開ければ、錦江湾の潮の香りがするのだろうか。それとも、火山灰が混じった冷たい夜風が吹き込むのだろうか。だが、今の自分にはただ澪に対して謝りたいという気持ちだけ。
今できるのはただこうして、ガラス越しに眺めるだけ。
夜の桜島は、黙ってこちらを見つめ返しているようだった。
◆◆◆
「えっぐ、う、あぁ」
私は柊と名札がある病室のドアの前で崩れて泣きわめいてしまった。
何で……私はただ蒼君に元気になってもらおうと思って言ったのに。
最近の蒼君はどこか上の空で作曲作業とかは進んでるって言っていたけど、私から見たら集中して作業はできていなかったと思う。
少しノートパソコンと向き合うけど直ぐに窓から桜島を眺めていたから、時間がたくさんあったから曲の作成が間に合っているだけだと思います。
「ひっぐ……」
あぁ、これからどうしよう、明日も学校だけどもう行く気も無くなったし……
「死のうかな」
蒼君に『早く消えろ』って言われちゃったし、蒼君からしても私ってその程度な関係ってことなのかな、その程度の女ってことなのかな。
考えるたびにマイナスの事しか浮かんできません。
生きる希望も消え失せ、私は何を目的にこの人生を謳歌すればいいのでしょうか。
私が蒼君の病室の前で膝の下で腕を組んで体育座りをし、顔を埋めていると。
「大丈夫?」
「ん……」
看護師だろうか?誰かに私は声をかけられてしまった。
少しだけ蒼君かもと思ったが、声が蒼君より高かったから女性なんだろうけど声の優しが蒼君の方が数倍高かった。
やっぱり私には蒼君しかいなかったんだ。
「いえ……特に」
「もしかして、柊君と喧嘩しちゃった?」
「……はい」
「そう……」
すると、看護師さんが何故か私のことを抱きしめてくれた。
何故か涙が止まらなかった。
「私に付いてきて」
私は看護師さんに手を握られ、事務室だろうか。
パソコンが幾つか置かれており、ソファーと小さな机の上にはインスタントのコーヒや紅茶などのパックが入っているプラスチック容器が置かれていた。
「コーヒと紅茶どっちが良い?」
「……紅茶でお願いします」
私はされるがままに事務室に入ったが、中にはパソコンとにらめっこしている看護師さんが4人程いた。
私が会釈をすると、4人とも返してくれた。
「今、柊君は多分なれない病院生活にストレスを感じちゃってるだけだと思うから、そんなに気にしなくていいと思うよ」
4人の看護師さんと違って、私をここに連れてきた看護師さんだけは大人の余裕のような不思議なオーラを感じられました。
「とりあえず3月になったらまたきてみれば?」
「明日じゃだめなのでしょうか?」
「だめに決まってるでしょ!」
「す、すいません……」
「ははっ」
「鮫島さん、怖いですって」
私を連れてきた看護師さんは鮫島さんという方らしく、鮫島さんは今4人の看護師さん達に総ツッコミを受けていた。
「よく言うじゃない押してだめなら引くみたいな、だからあえて明日合わずに3月とかに会うのよ」
「なるほど……そうですね、鮫島さんの言う通りにします、皆さんありがとうございました」
私は深々にお辞儀をし紅茶を飲み干して事務室から出ました。
絶対に蒼君との関係を戻すと誓い病院から出ました。
2月の中盤ながら外は少しだけ肌寒さが残っていました。




