5 レッドベースの手記(下)
~手記~ レッドベース=コア著
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記述日 魔法暦94年10月2日
前手帳に引き続き、日誌にまとめて現在の心境を綴ろうと思う。もし、俺以外の者が見つけたときには読まずに焼却処分して頂きたい。他人の秘密を暴こうという悪趣味な人間の手に渡らぬことを願う。
○(前々手帳からの写し)
俺が世界に対する疑問を抱いたのは、魔法暦88年3月10日。先日のことだ。
魔法研究所では魔法具の開発が一段落し、4種類の属性を放つ刻印と魔法弾を吸収する刻印を安定して運用できるようになった。今後大量生産を目指すため、織物業に携わる俺は研究班のひとつを預かる。時間の経過とは早いもので魔法研究生となって4年が経つ。近いうちに俺の後輩となる人間が集まってくるようだ。
3月10日、俺は叔父の住宅建築士に連れられ、立ち入り禁止とされる国境付近の大木を採りに出かけた。この国の木材の多くはスギ科など成長の早い種類が中心だが、大規模な3階建ての病院を建てるため、ヒノキの100年以上経過した木材が必要となった。
堅く丈夫なヒノキの木材はレジスタ共和国外縁の山地でしか取れない。行方不明者を数多く出したという、紫色の霧が発生する危険区域に入らないよう叔父を案内する仕事だ。ついでに魔法を使って木を伐採する雑用係も兼ねている。
俺は忙しい最中に親父から頭を下げられ、魔法研究所に休暇願いまで提出して叔父と手伝い数名に同行した。
目的地へ辿り着いた後はひたすら大木を切り倒す。何度も直接手を当てて風の魔法弾を放ち、根元を切り裂き、樹齢100年以上はあろうかという巨木すら倒してのけた。……そこまでは容易い仕事だった。
神にいたずらされたのは、倒した木の断面を見たときだ。
樹齢100年を超える巨木なのに年輪の数が100本どころか、半分にも満たない。まるで国立図書館の本で見たバウムクーヘンとかいう菓子のように外側だけが丸く線を刻み、その内側は木目も何もない木の素子のみが集まる無地だった。年輪の数を調べた。――18本。
叔父は木の生態に興味がないのか、黙ったまま帯同者と協力して回収の手を進めていた。目の前の異常な光景に気づく素振りすらなく……。
その後は木材の運搬を手伝う羽目になった。途中で何度か年輪の数を計り直したが決まって18本。すべて同じ本数だ。
この日、切り倒した木の成長はいずれも18年間しかなかったということになる。不思議なこともあるものだ……などと悠長に考えるわけにはいかない。魔法という非日常の存在を扱っているのだ。何か大きな秘密に関与しているかもしれない。魔法研究所に報告しようかと迷った時、ふと頭に疑問が浮かんだ。
他の生物も関係しているのか……? 自分はどうなのか……? 木のような植物如きと高度な知能を持った人間を同じ指標で比べるのはバカげているが、首都コアへ帰還した俺は確かめずにいられなかった。
名家として親戚一同に至るまで首都コアを支える俺の家系には、赤子の誕生を祝って手形と足型を残すため、金色の染料を手と足につけて紙へ貼り付けるという習慣がある。
21歳の俺は生まれたときに儀式を済ませているし、保管してある場所も知っている。くだらないことだが、自分の赤子のときの手形と足型を調べに荷物部屋を探した。すぐに箱は見つかり、中に入っているだろう厚い紙を取り出した。おそらく自分が結婚して子供ができるまでは取り出したりしないような代物だ。
紙には金色ではなく、黒色で文字が記されていた。
「NO IMAGE」だ。
何だこれは? と思った俺は親父やお袋に問い合わせたが、手形が文字に変わったことなどは今まで経験がないと言う。そんな馬鹿なことがあるか、と今度は親戚の近い世代に限って問い詰めたところ、やはり同じ現象が発生しており、わけがわからないという返答が戻ってきた。
何が起こっているのだろうか。そもそも、なぜ今まで話題に上らなかったのか。
目にした事柄を頭に並べてひたすら考えた。年輪も赤子の記録も魔法歴70年以前のものが存在しない。言い換えるなら、まるで魔法暦70年に生命が誕生したかのようだ。にわかに信じられることではない。
俺は今後、魔法暦70年以降に生まれたものとそれ以前のものを分けて考えることにする。レジスタ共和国は影の王の問題で手一杯だ。興味を持つ者は少ないだろう。ただ、影の王以上におかしな現象がこの世界には存在する。しばらく個人的に調査を継続するつもりだ。
○本日更新(魔法暦94年10月2日)
考えをまとめる前に過去の写しを眺めてみた。6年前のことだけあって、安穏とした自分に笑ってしまう。過去の自分に今の状況を教えてやったら腰を抜かすかもしれない。
現在、魔法士たちは魔法研究所の総力を結集した初の大規模作戦を8日後に控えている。皆、決戦のことだけに集中している。俺も根っこのところでは変わらない。だが、意識のすべてが目の前の戦いだけに向いているかと問われれば断じて違う。
自分が何者なのか、本当の意味で人間なのか。調査を続けているうちに誕生した仮説。魔法暦70年以前に生まれた者たちは世界の誕生と同時に用意された世界の背景の一部ではないのか、という疑念が日を追って大きくなるばかりだ。
このことは、魔法暦70年以降に生まれた人間に対する劣等感にも繋がるようだ。優秀な魔法士で魔法暦70年より後に生まれた者は、4歳年下の後輩2人。
アキムとデスティン……いずれも今や魔法研究に欠かせない人物だ。
デスティンは聖弓魔法兵団の指揮官を務める。エキスト魔法研究所長の肝入りとして腕を振るうエリート中のエリートだ。性格が掴みやすく、俺にもよく懐いている。
一方でアキムに対しては大きな違和感を覚える。思考が常軌を逸している。人間の想像を超えた化け物に見えることさえある。醜悪な同業者セグと連ませた甲斐あってエキスト所長とデスティンの手で牢獄につながれたが、自業自得だろう。それ以来おとなしくなったものの、聖弓魔法兵団の長所と短所を言い当てる感性の鋭さは相変わらず恐ろしい。
アキムと話していると思い知らされる。それはアイツが紛れもなく魔法暦71年生まれの人間……世界の始まりである魔法暦70年を母親の胎内で過ごした「活きた」人間であるということだ。
アキムの発想力にはたびたび驚かされるが、何よりも特別なのは生み出したアイディアが他人にもたらす影響だ。俺が二十歳の頃、役に立たないとされる文献から得た知識をもとに魔法研究の改革案を提出した時には、教官たちから冷ややかな目を向けられた。直接エキストに頼み込んで魔法属性の合成になんとか着手したが、たった1回の失敗で耳を貸さなくなった。結局、俺が求められたのは家業を利用した魔法具の究明のみだ。アキムが魔法研究所の新人として入ってくる頃には斬新な発案を諦めざるを得なかった。
俺が別世界の記述からレジスタ共和国にもたらしたのは、せいぜい家業の織物業で衣服に利用した技術とそれらを呼ぶ洒落た言葉ぐらいだろう。魔法研究でも貢献したが世界を変えるには至らない。聖弓魔法兵団を強大にした功績はどれだけ皆から称賛されようと、着想の原点はアキムの持ち込んだソフトウェアなる概念だ。他のヤツは知らないが、俺にとっては不完全燃焼も甚だしい。
アキムの発想は魔法研究の基本理念を一変させた。世界を救うための大切な術だ。あまりに奇抜なため周囲から評価されつつも疎まれたが、貢献の度合いは計り知れない。
果たしてアキムの斬新な意見が認められたのは、内容が特別優れているからだろうか……。それだけとは思わない。
この世界で俺や年上の魔法士たちのように、背景の一部として生を受けた案山子と比べてアイツは違う。周りを巻き込むほどの影響力は、何か生まれつき与えられた能力のような気がしてならない。そうでなくては家業との両立が足かせになっているとしても、俺との差を説明できない。
案山子という言葉……我ながら良い言葉を選んだ。俺は自分を案山子と呼ぶようになってから、アキムたち魔法暦70年以降に生まれた人間にも呼び名を作った。アキムをモチーフにしたものだが、程度の差こそあれ、他の者にも少なからず共通していることだ。
自由意志で行動し、世界に影響を与えることができる人物……特別な生を受けた「プレイヤー」だ。この言葉には自由に遊ぶという意味も含まれる。まるで子供のように無邪気に振舞いながら、誰にも真似できない発想を生み出す。アキムそのものだ。決められた仕事をこなして満足する案山子とは根本的に異なる存在だ。
世界はプレイヤーを中心に回っている。アキムが現れてから革新的に伸びた魔法研究に当てはめるなら間違いない。俺たち案山子は、あくまでプレイヤーを中心に周回する脇役というわけだ。人間に模して作られた下働きに過ぎない。
誰もが子供の頃は自分が世界の中心にいると考える。大人になるにつれて世界は自分だけのものではないと認識する。俺だってそうだ。はるかに年長者、前魔法研究所長のジョースタック爺さんだって同じだろう。
気にくわないのはアキムのようなプレイヤーの存在だ。誰が好んで、自分以外の他人を中心に回る世界など受け入れられるものか。俺の運命は俺が決めるし、影の王との決戦もプレイヤーの1人であるデスティンの力を借りるとはいえ、アキムには関係なく勝利する。
散々悩んだ。他人の作ったシナリオ通りに事が進むのを眺めていては、俺の迷いは永遠に晴れないだろう。世界に対する疑惑も劣等感もすべてだ。
――だからアキムには消えてもらうことにする。事故に見せかけた暗殺だ。最初は踏ん切りがつかなかったが、俺の家の居間に運び込んだおかしな年輪の切り株を見ていると、我慢できなくなっている自分に気づく。
プレイヤーと案山子が同居する奇妙な世界は、この世を創造した神が作った滅茶苦茶な舞台だ。俺は案山子だが、神の書いた筋書きを変えることぐらいは可能なはずだ。
アキムを世界から消すことでようやく俺も「活きた」人間だと実感できるだろう。
アキムを消す計画については周到に用意してきた。この数頁前から日誌に書いてきた端書きはすべてアイツを戦場で消すためのものだ。
獄中で殺害することもできた。わざわざ牢から出すようにはたらきかけ、聖弓魔法兵団へ入る段取りを整えたのは、重要なプレイヤーを失うことで影の王との戦いが不利になる可能性を考えてのことだ。レジスタ共和国の平和が確約される8日後の戦いにて、敵である影の王と同時に葬り去るというのが最良の選択だ。
アキムは魔法を変革するプレイヤーとして世界の中心にいる存在かもしれない。ただし、そんな世界は影の王を倒すために用意された舞台に過ぎない。8日後の影の王討伐戦で勝利を収めた後にアキムは俺たちに必要な存在ではなくなる。だからアイツは処分する。
おそらく次に手記を更新するのは、無事戻って来られるなら決戦の数日後になるだろうか。思い通りになっていれば、案山子の自分にも家族を持とうという感覚が沸いてくるかもしれない。今までは断っていたが、同年代の女との間に作った子が今後、プレイヤーとして生きていけるのか見てみたい。
願わくば全て計画通りに進み、晴れ晴れとした気分で手記を綴りたいものだ。明日からは影の王との決戦に集中することを肝に銘じつつ、本日はここまでにしておこう。
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(8日後、レッドベース=コアは影の王と魔法士たちとの戦いの最中、戦死する)




