表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【C++】ソフトウェア魔法の戦術教本~影の王を撃て!~  作者: くら智一
後日譚「×アキムの○魔法士たちの木造船」 後編
75/80

2 方舟の秘密

 魔法の仕掛けが随所にほどこされた木造船だが、最下層の動力部へと続く梯子はしごは簡素に作られている。僕は額に汗を浮かべながら一歩一歩、下の段へ足を運ぶ。不自由な思いをして移動するのは久しぶりだ。「動力室」と呼ばれる方舟の最下層、仕切りのない大広間は船の心臓部であると同時に、魔法を利用した装置を極力省いた部屋でもある。


 船を構成する部品は、過去に注ぎ込んだ魔法力、保存された魔法効果にしたがって自律駆動する。ただし、魔法効果を発動させるには開始を合図する信号が必要だ。スイッチのオンとオフなしに魔法を使用し続けたら、延々と浪費してしまう。封じられた魔法効果を解放し、リズム良く作動を合図する信号は動力室で管理している。


 扉や照明など簡易な装置であれば、信号がなくともしばらく自律機能が維持し続ける。一方で、船を前進させるかいといった多数の部品が絡むものは、複雑な経路に信号を送り続ける必要がある。動力室から合図となる魔法力の信号が届かなければ停止してしまう。


 方舟の心臓とも言える動力室は、船に問題が生じて信号の送信が損なわれた折には人間が独力で復旧作業に努めなくてはならない。地下2階の床に用意された最下層への扉は、自律駆動の助けがなくとも開くようにしてある。梯子も体力を消耗して上り下りする。


 ――僕は梯子から床へ足を下ろしながら、記憶の片隅に残った動力室の構造を思い出していた。おそらく今も変わっていないはずだ。


 上階、機関室の後部から降りてきた場所は同じく動力室の後部だ。梯子の近くで僕を待っていたアキムさんの後ろ、後部中央には、煙のように湯気をたてた巨大な鉄製の釜が床に埋まっている。動力炉と呼ばれる魔法を生み出す釜の内部は、まるで溶岩の如く高温の熱気を放っていた。頑丈な木製のダクトが炉の横から伸び、床を通り抜けて天井へと続く。室内から見えないが、天井裏で船内の各部品へ信号を送る巨大歯車に繋がっている。


 動力室の内装は、船体の後方に出入り口の梯子はしご、動力炉の釜が配置されている。そこから中央に向けて背丈を越えるような棚が幾列も並んでいて、室内のはるか先、船体前方まで続いている。


「カウル……船の様子はどうなっている?」


 梯子から降りた僕の顔をのぞき込むようにアキムさんが尋ねた。


「……えーと、動き続けていたかいが何の前触れもなく全て停止しました。機関部に欠損などの異常は見られません。推測ですが、自律駆動を管理する信号が止まったのではないかと思っています」


 遠まわしに動力室に問題が生じた可能性を告げた。アキムさんは返答を聞きながら、血の気の失せた顔で自嘲気味に唇の端をゆがめた。


「わかっていると思うが、信号というのは動力室から送信している魔法力だ。封じ込められた魔法効果が各所で機能しているが、制御しているのは人間に内在する魔法力だということを忘れてはならない。自律駆動などと言っても船を維持するエネルギー源は結局、人間頼みなんだ」


 言い終えるなりため息をひとつ吐き出した。長い深呼吸だった。室内が薄暗かったためか、僕は改めて船長たる魔法士の顔をまじまじと眺めた。眼の周りは赤く腫れ、頬はこけ、数日放置したのか短い無精ひげが覆っていた。ティータさんと会ったらしいが、何も言われなかったのだろうか。ひどい顔つきだ。


「まあ、座れ」


 アキムさんは床に腰を下ろすとあぐらの姿勢で座った。ふと気づいたのだが、船内に絶えず響いていた鼓動音が全く聞こえなくなっていた。自動で開くドアも船内の照明もやがて消えるかもしれない。魔法力を生み出す動力炉……床から下へ幅2メートルの口を開けている大釜が機能していないのだろうか。


 アキムさんの背後から湯気を出している大釜は、上方の空気を揺らすほどの熱を放ちながらも何か問題を抱えているようだ。釜の横には大きな布がかぶせられ、布の下には起伏のある木材か何かが隠れているようだった。


「いいから、座れっ!」


 怒鳴り立てられた。アキムさんが大声をあげるなど記憶にない。僕はおずおずと腰を下ろし、アキムさんと同じく足を崩した姿勢で座った。


「おまえはどこまで知っていたかな……。プレイヤーと案山子かかしについては改めて話すこともないか……」


 冷たいまなざしで僕の顔に焦点を合わせた。あの時の目だ。思い出したくない表情だった。


 すぐに返答をよこさなかったからか、業を煮やしたといった様子で年長の魔法士が立ち上がった。


「カウルが聡明な魔法士だということは知っている。現状、私と同じ作業ができる唯一の人間だ。しかし、場合によっては今日からでも船長を引き受けてもらう可能性がある。もっと、責任者として自覚を持て!」


 アキムさんが視線で立つように合図をした。床を温める暇もないまま、僕は立ち上がった。次に無精ひげを生やした無表情な顔の眼球が横に動き、ついてくるように促された。僕は船長に従うまま、棚が並ぶ奥の方へ進んでいった。






 動力室内に並べられた無数の棚はいずれも同じサイズで高さ2メートル、横幅5メートル、奥行き50センチ。図書館にある本棚のような形状をしている。中板が横に7枚、8つの段が両側から触れられるように開放されている。縦の区切りはない。簡易なつくりの棚が船の前後に向かって伸びるように整列している。


 驚異的なのは、その数だ。棚の群れは横に20列、奥に向かって18列、合計360個におよぶ。かつてレジスタ共和国に存在していた国立図書館も腰を抜かすほどの光景だろう。


 棚の段には、小型の水がめ状のつぼがひたすら陳列されている。すべて寸分違わぬ形をした茶色い陶器だ。


 両手で抱えられる大きさ、人の頭部ほどの寸胴ずんどう型をしている。壷の数はひとつの棚に340個、棚すべてを数えるなら総計10万余に及ぶ。僕は当然、個数の意味も中身も知っている。


 ――方舟が役割を果たすため、レジスタ共和国のすべての人間を生命のスープに変えて収めてある。


 船の中で動き回っている人間は僕とアキムさんとティータさんだけだが、命の数で計るならば10万人以上が眠っている。大型の木造船とはいえ、スペースには限りがある。当然、食料品にも限りがある。


 生命のスープの状態ならば人間は栄養を取らずとも生き永らえることができる。動き回る者は最低限で構わない。安住の地を目指して乗船したレジスタ共和国の住民には深い眠りについてもらう……。限られた資源で国家単位の人数を運ぶために計画し、建造した「アキムの方舟」は人間を「圧縮」することで役割を果たしている。


 使用目的から、人間を生命のスープに変える魔法を「圧縮」、元の姿に戻す魔法を「解凍」と呼んでいる。すべてアキムさんが命名したものだ。その名付け親が僕の目の前で振り返った。


「カウル……この棚に並んだ壷には私の故郷、ミヤザワ村の人間が眠っている」


 僕を連れて棚の間を歩いていたアキムさんは、中央に近いひとつの棚の前で止まり、壷へ手を伸ばしながらつぶやいた。


「今さら見せるものでもないが、おまえの知らないことを説明する前提として大事なものだ」


 寸胴ずんどう型の壷ひとつを丁寧に両手で持ち上げて床に置いた。上にかぶせてあった、ふたを外す。


 中から現れたのは七色に光る液体だ。茶色の壷を内側から照らす光は数秒の経過と共に形を作り出す。その形は液体に姿を変えた人間の顔である。


 顔は目をつむり、現実の頭部よりふた回りは小さいが、誰であるかはっきりと判別できる。僕の目の前にあるのは若い男の顔だった。


「……私の弟だ。放蕩ほうとう息子の兄とは違って家族想いの孝行者だ」


 アキムさんは先ほどまでとは対照的に温かい目で壷の中をのぞいていた。静寂の中、再び無表情が顔を支配し、壷のふたを閉めた。


 「『圧縮』の魔法を用いて生命のスープに変えた人間は、『解凍』の魔法でいつでも元へ戻すことができる。この一件をレジスタ共和国の人たちに説明するのは骨が折れる仕事だったな……」


 常に随行していたわけではないが、汗水たらして国内を隅々まで奔走したのを思い出す。アキムさんは方舟の製造と並行して、国家に迫る危機とその回避方法をレジスタ共和国の政治家から農夫に至るまで、すべての人に説き続けた。


 方舟への乗船に理解を得られても、魔法によって液体に変えられることを快諾してもらうまでには長い時間を要した。結局、最も効果的な安全の証明として、僕に見せたようにアキムさん自らが生命のスープと化し、再び人間の身体まで戻るという公開実験を現地で幾度となく試みた。


 僕も被験者として何度か参加したが、おそらくアキムさんは百回以上、「圧縮」と「解凍」をその身に受け続けただろう。街の広場や農村の寄り合い所は、見世物市のように人のどよめきを集めた。披露する側は毎日が重労働だった……。


 思いがけず数年の情景をよみがえらせている間に、アキムさんは抱えた壷を安置所とも呼べる棚へ戻した。不思議なことに戻した壷の左側には本来あるべき・・・・はずの壷がなくなっていた。


「私もおまえも、弟もプレイヤーだ。だから、手はずどおり解凍することができる……だが」


 同じ棚の全く違う場所から別の壷を持ち上げた。表面に描かれた薄い文字が目に映る。生命のスープを保管している壷には白いうわぐすりで番号と住所、本人の名前が記されている。新しく床に置かれた壷も、先ほどと同じくミヤザワ村の人間が眠っているに違いない。


 アキムさんは壷のふたを開けた。七色に光っているはずの液体は青黒くにごり、水面には青白く染まった顔が浮かび上がった。凍りついた死出の顔デス・マスクのようであり、記憶の片隅に残る殺戮さつりくの匂いが漂っていた。


「見たとおりだ。重さも半分ぐらいしかない。案山子かかしの人間は変わってしまった……。変化したのは2ヶ月前、出航する直前だ。知っているのは私だけ。現時点でカウルを含め1名増えたな……」


 アキムさんの悲壮感漂う顔から、ちぐはぐに自嘲めいた笑みが生まれた。なんだろう……見たら二度と元に戻れないもの。あらかじめ知っていたら決して見ようとしなかったはずのものを、年長の魔法士に無理やり見せられた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ