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【C++】ソフトウェア魔法の戦術教本~影の王を撃て!~  作者: くら智一
後日譚「×アキムの○魔法士たちの木造船」 前編
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1 黒い海を往く木造船

 仰げば黒く塗り固められた空が天上を覆い、足元は遠く水平線の彼方まで漆黒の海が続いている。闇夜ではない。上下左右すべてが黒に染まっていた。だが不思議なことに、暗いという印象は微塵も感じさせない。黒い空にも海面にも光の粒……銀河の星々さえ比較にならないほどの光点が、辺りを埋め尽くさんばかりに同じ方角へ移動していた。


 機械ではない。生物でもない。光の粒は2種類の形状、英数字の「0」と「1」をかたどっている。幾つかは不規則にぶつかり合い、幾つかは停滞しながら、何者かの命令に従うように一方向へ漂っていた。


 光の粒の奔流の中、彼らを追い越して海上を早いスピードで動く物体がある。大型の・・・木造船・・・だ。帆船ではない。上中下、3段に分けられた複数のかいを漕いで前進する古い仕組みのガレー船。小高い丘ほどもある巨大な船体は、強靭きょうじんな船首を突き出して黒い海原を真っ二つに切り裂いていた。


 船の通った背後には分断された波がうねりを上げて再び一つに合流し、大型船の通った軌跡を描いている。


 全く音はない。漆黒の海流は大量の0と1をたたえたまま、無機的にただ水と思えるような動きを続けている。大型の木造船は櫂を振り回し、ひたすら流れに沿って船体を前進させる。


 ある時、かいのひとつが唐突に動きを止めた。まるで連動するように次々と片側30本ある櫂が停止する。推進力を失ったガレー船は徐々にスピードを緩め、ほどなく進むのをやめた。0と1の光の粒が流れる中、木造の大型船は同じ場所に留まり続けた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 ドゥン、ドゥン、ドゥン、ドゥン……。


 心臓の鼓動のようにリズムを刻む音が室内に響いている。


 夢の世界から戻り、まぶたを開けた僕の視界に白塗りの天井が映っていた。


「……何かあったかな?」


 ベッドの上で仰向けになった身体を右にねじると、目の前に白地の壁と灰色の格子模様が映る。薄いグラデーションは部屋の四方を彩っていた。木目模様こそ見られないが、居住空間はすべて木製だ。部屋に置いてある家具にしてもタンスからベッドまで例外なく、この船にあるものはすべて木で作られている。


 僕は壁に向かって手を伸ばした。30センチメートル間隔の格子模様に囲まれたひとつ、「3」と刻まれた場所に指で触れる。呼応するように数字の周囲にある正方形の輪郭が黄金こがね色に光り輝く。直後、ベッドの枕側に隣接していた小ぶりなタンスの何も無かった側面に、光で描いた時計の文字盤が現れた。


「よく寝たなぁ……。怠けていると思われたかもしれない」


 ひとりごちて身体を起こし、頬を両手で1回叩いて寝床から降りた。


 木製の床には1組の靴が置いてある。さすがに木靴ではない。服は布製で靴は皮製だ。不思議な・・・・木造船・・・とはいえ、衣食だけは木をまぬがれている。


 僕は早速、部屋の反対側に備え付けられた大きな鏡に近づき、並んだタンスから替えの下着と魔法士のローブを取り出した。栗色の頭髪を整えつつ、素早く着替えを終わらせる。両腕を天井に向けて目一杯に伸ばし、身体全体の筋肉をほぐした。


「まず現状を確認しに船内を回るか」


 僕……子供のころアキムさんに抜擢され、聖弓魔法奏団せいきゅうまほうそうだんでは中継役のリーダーを務めた、カウル・サーフスの仕事が始まる。






 今日で出航して2ヶ月を数える。僕たちを乗せた「木造船」はレジスタ共和国の誇る魔法研究所にも見劣りしない巨大な船だ。魔法を用いたとはいえ、製造には莫大な予算と人的資源を費やした。アキムさんの片腕として僕も労を惜しまず働いた。一言で語り尽くせる内容ではない。昔話はひと仕事を終えてからにしておこう。


 さしあたって異常がないか船内を点検するつもりだ。見回りに随行する人間はいない。僕ひとりで船の外から、船倉、そして動力部分を確認しなければならない。重労働だが影の王との一大決戦に臨んだ時のことを思えば造作もない。


 頭を悩ませるものと言えば、複雑な仕組みが施されたこの木造船だ。例えば壁は木の板を並べた平凡なつくりだが、表面に魔法の刻印が描かれ、手で触れるなど簡単な操作で動き出す。船室の四方は正方形のマスが格子状に並び、いくつかには番号が刻まれている。


 部屋の出口にあたる壁へ足を伸ばした僕は、目の前に「4」と刻まれた正方形に手を触れる。壁の一部は消えるように消滅し、廊下への出入り口が出現した。別世界には自動ドアなるものがあるようだが、自分が目にしているものとは多少異なるかもしれない。


 廊下に一歩進み出る。途端に周囲の景色が暗くなる。仕掛けではなく、単純に室内の照明より暗い。個人用の船室は光る刻印が照らす明かりにより、昼の陽光が差し込むのと変わらない。廊下の壁は背の丈ほどの高さに1辺30センチメートルの正方形が一定間隔おきに点在し、内側がほんのり光っている。


 照明に火は全く使っていない。レジスタ共和国を出航して以来、木造船が一度も火事に見舞われていないのは、船内に一切の火気がないからだろう。その点は船長と魔法・・研究所長・・・・を兼ねる人物の明察をたたえずにはいられない。他人に褒められるのが嫌いな人だから、あえて気分を損ねるつもりもないが……。


 部屋を出て廊下を左に進むと、船倉から甲板までをつなぐ螺旋階段にたどり着いた。木造船の中央に位置している。現状把握の第一歩は事件の全体像を把握することだ。それは本で読んだことだったか、船長に教わったことだったか覚えていないが、20歳の魔法士たるもの仕事は迅速に終わらせて、さり気なく報告するのがクールというものだ。


 まあ、自分の場合は褒めてくれる女の子でもいなければ、やる気も失せてしまうため単独で仕事をするのは好きじゃない。ネジのように続く螺旋らせん階段を急いで昇りながら、少し妄想を膨らませた頃には最上階の船室まで到着していた。


 船室から外へ出る扉はケヤキの堅い木で作られ、魔法による仕掛けはなく、直に手で開けるようになっている。かんぬきを外して扉を開けた。


 甲板には帆というものが存在しない。木造船は帆船ではなく、かいをこいで海を進む。甲板に出た僕は何が起こったのか理解した。


 船の動力が止まり、完全に進行停止していたのだ。頭上では、背後から光の粒が次々と前方の空へ流れてゆく。これは出航してから初めての事態だ。


「船長――アキムさんに報告しないと……」


 つぶやいた言葉は船から遠く光の粒が照らす明かりに吸い込まれるようにき消えた。

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