5...未来へ
――世界の時間が再び動き出した。ささやかな雨音が耳に戻ってくる。違和感は他の者にも伝わったようだ。魔法士たちは自身が経験した奇妙な感覚から周囲の様子をじっと窺っていた。
どうやら、世界には影の王の他にも解かなければならない謎がありそうだ。100年前に現れたという魔法の伝道師、影の王を作った創造主に深く関係する。
存在すら曖昧な相手……もしかしたら自分たちの存在理由すら左右する相手かもしれない。途方もない話だが、戦いを通じて正体の一部を垣間見ることができた。打倒するまでには至らないが、レジスタ共和国の人間を生かすための糸口が、全く見えないわけではない。
人間は己を構成する細胞のことなど意識せずに行動し、文明を作り上げた。細胞ひとつも自分の構造について知っているわけではない。ソフトウェアの概念はハードウェアを意識せず新たな世界を作り上げる。人間が自分の生い立ちを知らなくても、自由に考え行動することがソフトウェアなのだ。
とりわけ「知識を得る」「想像する」という能力は神がもたらしたソフトウェア……究極の機能だ。その可能性は無限大である。いずれ、レジスタ共和国の魔法士たちも魔法の伝道師の思惑を越えて無限の世界へ飛び立つ日が来るだろう。
一息ついたら、私が先陣を切って道を切り拓く。
まずは、ミヤザワ村へ帰ってティータを迎えに行く。彼女が帰郷してから5年が経つ。幾度か故郷まで戻っても満足できるほど会話する時間はなかった。約束では「運命の日」を乗り越えたら村で一緒に過ごす予定だった。彼女には申し訳ないが、今後も主任魔法研究士として生きることを心に決めた。首都で生活することになるけれど、きっと理解してついてきてくれるはずだ。
私は天上を仰ぎ見た。役目を終えた鈍色の空は、複数の雲の集団に変わっていた。西の端は途切れ、世界に赤い波を押し寄せる太陽が、沈む直前の表情を見せている。黄昏の時間が訪れたようだ。月もぼんやりと姿を現していた。
魔法士も首都市民も農夫も、皆一様に空を眺めている。昨日までは影の王が絶えず人間を見下ろし続けていたが、今は太陽が沈みかけても黒い球体は現れなかった。100年前から存亡を賭けて運命づけられた1日を乗り越えたのだ。少しだけなら感慨に浸っていても許されるだろう。
薄紅葉に染まっていた空が藍色に変わる。果てしなく高い世界にもいつの日か手は届く……。太陽と月、空を彩るふたつの天体は人間たちに向かって淡い光を慎ましやかに照らし続けていた。
――ソフトウェア魔法は神殺しの槍である――
――もしアキムたちの持つ尖端が我らに届き得るのならば――
――我らの槍もまた神へ届く可能性を秘めている――
――少なくとも 世界に棲む影の王は撃退できるだろう――
WIZARDWAREプロデューサー
倉智一 著
<終>
最後までお読みくださりありがとうございました。
本作はWIZARDWARE魔法戦記シリーズの第1弾です。シリーズ全体を通して幅広く情報技術をテーマにしており、ソフトウェアとプログラミングに関してはひとまず終了です。第2弾ではネットワークをテーマに、別の世界を舞台とした物語を予定しています。
今後も「くら智一」の作品をよろしくお願いいたします。(2018/7/2)




