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「だからといって、影の王との決戦に乗じて命を奪おうなどという凶行に走ったことは理解できない。なぜだ? 俺を憎む理由は何だったんだ?」
心の奥底から出た素直な疑問だった。なぜ嫌われねばならないのか納得できなかった。
「役に立たないとされた文献から知識を得て奇抜な意見を提案していたのは、過去のレッドベース先輩も同じだった。ところが先輩には家業を利用した魔法具の製作を預かる立場がある。国家から認可を得ていない文献を重視する真似は続けられなかった。そこに君や俺の世代が現れた。君にいたっては、先輩がやりたかったことを提案した挙げ句実現さえした。最初は応援していたが、好きなように研究を発展させる様子を見せつけられ、徐々に自分の立場と研究心との狭間で苦しむようになったらしい。俺に相談したときの先輩は本当に悩んでいた」
赤髪の先輩が織物業と魔法具製作に縛られていたことは知っていたが、自分に相談を持ち掛けることは一度もなかった。デスティンの方が先輩にとって本音を語りあえる間柄だったのかもしれない。
数分間、目をつむって考えた。狂気の沙汰を生み出す背景、魔法研究所の実態、打倒しなければ国の未来を奪うとされる影の王……。皆、悩んでいた。運命という言葉を使うのは好まないが、起こるべくして起こったことなのかもしれない。
「到底納得することなどできないが、狂気という心情は少しだけ理解できる。故人への詮索はやめよう……。それでデスティン、おまえは今後どうするつもりだ?」
言葉には彼の身の振り方だけでなく、どのように償いをするかという意図を含ませた。デスティンならば熟慮したうえで結論を出すだろう。
「残念だが……俺は今の魔法研究所には協力しない」
「俺が主任魔法研究士だからか?」
銀髪の元同僚は苦悶の表情をにじませた。自嘲気味な笑みと言った方が適切かもしれない。
「そうだ。君にした行為について償いはしない。俺は自分の信念に従い行動する」
――目の前に立っているのは本当に情けない男だ。罪を暴露されてまだ面子を気にしているのか。銀髪の「元」魔法士は、私の顔に表れた侮蔑の感情を無視するように言い続けた。
「アキムが中心となった魔法研究所は盛んに情報公開しているようだな。魔法について無知な一般市民にまで自由に閲覧させるのは度が過ぎている気もするが……おかげで現在、『聖弓魔法奏団』が抱えている問題は理解できたよ」
相変わらず目ざとい。頑固だが明晰な男だ。
「有能な魔法士が不足する原因はわかる。君は、自分にも他人にも奔放さを求める人間だからな。厳しく人材を育成するのには向いていない」
「……その通りだ。よくわかっているじゃないか。だから過去を償う意味でも力を貸してほしい」
建て前ではなかった。私怨を捨てて主任魔法研究士としての責務を優先した。魔法兵団長を務めた優秀な魔法士が支えてくれれば心強い。
「それは駄目だ。何度も言うが、魔法研究所に力を貸すつもりはない。考えてもみろ。俺は一度研究所を見捨てた人間だ。目を失ったとはいえ、身体が動くようになってからも魔法研究所に足を向ける気にはならなかった。先の敗戦で犠牲になった魔法士は何百人といる。彼らの関係者や血縁者が『運命の日』の最終決戦に臨むべく日夜努力しているところに、俺の居場所はない……」
黒い眼帯がこちらを見据えていた。
「だから俺は独自の道を往くことにした。有能な魔法士が足りなくなるのは、魔法研究所が再出発する前からわかっていた。今は各地を回って魔法士の素養がある人間を集めている。見つけた才能は厳しい訓練を課して鍛え上げている。いずれ魔法研究所へ推挙するつもりだ。『聖弓魔法奏団』の砲台役と魔法属性付加役については彼らが役に立ってくれるだろう」
銀髪の青年のまなざしは主任魔法研究士だったころに戻っていた。服の色こそ正反対の黒だったが、魔法士のローブをまとう姿が目の前に現れたような気がした。デスティンが同僚でもっとも有能だと評価されていた事実を改めて理解した。
「さしあたって、来年の10月10日『影の日』までに10名以上の魔法研究生を送り込むつもりだ。それ以上の人材は運命の日の1年前までに合流させる」
洞察力だけでなく計画性や実行力も兼ね備えているところは流石と言わざるを得ない。負けてはいられない。私にも真剣に魔法研究へ打ち込んだ意地があった。雄弁に語る隙をついて機転の利いた舌鋒で切り返した。
「来年の影の日に合わせる必要はないな……。なぜなら影の子が出現しない。いや、出現させない計画を進めているからだ。実戦は魔法暦100年、5年後の『運命の日』だけだ」
デスティンは目を丸くした。こちらの顔をしげしげ見つめるとほくそ笑んだ。
「相変わらずだな。何をする気なのか皆目見当もつかないが、君が断言するなら影の子との戦いは起こらないのだろう。余裕をもって優れた人材を魔法研究所へ合流させよう」
銀髪の青年は精悍な顔を影の王が出現する方角に向けた。
「いずれ再会しよう。次は本当の意味で影の王との決戦だ。後のない水際で人間が何をするのか、黒いデカブツに思い知らせてやろう」
同期で最も優秀な男は強気な台詞を残して去っていった。この1年間、自由な権限を与えられ充実した毎日を送っていたが、同じ立場の仲間がいない孤独感は心の中にわだかまっていた。かつて敵対したこともある競争相手との邂逅が迷いを吹き飛ばした。
約1年後、魔法暦96年10月10日、影の子が現れると予言されていた「影の日」は何事もなく過ぎ去った。影の王の弱点を研究した成果が形となって現れた。魔法研究所に更なる期待が寄せられ、魔法士の増員、予算の増額、充分な研究期間が「運命の日」への対策に当てられる。その後4年間の順風満帆な準備の過程、先立って成功した影の日の対策は折を見て振り返ることになるだろう。
時は流れ、レジスタ共和国は遂に魔法暦100年を迎える。私は29歳となり、魔法士として過ごした期間は12年を数えた。




