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【C++】ソフトウェア魔法の戦術教本~影の王を撃て!~  作者: くら智一
Ver3.2 影の王攻略戦(魔法暦94年) 後編
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4

 影の子らの攻勢は強まるばかりだった……。家畜の姿をした影の子は消え失せたが、絶え間なく魔法士に襲いかかる黒い人型の群れは数で魔法兵団を圧倒していた。倒すたび増えていく泥人形は無限に存在しているようだ。


 現在、機能している魔法兵団は、第3部隊から第6部隊、第8部隊から第12部隊、第16部隊の合計10部隊のみだ。まだ半分以上が残っているとはいえ、短時間で多数の犠牲者を出した事実は生き残った魔法士たちに恐怖を刻み込んでいた。


 第15部隊に続いて第12部隊からも魔法弾が放たれなくなった。第15部隊で戦う術を失った供給役の魔法士たちが、死屍累々の広がる第13部隊と第14部隊をまたいで第12部隊まで助けを求め、雪崩なだれ込んだことが原因のようだ。


 また、第12部隊、第15部隊双方において、供給役の魔法士と支援役の魔法士との間で魔法具の奪い合いが発生した。供給役の魔法士は彼らの方が魔法力に優れ、扱いにも長けていることを知っていた。黄色にくすんだローブを着た支援役の魔法士を格下と見なしていた一部の者が、強引な手段で火属性の手袋を渡すように要求したのだ。


 混乱する最中、ふたつの部隊は大挙押し寄せる黒い人影に呑み込まれた。隣の部隊が消え、第16部隊は影の子に囲まれ孤立してしまった。


 私は炎の壁を背に、連結魔法弾ではなく各自個別に戦うよう部隊の魔法士へ指示を出した。加えて支援役の魔法士に、氷属性の手袋を供給役の魔法士へ渡すよう勧めた。攻撃力は心もとないが個人規模の魔法弾でもやりようはある。


 自分は左側の手袋をはずして最後の手段のときに隠しておいた、魔法弾吸収の刻印が入った手袋へ付け替えた。数年前の古いものだ。懐のポケットに入っていた他の魔法具が地面にばらばらと落ちたが意に介す暇はない。治癒の魔法は未だ身体に届いておらず、火傷を負った右手に走る激痛を我慢しての作業となった。


「リューゾ、何をしてるんだ?」


 自分の背中から2メートル離れたところにいるはずの後輩を振り返った。リューゾはこちらに向かって右の手のひらを突き出したまま苦笑いを浮かべていた。魔法弾を出せないのか……そんなはずないだろう? 私の視線に気づいても表情を変えず、ただ手を胸の前に突き出していた。


 部隊の左側、四散した第15部隊の方角から影の子が雪崩なだれ込んできた。私は胸の前で手のひらを合わせ両手でこぶしをつくり、とっさに残りの魔法弾を体内で循環させて黒い泥人形の群れに向かって叫んだ。


「あまり人間をなめるなよ。黙って餌食になってたまるか!」


 炎の壁を作り出した時と同じく右腕を横ぎに振るった。放射状に撃ち出された魔法弾は先の2倍に達する高さの炎を地面から巻き上げた。おそらく残っていた魔法弾はそれほど多くないだろうに……。


 自分の体内に潜在する魔法弾の総量が今になってまだ底があることに、皮肉めいたものを感じた。目の前にいた黒い人影は跡形もなく吹き飛び、第16部隊左側にも障壁が誕生した。同時に、私の魔法力は一瞬にして底をついた……。


 気づくと誰もいない背後から右足をつかまれていた。炎の壁の隙間から地面をはってきた影の子に不意を突かれたようだ。ほどなく支援役の魔法士が近づいてきて吹き飛ばしてくれた。足にはまだ影の子の残骸が残り、黒い液体が徐々に染み込んでいくのを感じた。


 下半身の感覚が次第になくなる。しびれが右足の爪先つまさきから膝までのぼってきた。影の子の餌食となった人間はこんな感覚を味わうのか……。苦痛と引き換えに新しい知識を手に入れたことに対して自嘲めいた笑みがこぼれた。だが、こんなところで死ぬわけにはいかない。自由の利かなくなった足を動かし、もうろうとした意識の中で一歩一歩前に進んだ。


 目の前の敵を倒して、第7部隊のところへ行くんだ。ティータを影の子なんかに渡してたまるか!


 前後に広がる炎の壁の隙間を探そうと歩いているうちに、地肌が突然、目の前に迫ってきた。わけがわからなかった。私の身体はくずおれ、前のめりになって地面に伏していた。眼前に暗幕が下りてきた。視界に生じた闇はどこまでも深く続く。黄昏の時間もそろそろ終わる。果たして夜が迫っているのか、自分のまぶたが閉じてしまったのか判別することはできなかった。





 ――ひどい悪夢を見ていたようだ。失調感が絶え間なく頭を支配し、強いしびれが延々と全身をむしばんでいる。目の前に光が戻り、かつて見たことのある風景を目にしていた。


 首都コアのようだ。視界の端を無数の黒い人影が疾走する。自分も同じ方向へ前傾姿勢になって走っている。大勢の人間と出会った。横にいた黒い影がたちまち彼らを呑み込んだ。


 殺害の様子を気にも留めず、人であふれかえった大通りを平然と駆け抜けていく。私は何者だ? 周りにいる影の子の一員なのか……。被害に遭った者は新たな影の子として人間の敵となる。今度は自分が襲う順番なのだろう。


 身体の自由が効かない……街の一角に母子を見つけた。親子お揃いの赤いスカーフを身に着けていた。標的めがけて手足が躍動する。驚愕の表情がふたつ間近に迫ったところで再び景色が暗転した。


 ……どこにいるのだろう? 


 暗がりの中で目を覚ますと、辺りに深い闇が訪れていた。喧騒どころか音ひとつ聞こえない。静寂のみが包んでいる。天から注がれる淡い月明かりの下、燃え残った火の粉が地表をうっすら漂っていた。


 身体中が重く、身動きできなかった。うつ伏せに倒れているようだ。何やら粘土のような塊が背中から身体全体を地面に押しつけている。顔は横を向き、周囲は同じ粘土で埋まっていた。自分の顔の前にだけ、地面をえぐって出来た穴が空洞となって呼吸の道を作っていた。戦闘で大量に噴き出した炎が雨雲を呼んだのか穴の下に少量の水がたまっていた。


 眠い……耐え難い疲労感が全身を襲う。まだ自分は生きているのだろうか。思考を巡らすだけで再びまぶたが重くなる。全力は尽くした……。私は肩の荷を下ろすように睡魔に身を委ねた。

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