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「支援役の魔法士は各自の判断で近づいた影の子を攻撃せよ!」
黄色がかったローブをまとう魔法士たちが表情を一変させた。もう戦況を見ているだけでは済まされない。昨年までと異なり、支援役は番号の入った土属性以外に単独で放つ火・風・氷の手袋を所持している。魔法弾から生じた炎によって視界は明るくなったが、爆発で生じた土煙が深くたちこめ、いつ飛び出してくるかわからない影の子らに供給役、砲台役、支援役、すべての魔法士が身の危険を認識した。
中央4部隊からも火属性の連結魔法弾が飛び出した。影の王の抜け殻が生み出した影の子たちは、跡形も残らず消し飛んだ。炎に巻かれた影の軍勢も足踏みしているようだ。地上の敵を制圧したなら次は影の王だ。魔法士たちは攻撃する気配を見せない空中の黒い球体を射程に捉えた。
「攻撃用意、第二陣形直列魔法、火属性発射準備せよ。目標、中央の第5・6・7・8部隊は地上に残る影の子へ。残る部隊は一斉に頭上の影の王へ――」
ドド…………ォン!
銀髪の指揮官の言葉が大地を震わす鳴動にかき消された。
漆黒の球体から伸びた龍の首一本が土煙を貫き、魔法士の集団へ頭から突っ込んでいた。
目と鼻の先だ。隣の第15部隊の後方、あるいはその向こうから悲鳴が聞こえた。激しく吹きすさぶ土煙の隙間からかろうじて左側を確認すると、第14部隊の先頭から第13部隊の後方にかけて、先刻まで戦っていた魔法士の姿が消えていた。両部隊に所属する残った者たちも衝撃に吹き飛ばされて地面に倒れていた。
龍の首は魔法兵団の一部を蹂躙した後、宵闇にまぎれて頭部の後ろが豆粒ほどに見える高さまで延々と長く伸び、急上昇していた。
いなくなった魔法士たちは消滅してしまったのか……。考える必要はなかった。はるか上空まで舞い上がり先端が闇に溶け込んだ龍の首と入れ違いに、何かが地上に落ちてきた。
噛み千切られ、バラバラになった人間の手足だった――。
部位だけでなく骨も肉も血も内臓もわからない状態となって、被害を受けた2つの部隊の上方から降り注いだ。生臭い臓器の匂いだけが常軌を逸した殺戮現場を解説していた。積み重ねられる肉体の一部は真っ赤な血しぶきを放ち、炎の光に照らされた大地をさらに赤黒く染めた。
怒り狂った魔法士から龍の先端めがけて、準備の整った魔法弾が帯となって数本空中へ撃ち上げられた。炎の音が響くだけだった。残念ながら大きく標的を逸れていた。
ならば元を断つまでだ。私は影の王に目を移し、上空まで長く首を伸ばす龍の根元部分に手のひらの照準を定めた。背中を伝わり集約された火属性の連結魔法弾を撃ち出す。光条は龍の首を支える部位に当たり、激しい炎を撒き散らした。粉砕するまでには至らない……火力が足りなかった。
効果のない攻撃を繰り出す魔法士たちにとって幸いなのは、仲間の命を奪った龍一匹を除いた残り八つの頭が微動だにしていないことだった。
唯一の選択肢。火の属性を付加した大砲弓――ティータのみが放つことのできる魔法弾で龍の首を吹き飛ばすしかない。ただし実現は難しい。火属性の連結魔法弾は発射時の衝撃が強すぎるため、50発以上集約させて撃ち出した例がなかった。第二陣形で放つ20発前後でも事故が起こりうる火属性の魔法弾は、撃ち出す側にもリスクを背負わせていた。
龍の頭が帰還し、先刻首を攻撃したこちらを向いた。爬虫類めいた双眸が赤黒く光る。自分に起こるだろう数秒後の悲惨な未来が頭に浮かんだ。万事休すか……。
「どうか……どうか皆さん、聞いてください!」
ソプラノの声が混乱する魔法兵団を通り抜けた。声の主はティータだった。
「火の魔法弾による大砲弓を試みます。負傷者が多数いる第13部隊、第14部隊を除く魔法士の皆さん、力をお貸しください!」
凛とした声は聖弓魔法兵団全体に届いた。各部隊後方に位置する供給役の魔法士たちは、彼女の言葉に動かさるように第三陣形の準備を始めた。
第15部隊に所属する供給役の魔法士は、身につけた手袋を第14部隊対象のものから第12部隊対象のものへ取り替える。魔法兵団に甚大な被害が生じた場合、各部隊から直ぐ隣だけでなく、間隔を1部隊あるいは2部隊分空けた遠くの部隊へも魔法弾の供給経路を確保できるようにしていた。レッドベースが事前に用意したマニュアルに従うものだ。
大砲弓に魔法弾を供給しない魔法士たちは陽動のため、頭上から睨みつける龍の先端めがけて第二陣形の炎を時間差で撃ち続けた。いくつかは逸れたが数発の光条が標的を貫き、爆発とともに龍の首が苦しそうにうねった。
魔法兵団長の指示はない。聞こえたのは幼なじみから発せられた切実な声だった。
「火属性の大砲弓発射準備完了……皆さん、できる限り避難してください」
彼女の元へ2つの部隊を差し引いた96の魔法弾が集約されていた。失敗する可能性は大きい。分の悪い賭けだが他に方法はないだろう。私は心に渦巻く葛藤を抑えながら、大砲弓の衝撃に備える寸前まで彼女の一挙手一投足を見つめていた。
視界を覆い尽くす閃光――。ティータのいた場所から鼓膜が破れんばかりの狂音が発生した。彼女のすぐそばで爆発が起こったようだ。時をほぼ同じくして影の王からも炸裂音が響いた。
空中の爆煙がかき消えた。魔法兵団を襲った龍の首は根元から消え失せ、影の王の身体に先刻以上の巨大な風穴が空いていた。液体の表面はまるで沸騰するかのように泡立ち、巨体全てが炎に包まれた。漆黒の球体に生じた爆発音は200メートル離れた地上まで振動となって伝わった。
間違いない。影の王本体へ甚大なダメージを叩き込んだ実感があった……。




