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情報が不明である以上、先手を打つ。魔法兵団長はよく心得ていた。
「攻撃用意、第三陣形中央『大砲弓』発射、風属性準備!」
「大砲弓」と名付けられた魔法弾は、ティータから放たれる聖弓魔法兵団最強の攻撃方法だ。供給役全体が連動する「第三陣形」と呼ばれている。
各部隊2列で縦に9名並ぶ供給役魔法士のうち最後尾から3名が、身につけていた手袋をはずして横の魔法士の番号が入った手袋へ付け替える。その場から動かずにV字陣形の最奥部を向き、ある者は直近、次の者は部隊同士8メートル間隔の先にいる魔法士の背中へ魔法弾を受け渡す。1部隊につき3名2列の計6名から始まり、ティータを砲台とする第7部隊まで15部隊総計90人分の魔法弾が供給される。第7部隊は受け取った力を今度は前方へ供給し、1人の女性魔法士に108個の魔法弾を集めた。
V字の奥、その先頭に立つティータは右腕を胸の前に上げて照準を定めた。
先に行動を開始したのは影の子だった。火属性の魔法弾によって炎に包まれた人影が次々と地面を疾走して魔法兵団まで近づいてきた。私を含め、ティータ以外の砲台役魔法士たちは風属性の魔法具を取り出し身につけた。
1列につき後方3名が中央の「大砲弓」へ魔法弾を供給している間であっても、部隊ごと2名の砲台役は残った背後6人分の魔法弾を集め、連結して撃つことができる。威力が落ちる分は時間差をつけて発射し、陽動を意図した攻撃に切り替える。敵を殲滅する必要はない。中央にそびえる大砲から一撃必殺の魔法弾が放たれるまでの時間を稼げばいい。
炎に覆われた影の子たちは、20秒ごとに撃ち込まれる風属性の連結魔法弾に足止めを受けた。2名の砲台役が第7部隊を除いて15部隊……。総数30箇所の砲台から魔法弾が毎分発射される。次弾の装填に必要な1分間の空き時間を短縮するため、時間差をつくって20秒ごとに10発を撃ち出す。
供給役6人に砲台役を足した計7人分と規模が小さく、風属性が本来持つ生命活動停止の効果まで期待できないが、風の引き起こす鋭い刃は影の子たちの身体を縦横に切り裂いた。
「全軍、衝撃に備えろ!」
デスティンの言葉が夕闇に響くのと同時に魔法兵団全員が腰を落として低い体勢を維持した。予測では大砲弓最初の攻撃目標は比較的距離の近い、地面に落ちた粘液状の塊だろう。魔法兵団がつくるV字型の中央に位置するティータの手のひらが輝きはじめて巨大な光の中、一点で弾けた。
鼓膜を切り裂くような高い音が通り抜ける。前方を巨大な風の渦が貫き、影の子と彼らを生み出している塊を呑み込んだ。かがんだ姿勢の魔法士に強い風が打ちつけ、衝撃が背後へ突き抜ける。何名かの魔法士が背後へ吹き飛ばされたようだ。興味本位で魔法の効果を見ようとしたのかもしれない。もし怪我したのなら当人の責任だ。
衝撃波が生み出した砂埃に加えて、切り裂かれた草の残骸が宵闇で狭くなった視界をさらに阻んだ。今度は逆方向である背後から強い風が流れ込み、遮蔽物は一瞬で消し飛んだ。戦場の視界は再び開けた。
固唾を呑んで敵の方角を見つめる。地面に広がった影の王の「抜け殻」とそこから生み出された影の子らは、地平線の果てまで一直線に削られた地表とともに消えてなくなっていた。
上空に浮かぶ影の王はどう思ったのだろうか。自らの分身がたちどころに消え失せたのだ。魔法の力をまざまざと見せつけることができ、魔法士一同に自信と興奮が満ちていた。
「攻撃用意、第三陣形中央『大砲弓』発射、風属性準備!」
デスティンの声が再びこだました。
次の標的は影の王自身だ。ティータ……これで決着がつく。あと一撃、なんとか持ちこたえてくれ……。彼女の身の安全を祈りつつ影の王打倒を願った。
黒い球体は、液体に覆われた表面を波打つように揺らし始めた。
漆黒の表皮の一部が大きく隆起した。飴細工のように細長く形状を伸ばし、紐あるいは触手のような突起物を作り上げる。影の王から生えた、それら長い腕のようにも見える部位はさらに伸びると表面を具体的な何かへ変形させはじめた。奇妙なことだが生物の形に見える。牙と巨大な顎をもった爬虫類のような頭。レジスタ共和国では見たことがない。
役に立たない図鑑で見たことのあるワニだろうか。いや、違う……。私は文献でも空想上の生き物とされる「龍」の姿を思い浮かべた。黒い球体から同色の蛇のような首が伸び、先端から家屋を数軒並べたほどの大きさを持つ頭部が飛び出したのだ。
突起物は次々と発生し、同じく漆黒の爬虫類めいた頭を作り出していった。首は全部で9本だ。ひとつの首から現れる頭部の双眸が血の色に輝き、魔法兵団を睨みつけた。瞬間に背筋が凍りつく。私は上空に君臨する異形の「龍」たちの姿をただ見上げた。
「大砲弓を発射する。全軍、衝撃に備えよ!」
銀髪の魔法兵団長から放たれる言葉が、今ほど頼もしく感じたことはなかった。
準備を終えた大砲弓が鼓膜まで切り裂かん威力で放たれる。巨大な弓から撃ち出された2発目の風属性の矢は、竜巻の斜塔となって空中に鎮座する球体の中央部分を貫いた。再び通り抜ける衝撃をじっと耐える。
大気の揺れが終わり、ゆっくり顔を上空へ向けると、影の王の身体中央に背後の残紅が透けるほど巨大な穴が空いていた。球体から生えていた龍の首の数本は根こそぎ吹き飛んでいた。
漆黒の球体は振動しながら身体の一部が煙となって空中へ拡散し始めた。黒い煙は夕闇の空を一層暗く染め、本体は徐々に小さく縮んでいく。時が経つとともに立ち昇る煙は勢いを増し、影の王は球体上部から溶け込むように姿を消していった。
様子を見守る魔法士たちの視線の先で、宿敵たる存在はやがて全部が煙となって空の彼方へ消えた。




