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 事故の発生原因を調べるため、大規模演習は中止となった。後日発表された内容では、砲台役の魔法士が使用した手袋から出火した原因として2つの問題が挙げられた。魔法具である手袋の布地に長期使用の消耗から欠損が生じていたこと。魔法士本人の体調が演習に臨めないほどかんばしくなかったこと。双方が絡み合った稀有けうな事例であるとされた。


 私見は異なる。体調によって魔法弾が発生しないことはあっても、暴発するといった前例はなかった。魔法具に何か問題が生じている可能性がある。レッドベースに相談を持ちかけてみることにした。


 聖弓魔法兵団による大規模な魔法演習は負傷者を1名出して以降、滞りなく回数を重ねていった。私は支援役のひとりとして過不足なく行動した。ティータの近くで支援役の任に就いていれば、彼女に危険が迫ったとき助けに入れる可能性がある。今は人事を尽くすだけだ。


 現在支給されている黄色がかったローブは、防火・防水を備えた白亜はくあ色のものと異なり、白かった古着を集めて縫い合わせた粗末な衣服だった。けれど不平を唱えず勤勉に自分の職務を果たし続けた。


 やがて、魔法兵団の一員として時間を過ごすうちに季節はめぐり、影の王との戦闘を予定した魔法暦94年が始まる。魔法研究所は4月に、臨時かつ大規模な魔法士増員を予定しているようだ。


 魔法研究生の仕事のひとつに自分の故郷へおもむいて、素質ある若者を新規魔法士に勧誘するというものがあった。私は故郷のミヤザワ村へ向かい、魔法に興味ありそうな十代後半の若者たちに話を伝えたが、農作業の手伝いで手一杯だと即座に断られてしまった。ティータは彼女本人と似たタイプ――活発で聡明な女性を3名首都へ連れてきた。最も多くの人数を集めたのはデスティン魔法兵団長であり、首都生まれでありながら、故郷でない村から12名もの魔法士候補を集めてきた。


 「影の王への先制攻撃」といううたい文句は、過去、魔法研究生の入学採用試験に落第した者たちへの再度奮起も促した。意気込みが高く「魔法力」を高める訓練を続けていた者は、現魔法研究生をしのぐ実力を持っていた。魔法士が各地から集めた優秀な人材を含む、魔法研究生志望者は合計600名を超えた。


 4月の採用試験は昨年の定期採用試験同様に合格のハードルを下げて実施され、優秀な候補者たちの中から、新たに300名が魔法研究生に加わった。新入生でも実力を認められた者は、初年度でありながら魔法兵団へ参加する。


 半年後の10月10日に予定した「影の王」への攻撃に向けた戦力は前年の400名から大幅に増員され、聖弓魔法兵団は各40名の部隊が16部隊、総勢640名まで拡張された。補充要因も実力の差こそあれ多数が待機する。


 魔法兵団の増員と並行して魔法士が務める砲台役、魔法弾供給役、支援役の人事異動が発表された。優秀な魔法士は支援役から、魔法弾を受け渡す供給役の立場に格上げされた。私も同様に支援役からの異動が申しつけられた。


 驚いたのは私に与えられた役職が魔法弾の供給役ではなく砲台役・・・だったことだ。


 各部隊の先頭に位置する砲台役は言わば部隊ごとのリーダーである。過去に投獄されていた件が問題となり、事実を知る魔法士たちに少なからず衝撃を与えたらしい。けれどレッドベースの話では物議を醸すまでには至らず、「魔法力を測る訓練において全魔法士の中で3番目の席次」とのことから、人事は適当であるという結論に落ち着いたようだ。


 エキスト魔法研究所長やデスティン魔法兵団長は、私の異動に対してどう考えているのだろうか。決して肯定的であるはずがない。実情を知ることはできないため、彼らとの間を隔てていた氷が共通の敵を前に溶け始めているのだと自分に言い聞かして、浮かび上がる雑念を払いのけた。


 大出世であったが問題もある。砲台役は自分の背後数十名の命を預かる立場にあり、単独行動が許されない。ティータの身に問題が起こったとして、果たして彼女を助けるため持ち場から飛び出すことができるかどうか、いくら自分に問いかけても解答は出ない。


 1部隊に砲台役が2名いるのは好都合だ。単独行動の際には、もう一方に砲台役の責務を任せてしまえば良い。とはいえ行軍の致命的な妨げになりはしないか心配の種は残る。


 新しい魔法研究生を加えた聖弓魔法兵団は、5月に増員後初めての大規模演習を実施した。


 演習場は従来と異なり、首都コアから南側へ続く主要道を長く進んだ東側、人目につく台地が選定された。影の王の方角が珍しく北東になる。


 魔法研究所は政府の直轄機関ではないものの、予算を捻出ねんしゅつしてもらっている立場であることから、政治家への宣伝の意味合いがあるようだ。詳細は伝わって来ないが効果は十分だったらしい。エキスト魔法研究所長がレジスタ共和国政府から多額の予算を引き出した事例のひとつだ。


 演習の当日、私は白地に赤と青の直線ラインで装飾が施されたローブに袖を通して意気揚々と演習場へ向かった。砲台役として魔法兵団の右端にあたる「第16部隊」に配属されていた。初めて務める連結魔法弾の砲台役ながら、背後から送られてきた9人分の魔法弾を同時に手のひらから撃ち出した。地面に直線の痕跡を残して炎の帯や風の渦が彼方まで飛んでゆく。


 最初の演習では兵団右端の先頭に立ち、背後1列分の魔法弾を扱っていた。夏に入る頃には1部隊全体から放出する「第2陣形直列魔法弾」の砲台役も務めるようになった。名実ともに「第16部隊」で最も魔法弾の扱いに長けていることを意味する。


 聖弓魔法兵団は演習中の事故を起こすことなく、大規模な先制攻撃の準備は着実に整っていった。魔法兵団全体で発動させる、ティータを砲台とした巨大な魔法攻撃「大砲弓〈バリスタ〉」は、風属性を付加した巨大な死の竜巻を複数回放つまでに練度を上げた。


 そして魔法士たちは実戦の日を迎える。魔法暦94年10月10日、レジスタ共和国という周囲を山に囲まれた小国に住む人間は、数年後に自分たちを滅ぼすと予言される外敵に対し、総力を挙げた先制攻撃を決行した。

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