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「先輩、聞きたいことがあるんですが……」


 別世界を満喫していた只中ただなか、頭上から不意に声をかけられて気だるい視線を向けた。柔らかな日差しが窓から降り注いでいた。


 新しく魔法研究生に加わった若者がひとり本を手に立っていた。小柄だが、肩幅が広くずんぐりした体型。どこか愛嬌のある男だ。


 私は身体を起こして、声をかけた後輩にとりあえず座るよう目で合図した。


「――っと、そうでした。魔法の属性についてお聞きしたいんです」


 少しずつ記憶がよみがえってきた。最近たまに顔を見かける新入生だ。しゃべり方に特徴があって、とりわけゆっくりなので印象が強い。名前はリューゾと言っただろうか。返事ついでに訊ねてみた。


「ええ、リューゾです。魔法弾の属性について勉強しているのですが、わからないことが多くて……お時間あれば教えてもらえますか?」


 どうやら4属性について聞きたいようだ。魔法弾に付加できる属性は火・氷・土・風の4種類だ。


「先ほど、魔法研究所で風属性の効果について教わってきたのですが……単純に風を起こすだけでなく、『風化させる』効果があるようなんです」


 風の属性は個人で使役する程度では効果が実感できない。集団で魔法弾を使役するまで実用化されなかった理由は、誰ひとり本来の効果を理解していなかったからだった。


 昨年から活発に実験しはじめた風属性の魔法弾は、射出方向に竜巻のような渦を発生させ、邪魔するものを吹き飛ばした。そして最大の特徴は……


「生命活動を停止させて死にいたらしめ、最後は風と一緒に吹き飛ばす」


 事実をありのまま伝えた。


「……恐ろしいですね。研究室でみなさんが遠まわしに話しているのは残酷だからでしょうか?」


「そうだ。家畜数頭があっという間に骨だけになる」


 意図があるとはいえ、むごたらしい実験の風景を思い出す。風の属性は生命の存在を否定する。もし創造した者がいるのなら、決して良い趣味の持ち主ではあるまい。


 風の属性を使った近年の研究結果を図や身振りを駆使して後輩に説明した。勉強家なのか、リューゾは集中を切らさず真剣に聞き入っていた。


「4属性というのは、互いに何か関係があるのでしょうか……」


 思いのほか、鋭いところに目が行くやつだな。ともすると聡明かもしれない後輩に持論を展開した。


「魔法は火と氷、土と風がそれぞれ対になっている。火の属性は分子運動を活性化させ、熱を生じさせる。一方で氷の属性は分子運動を抑制し、対象物から熱を奪う。土の属性は治癒魔法と別名で呼ばれるように、生命活動を促進させて傷ついた身体を癒す。風の属性は土属性と逆に、生命活動を停止させる。熱エネルギーと生命エネルギー、それぞれの活性と抑制が魔法の効果だと考えている」


 へぇ……といった様子でリューゾは腕組みをしながら必死に理解しようとする仕草を見せた。何だか4年前、図書館に閉じこもっていたころの自分を思い出す。


「先輩。役に立たないと呼ばれる本で見つけたのですが、異世界には火・・土・風という4属性が存在するところもあるようですね」


 異端と呼ばれる文献にも食指をのばしているのか……面白いやつだ。


「詳しくは『異世界にある』というより『異世界の物語や伝承に登場する』という表現の方が適切だろう。4つという数はだれかに都合が良いのかもしれないな」


「異世界では『水』ですよね。なんで現実の魔法は『氷』なんでしょうか?」


 なるほど……考えたことも無かった。少し時間を置いた。回答する方も張り合いがある。


「異邦人によってもたらされた『魔法』は何かを生み出すというわけではないようだ。もし創造する能力があるのならば、魔法は影の王と関係なく産業の発展に貢献しているだろう。例えば『水』の属性があったとして、魔法具から無限に水が噴出したら農耕技術が一変するな」


 上気しながらイメージをふくらめた。奇跡のような話だが、「魔法」という原理不明の存在があるのだから、頭ごなしに否定することはできない。


「そうですね! 水を自由に扱えれば僕の故郷の村も干ばつの心配をしなくて済みますよっ!」


 リューゾが興奮した声をあげた。


 ふと我に返ると、周囲から冷たい視線が一斉に向けられていた。図書館内で騒ぎ過ぎた。


「まあ、なんだ。話はいくらでも聞くから魔法研究所の裏庭にでも行こう。あそこは誰も来ないし、ばか笑いしていても誰かの迷惑になることはない」


 私は本を整理してリューゾをお気に入りの場所まで連れ立った。興味深い新入生だ。裏庭で人心地つくと彼の生い立ちを聞き、魔法研究生では落ちこぼれのひとりであることを知った。4月の入学採用試験時も魔法弾のテストは合格ぎりぎり8個の成績だったらしい。何とか元気づけてやりたかったが、魔法力など研究するうえで問題にならないと考える私は少数派だった。

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