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「これより魔法暦92年度9月期の魔法研究会議を実施する」


 旧王城を改装した魔法研究所2階中央の会議室には、魔法研究士たちに加えて選抜された魔法研究生が集まっていた。議事を進行するのは今年度から魔法研究士に就任したデスティンだ。エキストが所長に昇進して空席となった主任魔法研究士の職務を魔法兵団長である彼が兼任する。エキスト新魔法研究所長は会議に出席することなく、出世著しい銀髪の青年に全権が委ねられていた。


 部屋の中央で集団を左右に分ける縦長のテーブルをはさみ、魔法研究士の座る椅子が並んでいる。私は机から離れた石造りの壁の前で魔法研究生たちと一緒に直立してきびすを並べていた。


「皆、肩の力を抜いて楽な姿勢で聞いて欲しい」


 デスティンが口を開いた。若干21歳にして魔法研究士となった彼は、年長者の魔法士たちが多数居並ぶ会議室に臆することなく、テーブルの左側奥に腰掛けて話を進めた。


「来月で前回の影の子出現の日から4年が経過する。現在、魔法研究所が有する聖弓魔法兵団の力をもってすれば容易に打倒できるだろう。肝心なのは訓練した力を過不足なく発揮し、効率よく敵を殲滅することだ。前回の遭遇戦以降、国境付近における行方不明者の総数は18名。しかし、影の子は人間以外も利用されることが明らかになった。消えた家畜の総数に関する情報はない。全くの不明だ。敵の数については前回同様か……、まあ多くても想定の範囲内だろう」


 デスティンは突然テーブルに手のひらを叩きつけた。固まる周囲の反応を一瞥してから銀髪の下の表情をほころばせた。


「いずれにせよ、影の子はすでに『敵』ではない」


 私が立っている正面右の壁から反対側、銀髪の魔法研究士の背後から同調するような笑い声が漏れる。気味の悪い笑みを浮かべていたのは昔からデスティンと同じ研究班に所属している者たちだった。


「現状のまま演習を続け、来たるべき10月10日『影の日』まで待とう。予定している魔法兵団の戦術だが、1列10名による時間差攻撃が良いだろう」


 デスティンは右手を上げて魔法研究生数名を呼び寄せ、演習の内容について説明し始めた。聖弓魔法兵団の規律整備は成長著しい。一糸乱れぬ行軍は「影の王」打倒後の更なる活躍さえも想像させる。魔法兵団の原点となった「複数名による魔法弾発射」はかつて私の発案したものだが、あるいは恐ろしいものを生み出してしまったのかもしれない。


「最後に質問者がいれば、挙手してほしい」


 名乗り出る者は誰もいなかった。冷えた沈黙が石造りの壁に囲まれた空間を数秒支配していたが、手を上げたこちらに銀髪の顔が向いた。


「アキム、君の意見を聞かせてくれ」


 私はひとつ歩み出ると背筋を伸ばして一礼した。


「影の子の出現時期については4年に一度、10月10日だと記録されています。おそらく今回も影たちは同じ日を目標に活動を始めるでしょう」


 デスティンは興味なさそうな視線を向けていた。


「……ところが、1日という単位は私たち人間が考える昼夜1巡のサイクルです。影の王、そしてしもべたる影の子が同じ観念を持っているとは言い切れません」


 テーブルをつつくように左手の人差し指を上下させていたデスティンの動きが止まった。周囲がにわかにざわつきはじめた。


「前回、影の子出現の折、初めて死者を出さずに遭遇の日を乗り切ることができました。影の王の目的が何かわかりませんが、別の手段を講じてくる可能性は否定できません」


 銀髪の優等生は黙っていたが、眉をひそめて不機嫌な感情をあらわにした。


「……1ヶ月前からというのはさすがに尚早かもしれませんが、影の子出現予定地の近隣ではあらかじめ警戒体制をとるべきでしょう。何もなければ幸いです。有事の際には被害を出さぬよう複数の魔法士で対処しましょう」


 銀髪の魔法兵団長は不快感をむき出しにして立ち上がった。


「君の根拠のない発案のため、予算を出せというのか? 今まで一度として、出現の日以外に人が襲われたことなどない。今度も同じだと決まっているだろうっ!」


「影の子を撃退する作戦に余裕ができたため、申し上げたのです」


「君の手柄ではないぞ。我が物顔で魔法兵団を語るのはやめてもらおうか!」


 デスティンの張り上げた声に魔法士一同が硬直した。


「……失礼しました。敵に対する情報が依然不明なため、あらゆる事態を想定した次第です」


 まだ議論を続けたいところだが苦々にがにがしく引き下がった。銀髪の主任魔法研究士は椅子に腰を下ろし、こちらをかたきのようににらみつけた。会議室の空気は凍りついていた。自分の領域へ土足で踏み込んできたと思っているのだろう、デスティンの視線は敵意に満ちていた。


 今年に入ってから魔法研究会議は何度も同じ場面シーンを繰り返した。私が発言するたびにデスティンは無視するか激昂するかのいずれかだった。以前はレッドベースが彼との間を取り持ってくれたが、先輩自身の事情からなのか、最近は同席しつつ沈黙を保っていた。


 私は日を追って研究所内の立場が悪くなるのを知りながら、かたくなに自己主張し続けていた。


「……それでは他に質問もないことですし、以上で終了しましょう」


 気を利かせた魔法研究士のひとりが仲裁に入り、魔法研究会議は私というトラブルメーカーが一悶着ひともんちゃく起こすかたちで終了した。


 嫌なことがあったときは「役に立たない」本でも読むに限る。かつて割り当てられた部屋は研究班の統合を理由に取り上げられてしまったので、国立図書館へ足早に向かう。荷物を整理して大階段から1階へ降りようとしたところで、背後から明るいソプラノが聞こえてきた。


「ねぇ、アキム。ちょっと待ってよ!」


 みかん色の髪をした幼なじみは髪を後ろで束ねるのをやめ、腰に届く美しいロングヘアーの持ち主になっていた。服装も男性とたいして変わらなかった以前とは違い、正装の魔法士のローブを羽織るときでさえ内側に純白のスカートを身につけていた。


「ティータ……ごめんな。悪気はなかったんだ」


 エキスト魔法研究所長やデスティンらと共に研究している彼女には、私という同郷の存在がいることで迷惑の掛け通しだ。ティータが身体を張ってなだめてくれなければ、あわや取っ組み合いの喧嘩に発展する一幕もあった。


「わたしはアキムとデスティンが仲良く手を携えれば、影の王から国を守ることもできるって信じてる。あなたが心配なの……。わたしのことなんて気にしないで。好きって気持ちは変わらないから。デスティンとはただの研究仲間。アキムはもっと自分を大事にしてよ」


 彼女が手の甲を前髪にあてて視線をらした。


 ティータは今年、21歳になった。3年前よりも気品がありつやがあり……美人になった。周囲からの視線が女性を見るそれに変わっていることを、彼女自身気づいているだろう。女らしくなった幼なじみに芽生えている戸惑いの気配が、私の焦燥感を募らせていた。


「……おれは図書館へ行ってくる。魔法を発展させたソフトウェアの知識だって向こうから、おれを引き寄せたんだ。人間同士の問題を解決する方法だってきっと見つかるはずだ。自信は充分にある。過去そうやって難題を乗り越えてきたんだ」


 舌足らずだったが、今言えることは伝えたつもりだ。


 魔法研究所の正門扉をくぐり、隣接した国立図書館へ向かった。木造の平屋は今年新しく魔法研究生になった者で賑わっている。どの区画も人が集まる中、奥にある「役に立たない」文献が置かれたスペースだけ人を避けるように静かだった。誰も興味を示さない……逆に好都合だ。私は奥まった場所へ仰向けに寝転がり、読書の世界へ没入していった。

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