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神は嘘をつかない  作者: 梨千子
3. 文字化けした名前
14/18

03

 程なく、万華が出てきた。


 黒のVネックTシャツに、薄手のくすんだ赤迷彩の半袖パーカー。開いた胸元には、白い英語のロゴ。細身の黒パンツに、厚底ブーツ。

 金髪は無造作に流しただけで、いつも通り過剰な数のアクセサリー。

 相変わらず、暑苦しくて重い格好。


 時間がなかったので、すぐに駅に向かった。

 なんとか電車に間に合ったので、遅刻はしないで済みそうだ。


 平日のこの時間、電車はまあまあ混んでいた。なんとか手がつける場所を確保して、息を整える。

 万華は汗ひとつかいていない。譲が全力で走っても、彼は一足で譲を追い越していって、身長の差を思い知らされた。


 ふう、と息をついたところで、万華の黒いパンツから垂れた銀のチェーンが目に入った。

 その横、お尻のポケットには、雑に差し込まれたスマートフォンがある。

 そういえばさっき、改札口を抜ける時にタッチしていた。


「スマホ……持ってるんですね?」

「宗真が置いてったんだよ。そこそこ便利だし、使ってやってる」

「使ってやってる……」

「何だよ」

「いえ。神様も、スマホを使うんだなと思って」

「コーラ買うのが楽になった。一気に箱買いできるのはいいよな」


 先ほど見た大量のコーラの箱は、ネットショッピングの成果だったのか。

 

 呆れていると、万華がスマホを取り出して画面を見た後、軽く舌打ちした。

 背が高いくせに、画面を腰のあたりで開くものだから、譲の視界にちょうど入ってしまう。

 メッセージアプリのようだった。宗真からスタンプが送りつけられている。「おはよう」「愛してるよ」「好きです」と、猫のイラストがそれぞれかわいいポーズを決めているスタンプだ。


 万華は「ころすぞ」と送った。指の動きが少したどたどしい。本当に最近、使い始めたのだろう。

 彼のメッセージに応じるように、さらに色んなスタンプが送られてきて、画面が埋まっていく。


「……仲、いいですね」

「そう見えるなら、おまえの目はおかしい。眼科行ってこい」


 そう言って、万華はメッセージアプリを閉じた。通知の音が小さく鳴っていたけれど、無視することにしたようだ。


 譲は、斜めがけしたスマホショルダーの紐を握りしめた。

 

 ――そっか。スマホ、持ってるんだ。


 人間相手なら当たり前のことなのに、少し変な感じがした。彼が神様だからだろうか。

 けれど、持っているなら、今日みたいに待ち合わせに来ない時、連絡できる。次に理央が遊びに来る時だって、一言伝えられる。


 連絡先。


 聞いても、いいのだろうか。


 譲は口を開きかけて、閉じた。

 

 そもそも、彼は名前を呼ばれることを嫌がっている。スマホの連絡先だって、同じ理由で嫌がられるかもしれない。

 それに、もしも連絡先が交換できたところで、何を送るのだろう。

 

 今日は何時に来ますか。

 今日の夕飯は、カレーです。

 明日の夕飯は、何が食べたいですか。


 どれも、文句を言われる気がした。


「何だよ」


 黙り込んだ譲に、万華が眉を寄せる。


「……いえ」


 譲は首を振った。


「なんでもないです」


 スマホは、万華の尻ポケットに雑に戻された。銀のチェーンが揺れる。

 譲はそれを見ないように、窓の外へ視線を向けた。


 目的の駅についた。

 大きな駅だったので、さすがに混んでいる。

 いつもこういうときは、何度も肩をぶつけて、すみません、と謝りながら進むところだ。けれど今日は、万華がいるのでずいぶん楽だった。人混みが、彼の前で自然に割れていく。


「おい、こっちでいいのか」

「あ、はい。南口から直通のバスが出てます」


 譲の歩幅では追いつけず、彼は何度か苛々した様子で振り返った。

 途中で少しだけ歩く速さが落ちた気がしたが、混んでいたので、誤差かもしれない。

 人混みで頭ひとつ突き抜けた彼の視界は、自分とは全く違うのだろうな、とうらやましく思った。

 

 南口から直通バスに乗って、ミュージアムへ向かった。

 そこは、入り口からコーラのでかでかとしたロゴと、大きなペットボトルの模型が設置されていた。

 ぱあっと、万華の目が輝いた。

 

 譲は驚いて、横顔を見上げる。

 初めて見た。こんな顔もするんだ。

 

 中の受付でチケットを渡す。隣で、万華がずっとそわそわしている。

 ロビーに飾られた歴代のボトルを見て、いつもより背筋が伸びている気がする。


「時間になったら係員が参りますので、少々お待ちください」


 いかにも仕事ができるといった風の、美人のお姉さんだった。

 半券をちぎった後、チケットを返されがてら、うふふと微笑ましそうに見られる。


「素敵な彼氏さんですね。楽しんでいってください」


 彼氏ではないけれど、律儀に訂正するのも野暮な気がして、譲は曖昧に笑った。

 それに、万華はすでに展示品の方へ歩き出している。彼氏扱いされたことは、聞こえていなかったか、聞こえていても彼にとってはどうでもいいことなのだろう。

 

 最初のスクリーン上映では、コーラの歴史や製造工程が紹介される。暗くなった部屋で、万華は妙に真剣な顔をして画面を見つめていた。

 普段テレビを見ているときと違って、姿勢がいい。膝の上に置いた手も、ほとんど動かない。


 自由見学の時間になると、万華は歴代のボトルが並ぶ展示ケースの前から動かなくなった。

 近くにいた係員のお兄さんに、なぜかコーラの素晴らしさを語り始める。


「人類の歴史上、コーラは最高の発明品だ」

「は、はあ……ありがとうございます」

「俺が言ってんだから間違いねえ」

「そ、そうですか」


 譲は、少し離れたところで他人のふりをした。


 最後にお土産のノートが配られた。万華は神棚に飾ると言っていた。


「神様が、神棚に飾るんですか?」

「悪いか」

「いえ……」


 神棚って、そういうものなんだっけ?

 よくわからなくなったけれど、神である万華がいいというのだから、それでいいのだろうか。


 帰りにミュージアムショップへ寄った。

 コーラのグッズが売っている。グラスやタンブラー、Tシャツや帽子、タオルまで様々だ。


 譲は、小さなコーラ缶がぶら下がったキーホルダーを手に取った。譲の小指くらいのサイズだ。これくらいなら、どこにつけても邪魔にならない。

 しかしお値段は、さすがに公式グッズだけあってお高めだ。

 悩んでいると、頭上から影が落ちた。


「それ、買うつもりか?」


 万華は、いつの間にか買い物かごいっぱいにグッズを入れていた。目についたものを片っ端から入れているようだ。


「いえ、ちょっと高いから、やめとこうかと」

「ふうん」


 キーホルダーを元の場所に戻す。

 万華はそれを2つ取り、買い物かごへ放り込んだ。


「えっ、2つも買うんですか?」

「予備」

「予備……」


 レジで支払いを済ませたあと、万華は袋の中からキーホルダーをひとつ取り出して、譲へ放った。


「やる」

「え」

「チケットの礼だよ。邪魔なら捨てろ」


 捨てられるわけがない、と思った。

 小さなコーラ缶のキーホルダーを手のひらに乗せる。


 硬くて冷たい感触。そっと指でなぞれば、ころりと転がる。


「――ありがとうございます」


 譲は息をひそめて、キーホルダーをぎゅっと握りしめた。

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