アルスの過去編 ①
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両親から聞いた話だが、僕は生まれた時、産声すら上げなかったらしい。そんな僕を助けようと、周囲の大人たちが慌てふためき、必死に僕の体を揺さぶったそうだ。
両親はそんな会話を僕にするたび、嬉しいような、悲しいような表情を浮かべた。
【父親:アルスへの愛情 80、郷愁 40、アルスへの疑念 52】
【母親:アルスへの愛情 88、郷愁 61、アルスへの憂慮 60】
僕は物心ついた時から、この能力、感情数値化による感情の数値が見えていた。後に知ることだが、この世界には固有のスキルという、稀に、個人の才覚でのみ発現するものがあるそうだ。
村の蔵書にそれらに関して書かれているものがあった。
勇者の勇猛なる”聖剣”
聖女の清浄なる”癒し”
賢者の強大なる”魔力”
それらはほぼすべてが、魔物への対抗策や、人々の拠り所となるようなものだ。
――では、僕の”それ”は何のために。
それらの数値は最初は何のことなのか分からなかったが、次第に関連性を理解していった。だから、そんな両親の顔つきの理由も数値上は理解していたのだ。
当初は周りの皆もそんなものかと思っていた。しかし、成長するにつれ、僕は周囲との「ズレ」をより明確に自覚するようになった。
転んで痛みを覚えたとき、痛みの数値が高い、と思う。
空腹の場合は、空腹の数値が高い、と思う。
眠気を覚えた場合、睡魔の数値が高い、と思う。
現象と数値に対して対処する、それだけだ。
ただ、鏡や水面に映る自分を淡々と眺め、
「ああ、今は健康の数値が少し低いな」
「この数値だと、0に戻るのに数日はかかるな」
とか、そんなことを考えていたのだ。
他の子供たちのように「痛い」と泣き叫んだり、母にすがって「辛い」と慰めを求めたりする行動は、合理的ではない。そんなものに体力を使うぐらいなら、事象に対して自ら解消する行動を取るべきだろう。
ある日、僕がナイフで誤って手を切ってしまった時のことだ。
母親が駆け寄ってきて、真っ青な顔で僕の手を取る。彼女からは微かな震えが伝わってくる。
「アルス、大丈夫!? …あぁ、ちょっと切っただけね…よかったわ」
【母親:アルスへの愛情 92、恐怖 10、安堵 60】
「はい、これで大丈夫よ」
そして、僕の手を清潔な水で洗い、簡単な包帯を巻いてくれた。母は、僕を愛してくれている。それは、数値とその行動から理解している。
だが、数値が分かるが故に、理解できないことも多かった。なぜ自分を傷つけたわけでもないのに、彼女の「恐怖」の数値が跳ね上がるのか。
理解できない。
納得できない。
その不可解な乖離が僕の脳を刺激した。僕は安堵する母を他所に、窓に映る自身にスキャナーを走らせる。
【アルス:苦痛 10、喜悦 0、悲哀 0、憤怒 0、共感 0……エラー】
白紙。
痛みは数値として表れている。正常だ。
色鮮やかな感情の渦に巻かれた世界の中で、僕だけが、モノクロの空白だった。笑い声を聞いても、悲鳴を聞いても、僕の心臓は一定のテンポで刻まれ続ける。
「…僕は、何なんだろうな」
「アルス?何か言った?」
「なんでもないよ、母さん」
僕が欠陥を持って生まれたのか。
それとも、世界が欠陥品なのか。
僕は自分の胸に手を当ててみた。
でも、そこから伝わってくるのは、規則正しく、一定のリズムで繰り返されるだけの、心音だけだった。
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