賢者編 ④
(彼らは分かっていないわ。さっきの戦闘は、まぐれよ。私が不可欠だと証明してあげなきゃ)
深い階層へ向かう道中、私は呪詛のように呟きながら歩いていた。頭の中は混乱と焦りでグチャグチャだ。無意識に左手の親指の爪を噛む。こんな下品な癖、魔法院の時代に直したはずなのに。私の中で「私を中心に世界は回っている」という絶対のアイデンティティが崩れかかっている。
証明しなければならない。
迷宮の中でも私は孤高で、最高の賢者なのだ。
もっと強い魔物、予測不可能な絶望の中で、私の完璧な作戦だけが一行を救い出す。そうすれば「クレアがいないとダメだ」と泣いて謝るはず。
迷宮の深層手前。赤黒い蔦が絡みつく、巨大な鉄の扉が立ちはだかる『階層主』の部屋。
「クレア、ここはまだ早い。一度街に引こう」
「何を怖気づいているの? 私の完璧な戦術があれば絶対に勝てるのよ!」
私は金切り声を上げ、ゴルドを押し退けて重い鉄の扉を強引にこじ開けた。
「この紙…なんだ、ザック…これがあれば、勝てるかもしれねぇ」
後ろでは二人が何かを見つけたようだが関係ない。私は扉を開け放った。重低音と共に、広大な石造りの広間に鎮座していた巨大な『鋼鉄兵』が姿を現す。四本の腕を持ち、赤い眼光を鈍く光らせながら起動する圧倒的な威圧感。
だが、これでいい。
これこそ私が待ち望んだ舞台。
「いいこと、ゴルドは右前の腕を誘導!次にザックが左後ろの関節に短剣を差し込む! その2.8秒後に私が魔法で――」
矢継ぎ早に、いつも以上に緻密で完璧な指示を繰り出す。
さあ、私を求めなさい!
キンッ、と鋼鉄兵の身体に、何かが打ち込まれた気がした…刹那。
グオォォォォォオ!
鋼鉄兵は突如として四本の腕を高く掲げ、地面に激しく叩きつけたのだ。
広間全体の石畳が粉砕され、大地震のような激しい揺れと共に、天井から無数の巨大な瓦礫の雨が降り注ぐ。私の読んだ文献のどこにも、そんな攻撃パターンは書かれていなかった。
「嘘…きゃあっ!」
瓦礫の一つがローブを掠め、持っていた杖が弾き飛ばされて無様に転倒した。痛みと恐怖で頭が真っ白になり、次の詠唱すら忘れて泥だらけの床に座り込む。
【クレア:優越 20、焦燥 90、自己愛 100】
震える私の眼前に、真っ赤な眼光を放つゴーレムの鋼鉄の拳が迫る。
死ぬ。天才の私が、こんな泥にまみれて惨めに死ぬのか。
「ゴルドさん、ザックさん。クレアさんを助けます。支援を」
アルスが私の前に躍り出て、攻撃を弾く。
「了解だ、アルス!クレア、下がってろ!」
「右脚の死角だ! 俺が囮になる!」
彼らは私を振り返りもしない。恐怖でうずくまる私を放置し、私の指示など一切無視して完璧な連携と膂力だけで、巨敵に真っ向から立ち向かっていく。私の指示が介在する余地は、ただの1ミリも存在しなかった。
やがて、激闘の末――。
地響きを立てて、巨大なゴーレムが崩れ落ちた。
「お、俺たちだけで、階層主を倒したぞおおおッ!!」
「お疲れさまでした、ゴルドさん、ザックさん」
【ゴルド:高揚 80、万能感 80、クレアへの依存 5】
【ザック:生存の歓喜 90、全能感 90、クレアへの依存 0】
二人は歓喜の雄叫びを上げて抱き合う。
私の指示が、魔法が、なくても。
私がいなくても、世界は回るのか。
ガラガラと、私の中で「賢者」という強固な城壁が音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




