表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9


 *


 結局(けっきょく)のところ、(わたし)(ねが)いは(とど)かなかった。数刻(すうこく)(のち)に、黒衣(こくい)(まと)った狼藉者(ろうぜきもの)に、私達(わたしたち)()(かこ)まれていた。下卑(げび)視線(しせん)。だが、どのような(けが)れた欲望(よくぼう)()けられようと、(わたし)(うち)にあるのは、どうか穏便(おんびん)()んでほしいという(ねが)いだけだった。


「こんな夜更(よふ)けに、お(じょう)さん(がた)二人(ふたり)で、(すこ)不用心(ぶようじん)じゃあ、ないか」


「そうだなあ、俺達(おれたち)が、(まも)ってやってもいいんだぜ?」


 (なん)(こた)えるべきか、(わたし)(まよ)った。(おろ)かな(むすめ)(よそお)って、(はなし)()わせておくべきか。硝子樹(がらすじゅ)()(わた)せば、あるいは満足(まんぞく)して(かえ)るだろうか。オルニアスで(さら)謝礼(しゃれい)(わた)す、と()えば? などと。しかし、そんな(わたし)逡巡(しゅんじゅん)(はん)して、ユースの返答(へんとう)迅速(じんそく)だった。


「あなたの“(こし)”の“なまくら”で、(なに)(つらぬ)けるというの? (わた)わせないでほしいわね」


 (わたし)(おも)わず、溜息(ためいき)(とも)(てん)(あお)いだ。


 黒衣(こくい)(おとこ)一瞬(いっしゅん)だけ、(ほう)けた(かお)をしたが、()ぐに(いか)りに(かお)(あか)くして、(こし)(つるぎ)()()けた。それを合図(あいず)にしたかのように、一斉(いっせい)周囲(しゅうい)野盗(やとう)(つるぎ)()(はな)つ。


「なまくらか(ため)してやるよ。この売女(ばいた)めが! 夜通(よどお)(つらぬ)いて()かせてやるから覚悟(かくご)しておけ!」


「ユース……」


(はい)(はい)に、よ。所詮(しょせん)、こいつらは――」


 (おとこ)一人(ひとり)が、(つるぎ)をユースの首筋(くびすじ)()()てた。そのままユースの(こし)()(まわ)す。ユースはそれを一瞥(いちべつ)して――


(ごみ)()ぎないわ」


 (おとこ)(うで)()れた。


「……あ?」


 (ちり)(ちり)に。ユースの言葉通(ことばどお)りのことが現実(げんじつ)となった。ユースが()れた途端(とたん)に、(おとこ)(うで)が、(しろ)(すな)、いや、(しお)(ちり)となって(くず)()り、(かぜ)(なが)されていく。()(ぬし)(うしな)った(つるぎ)()ちて、地面(じめん)()()さった。


 (わたし)(ほとん)反射的(はんしゃてき)に、ユースに()かって(なに)かを(さけ)ぼうとした。(なに)()おうとしたのかは、自分(じぶん)でも()からない。(おとこ)悲鳴(ひめい)が、(わたし)言葉(ことば)意思(いし)とをかき()したからだ。


「ああああああ!」


 (さけ)びを()げて尻餅(しりもち)()いた(おとこ)を、ユースは(かかと)()()ばすと、悠々(ゆうゆう)と、周囲(しゅうい)(ぞく)へと(ある)いていく。(おとこ)たちは(みな)(なに)()きたのか理解(りかい)出来(でき)ていなかった。


「お(まえ)(たち)は、(ごみ)よ。(ごみ)(ごみ)らしく。(よる)(かぜ)()かれ、(むな)しく()()てるがいい!」


 男達(おとこたち)は、恐怖(きょうふ)からか、(ある)いは、ユースの総身(そうしん)から(はな)たれる魔力(まりょく)からか、()(すく)ませ、(うご)けなくなっていた。ユースが、私達(わたしたち)(とり)(かこ)んでいた(おとこ)一人(ひとり)()れると、その(おとこ)胸元(むなもと)風穴(かざあな)()け、(さけ)びを()げることもなく、絶命(ぜつめい)した。


 ここで(ようや)く、(かれ)らはユースが外見通(がいけんどお)りの存在(そんざい)でないことを理解(りかい)したようだった。(だれ)もが武器(ぶき)()()て、()()け、()()そうと(はし)()した。


()て、ユース、もう(かれ)らに戦意(せんい)は――」


戦意(せんい)はないけど、悪意(あくい)はあるわ」


 ユースが無慈悲(むじひ)に、(うで)()るった。(ひかり)軌跡(きせき)(ちゅう)幾何学模様(きかがくもよう)(えが)き、無数(むすう)稲妻(いなづま)(ほとばし)った。稲妻(いなづま)は、大気(たいき)()がしながら、(はし)()した(ぞく)たちの背中(せなか)次々(つぎつぎ)()()いていく。


 稲妻(いなづま)は、(さば)きの権能(けんのう)(おと)より(はや)く、咎人(とがびと)(くび)()(やいば)(てつ)(つらぬ)き、(れい)()く。法廷(ほうてい)であれ戦場(せんじょう)であれ。あらゆる()(おそ)れられる、(かみ)


「……」


 言葉(ことば)もなかった。(わたし)は、(うしな)った(うで)と、徐々(じょじょ)崩壊(ほうかい)していく身体(からだ)()ながら、譫言(うわごと)(つぶや)いている(おとこ)視線(しせん)()けた。何故(なぜ)、とは(おも)わない。(だれ)であれ、()きている以上(いじょう)は、(なに)かしらの()むに()まれぬ理由(わけ)はあるものだろう。(しか)し。


「……軽薄(けいはく)さの代償(だいしょう)がこのような()とは」


「あ……? (おれ)が、軽薄(ばか)……?」


 (わたし)(くち)(つぐ)んで(なに)(こた)えなかった。(こた)えるべきではないと(おも)ったからだが。(わたし)態度(たいど)(かん)(さわ)ったらしい。(おとこ)(うつ)ろな(ひとみ)に、(いか)りからか(ひかり)(もど)ってくる。(おとこ)健在(けんざい)(ほう)(うで)で、(つるぎ)()()った。


 (わたし)はただ、(おとこ)()ていた。


「ふざけやがって……(おれ)はな……(つね)覚悟(かくご)をして……()きていた! お(まえ)のような……()まれからして、(らく)()(かた)保証(ほしょう)されている、何処(どこ)ぞの令嬢(おんな)とは(ちが)う」


 どうやら(おとこ)(わたし)のことを、貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)(なに)かだと勘違(かんちが)いしているらしかった。(わたし)()えて訂正(ていせい)することはしない。実際(じっさい)(わたし)(せい)が、この(おとこ)(せい)よりも(めぐ)まれていたと()われれば、そうなのだろう。


覚悟(かくご)か。だが――」


「なら何故(なぜ)、そもそもこんな(ぞく)()()がったの? 馬鹿馬鹿(ばかばか)しい」


 (わたし)言葉(ことば)(さえぎ)って、ユースが(くち)(はさ)んだ。(わたし)(おも)わずユースを()たが、ユースはそれを無視(むし)した。


「ねえ、お(まえ)、もしかして……自分(じぶん)がこれから()ぬのは、(うん)(わる)かったから、だとか(おも)っていない? それとも、こんなことをしなければならない世界(せかい)(わる)いだとか、そんな(ふう)(おも)ってる? ()まれた環境(かんきょう)(わる)かった、だとか。(だれ)かが自分(じぶん)搾取(さくしゅ)しているからだ、とか。……そんな(ふう)本気(ほんき)(おも)ってないかしら」


 ユースの言葉(ことば)に、(おとこ)はたじろいで()(すが)めた。


「だから、お(まえ)軽薄(ばか)なのよ。お(まえ)覚悟(かくご)は、その程度(ていど)。そんなんだから、お(まえ)夜風(よかぜ)()かれて()程度(ていど)の、(ごみ)なのよ。お(まえ)(ころ)(まえ)に、ひとつ(おし)えてあげるわ」


「おい、ユース。(ころ)必要(ひつよう)は……」


(ころ)すわ。(ころ)必要(ひつよう)(おお)いにある。ヘレーネ、あなたも(わたし)(はなし)をよく()いておくべきだわ」


 ユースは(うで)(ひろ)げて、身体(からだ)(ひね)り、(うつく)しい(かみ)()らした。


(ほし)女神(めがみ)は、()神々(かみがみ)(ちが)って、(おのれ)被造物(ひぞうぶつ)である、貴方達(あなたたち)人間(にんげん)に、特別(とくべつ)加護(ちから)(あた)えなかった。何故(なぜ)だと(おも)う?」


 ユースの()いに、(わたし)(こた)えられなかった。(こた)えを()らなかったからではない。(わたし)にはユースの()いたいことが(すで)()かっていた。その(うえ)での(ささ)やかな反発(はんぱつ)だった。


「それは、女神(ばいた)が、自分(じぶん)(つく)ったものに責任(せきにん)()わない糞野郎(くそやろう)だからだ、そうだろ? (おれ)()んだ母親(ばいた)(おな)じだ!」


「その(とお)り。と()いたいところだけど、(ちが)うわね。そんなもの、不要(ふよう)だからよ。()より何度(なんど)でも蘇生(そせい)する無限(むげん)(いのち)も、あらゆるものから傷付(きずつ)けられない永遠(えいえん)肉体(にくたい)も。過剰(かじょう)にもほどがある。馬鹿馬鹿(ばかばか)しい。(ほし)女神(めがみ)人間(にんげん)(あた)えた、たった(ふた)つのもの。それだけで十分(じゅうぶん)だったからよ」


 神話(しんわ)において、神々(かみがみ)は、(おのれ)創造(そうぞう)した最初(さいしょ)(いのち)にそれぞれ特別(とくべつ)加護(かご)(あた)えたが、(ほし)女神(めがみ)だけは、特別(とくべつ)なものは(なに)(あた)えずに、ただ、秩序(ちつじょ)とそれを(まも)(すべ)(さず)けたという。


道徳(どうとく)(ほう)(おれ)(まも)ってくれたことはないね。そして、(おれ)(ころ)した(もの)(まも)ったこともない」


「ええ、そうね。だからお(まえ)()ぬのよ。()かる? お(まえ)(ほう)道徳(どうとく)()()てた。(わたし)(べつ)にそれが、(あく)だとか、間違(まちが)っているだとか、そんなことを()うつもりはないの。ただ、馬鹿(ばか)なことをしたと(おも)ってはいるわ。だって、そうでしょう。道徳(どうとく)(ほう)だけが、事実(じじつ)弱者(じゃくしゃ)強者(きょうしゃ)()()いを()(ため)必要(ひつよう)道具(どうぐ)なんだから。端的(たんてき)()って……(なんの)(ちから)覚悟(かくご)もない無能(むのう)なお(まえ)は、ただ奴隷(どれい)として()きていれば、()なずに()んだのよ」


 (わたし)がユースを(だま)らせるより(はや)く、(おとこ)(つるぎ)がユースの首元(くび)(ねら)った。(するど)()きだった。熟練(じゅくれん)騎士(きし)でも、容易(たやす)(はな)てるものではない。それだけの(いか)りが()められた一撃(いちげき)だった。だが、(つるぎ)がユースに()れることはなかった。ユースに(とど)(まえ)に、(つるぎ)(ちり)となって、(かぜ)(さら)われてしまった。


「お(まえ)結局(けっきょく)自分(じぶん)(よわ)さから()げたのよ。奴隷(どれい)として、社会(しゃかい)自身(じしん)より高尚(こうしょう)存在(そんざい)(ため)()きる覚悟(かくご)も、社会(しゃかい)打倒(だとう)しようとする覚悟(かくご)も、そして、(いさぎよ)()覚悟(かくご)さえないから……ねえ。そうでしょう。お(まえ)は、自身(じしん)より(よわ)(、もの)(ころ)して()きることにした。どんなに悲劇(ひげき)ぶったって、結局(けっきょく)はそれだけでしょう。いえ、勿論(もちろん)、それは(べつ)にいいのよ。大層(たいそう)弱肉強食じゃくにくきょうしょく(かか)げて、(おのれ)卑屈(ひくつ)(みじ)めさを隠蔽(いんぺい)していることを、(わたし)()めたりしない。だって、してるのよね? 覚悟(かくご)を。当然(とうぜん)自分(じぶん)より(つよ)いものに(ころ)される覚悟(かくご)を、してるのよね? なのにどうして……狼狽(うろた)えているの? (ふる)えているの? (おそ)れているの?」


 ユースの()(ひかり)収束(しゅうそく)していく。


(だれ)もが(みな)自身(じしん)(せい)無限大(むげんだい)責任(せきにん)()うの。善悪(ぜんあく)優劣(ゆうれつ)関係(かんけい)なく。お(まえ)は、結局(けっきょく)のところ、傲慢(ごうまん)卑怯者(ひきょうもの)なのよ。娼婦(しょうふ)も。貴族(きぞく)も。(おう)道化(どうけ)も。(ほし)なき(よる)暗黒(あんこく)(もと)では、(ひと)しく(だれ)(おな)じだというのに。お(まえ)は、勝手(かって)他人(ひと)見下(みくだ)し、評価(ひょうか)(くだ)している。それどころか、他者(たしゃ)不幸(ふこう)()不平(ふへい)(おのれ)人生(じんせい)()(わけ)にしてさえいる。自分(じぶん)物乞(ものご)いのように()きはしない。娼婦(しょうふ)のように()びはしないと。(はじ)()りなさい、人間(にんげん)()()って(せい)(つな)娼婦(しょうふ)も。路上(ろじょう)(たお)疫病(えきびょう)(おか)される物乞(ものご)いも。お(まえ)(ほど)(みにく)くはない。お(まえ)が、自分(じぶん)人生(じんせい)()(わけ)にしていい存在(そんざい)ではないわ」


 *


(おまえ)(のろ)うことを(この)んだのだから、(のろ)いが彼自身(おまえじしん)()るように』


 *


 (わたし)憂鬱(ゆううつ)気分(きぶん)で、()(さか)(ほのお)(なが)めていた。


 (わたし)憂鬱(ゆううつ)は、(べつ)にユースの(おこな)いそれ自体(じたい)原因(げんいん)なわけではない。ユースの行動(こうどう)(たし)かに過激(かげき)だったが、それそのものを(とが)めるつもりも、権利(けんり)(わたし)にはない。どうであれ、ユースがいなければ、(わたし)()んでいたか、奴隷(どれい)か、()くても(ぞく)(たち)情婦(じょうふ)になっていただろう。


 軽薄(けいはく)なのは、(わたし)(ほう)だったのだ。


 そもそも、ユースが行動(こうどう)()めなかったのは、それを(わたし)(ゆる)したからである。ユースは契約(けいやく)(しば)られているのだから、(わたし)本心(ほんしん)からユースを()めようとしていれば、あの(おとこ)(たち)()(なが)らえたはずなのだ。


 しかし、そうはしなかった。何故(なぜ)ならユースの()(とお)り、そして(かれ)自身(じしん)()(とお)りに、(わたし)(かれ)らにも覚悟(かくご)があると、そう(おも)ったからだ。(かれ)らは(みずか)らの意志(いし)覚悟(かくご)で、(おのれ)(せい)選択(せんたく)したと。


 (しか)し、覚悟(かくご)など。(かれ)らに覚悟(かくご)(もと)めた時点(じてん)で、(わたし)(すべ)ての弱者(じゃくしゃ)(おな)じように覚悟(かくご)(もと)めたのではないか。


 それは(なん)と、(こく)なことだろうと、(わたし)(おも)う。残酷(ざんこく)なことだ。(わたし)結局(けっきょく)(かれ)らを(ゆる)せなかった。だから、(かれ)らは()んだのだ。(わたし)狭量(きょうりょう)(ゆえ)に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ