帰宅
なんとお迎えが来てしまった。
王都の入り口には待ち構えていたように我が家の馬車が停まっていて、父の従者たちは私を見つけるとまるで家出少女を見つけたような顔をして、私を急かすように馬車に乗せた。ほぼ家出で間違ってないけど!
「ごめんなさい、先に帰るわね」
慌てて言った。ここでみんなとお別れだ。まだこれからの話を詳しく何も話していないのにどうしよう。
「アンジェリカ、待って居ろ!すぐに迎えに行く」
ギデオンが叫んだ。迎え!?……家に?
王都で彼と過ごしたこともないから、いろんなことに頭が追いつかない。というかうち知ってるの?
私彼がどこに住んでるか知らないわ……。
騎士寮よね?たぶん?……でもそんなところに彼が住んでたかしら?
駄目だ、話し合いが全く足りていなかったことだけに気が付いてしまう。不安だわ。
仕方なく、馬車の中から風景を見つめる。
王都の街並みは何も変わらない。旅に出るまでの日常を段々と思い出す。
(私は……ずっと苦しかった)
窮屈な日常とこの体の辛さから抜け出したくて……。
ほんの少しでいいから、楽に息を吸える環境で生きてみたいと思ってた。
(それが思っていたよりも大冒険になってしまったのよね)
ふふふと笑ってしまう。
リリーのことを思い出したり、養い子とまた会えて、魔王を倒したり、ギデオンに恋をしたり、体が元気になってきたり、そんな、まるで物語みたいな未来がやってくるなんて思ってもいなかった。
(楽しかったわ……)
本当に。起こったこと全てが楽しいことに思える。
今となっては、辛かったアンジェリカの人生も愛おしく思えてしまう。全部、今のためにあったことなのだからと。
「……報告は聞いた」
屋敷に戻った私はそのまま父の執務室に連れて行かれ、久しぶりに父に対面した。
私に似た容姿の、黒髪に紫の瞳の父。
机に座ったままの父は気難し気な表情で私を見つめていた。
「お前が魔王討伐に行ったなど、信じられんが」
はぁ、とため息を吐いた。
「だが……真実だと、殿下からも直接聞いた。体が呪いに蝕まれていたのだと。本当か?まずは座れ。お前の口から聞かせてくれ」
父は少しやつれているように見えた。
話し方は何も変わっていなかったけれど、以前のような一方的な口調ではないようだった。
促されてソファに座り、私は話し出した。
「本当です。私はかつて勇者とともに魔王を倒した魔法使いの生まれ変わりです。生まれてからずっとこの体は呪いに蝕まれていました。普通の人よりも体力がはるかに少なかったと確認してもらっています。魂と呼ばれるものがほとんど残っていなくて、そのせいで普通の人の心も持っていないのではないかとも言われました。過去を思い出した私は、宿敵を倒しに旅に出ました。そうして念願叶った今、以前よりもだいぶ……体の健康を取り戻しつつあります」
淡々と語る私を父はじっと見つめていた。
「呪いか……信じがたいが。真実なんであろうな。だが、その細い体で旅に出るなどありえん……俺たちはずっと探していたんだ。何かあったら死んだ妻にとても顔向けが出来ない」
「申し訳ありません……」
お母様のことを持ち出されると困ってしまう。
幼い時に亡くなった母は優しい雰囲気の方だった。私は良くは覚えてはいないのだ。
旅に出ている間実家のことを欠片も考えていなかったけれど……どうやら心労を与えていたみたいね。
「私はもう、勘当されて戻れないかと思っていました」
そう言うと父は小さく笑った。
「あんなのは勢いで言っただけだ。会話から分かるだろう。あっさりと実家を捨てるな」
そうなのかしら。私は戻って来てもいいのかしら。私は今でもこういうことが良く分からない。
「すまなかった」
固い表情で父は言った。
「俺はお前の言っていることを聞かなかった。呪いなど……分かるわけもないわけだが。それでもお前は伝えていたのに。幼い頃からずっとということだな?」
「そうです」
「体調を侍女が報告してくれていたが、真実だったのだな」
「はい」
父は黙り込んでしまい、私も言うべき言葉に悩んでしまう。
こんなに長く話をすることすら初めてなのだ。
「辛かったのか?」
「え?」
「ここで暮らすのはお前には辛かったのか?」
「……とても。二十歳まで生きられると思っていませんでした」
私の答えに、父が深くため息を吐いた。
「そこまでなのか。俺は本当に妻に顔向けが出来ないんだな……」
「……」
「お前はこれからどうしたい?」
「え?」
「いいか、放っておくと、お前はこれから社交界で時の人になる。政略的な婚姻の申し込みも後が立たないだろう。だがそんなことを望まないだろう?静養がしたいか?もう無理をさせないと誓う。当主としてその望みを叶えよう。ダメな父親の、せめてもの償いだ」
父はこんな人だったのかしら。
気遣うように私に向けられる父の瞳を初めて見た気がする。
「殿下は、お前は討伐隊のメンバーと婚姻を望んでくるかもしれないと言っていた。その時は許してやって欲しいと。本当か?」
「え?…………えぇぇぇ!?」
びっくりして叫んでしまう。何言ってるのあの人。え、そんな風に見えてたの?だって別れたのは、私がギデオンへの恋心を自覚する前なのに!
「なんだ。違うのか?」
「ちが……違わない……です」
「はぁ……まぁ、討伐隊なら身元がしっかりしているんだろうが。誰だ?」
「あの……それは……」
しどろもどろにギデオンのことを伝えると、父はなるほど、とだけ答えて何か考え込んでいた。
よく分からないけれど、悪い反応ではないように思えた。
「反対はしないが……けれど、お前が心配だから少し考慮する時間をくれ。反対するわけではないんだ」
「もちろんです」
そうして結局、父が何もする前に、ギデオンからは翌日には当主宛に正式な婚約の打診が届いた。
「生家とは縁を切っているようだが、生まれは申し分ない。評判はとてもいい。何より、魔王討伐に参加したのだ。彼も時の人になるだろう。今は公爵家を抜け、騎士としての爵位を持っているが、そうとは言え今までのような暮らしは出来なくなるかもしれない。お前はそれでいいのか?」
「彼の側にいることしか望みません」
「そうか……」
父は笑って、婚約を受けてくれた。
しばらくすると兄が領地から慌てるように王都に出てきた。
八歳上の歳の離れた兄は、あまり一緒に暮らしたこともなかったけれど、たまに顔を合わせると可愛がってくれることもあった。
「ま、魔王討伐……?」
私に似た、美形だけれど少しキツイ印象の容姿を持った兄は、眉毛を下げて情けないような顔でそう呟いた。笑ってしまった。
「俺の妹……何してるの?」
兄は話の蚊帳の外に居て、妹の婚約破棄の騒動やら、行方不明やらで振り回されていたらしい。
「お兄様お父様、私の冒険談を聞いてくれますか?」
私はずっと家族と交流することも出来なかった。
だけど、今は出来るだけ話して分かり合いたいと思うのだ。
そうして後日ギデオンは正装に身を包み我が家に挨拶に来てくれて、私と彼は婚約が取り決めれられた。
その足ですぐに教会でも正式に手続きをしてもらった。晴れて婚約者になった。あっという間だ。さすがにいきなり結婚は認められなかった。
「まさか……俺がまた貴族としての婚約をする日が来るとは思わなかった」
「私もよ」
それも好きな人と婚約する日がくるなんて、想像も出来なかった。
笑い合いながら手を繋ぐ。
その日はレイルもフローラもやって来てくれて久しぶりに心から笑って過ごした。
旅が終わって、私たちは日常に帰ってきて、そうして元の世界で……私たちは将来を約束したのだ。




