王都からの来訪
魔王討伐隊一行との対面は、ギルド裏の練習場で行われた。広場がそこにしかなかったからだろう。
王国騎士団だろう数十人に囲まれた、高貴な身なりの一対が目立っていた。
旅をしてきたというのに、ふわりと膨れ上がる豪華なドレスに身を包んだ、男爵令嬢ヘレナ。ピンクブロンドの髪の、小柄で可愛らしい女性だ。彼女は聖女である。その隣で彼女の腰を抱きしめているのは、第一王子エドウィン様。金髪碧眼の端正な顔立ちをしている。かつてのアンジェリカの婚約者。
エドウィン殿下はふとアンジェリカを視界にいれ、笑顔を固まらせた。
ひくりと、頬を引きつらせ、怪物を見つけたような表情をしている。
(失礼な男なのよね……)
幼少期から婚約関係にあったけれど、仲は非常に悪い。
仲たがいする理由の大半がアンジェリカにあったことを自覚しているけれど、それにしても大変失礼な態度ばかりを取られた。出会い頭に「王命での婚約だ。俺の本位ではない。勘違いをするな」と、子供でも許されないことを言い放たれ、態度が非常に悪かった。幼いアンジェリカが『小さないやがらせ』と言う名の『婚約破棄を導くまでの気の長い策略』を殿下に積み重ねていくのも理解出来る。
ギデオンが私の前に立ち、殿下の視線から私を隠すと、今度は聖女ヘレナが私たちを振り返りぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。
「ギデオン様……!ずっと心配しておりましたの。また私を守ってくださるのですよね。戻って来てくれてとても嬉しゅうございます」
ヘレナは満面の笑みでギデオンの元に駆け付けると彼の腕にしがみつこうとしたのだけど、ギデオンはすっと身を引いてから、膝を付き騎士の礼を取った。
「御無沙汰しております。本日から冒険者ギルドの依頼で、竜退治に同行させて頂きます」
「まぁ私たちの仲なのですから、そんなに畏まらなくてもいいのですよ」
ぽうっと頬を赤くしたヘレナがギデオンを見つめている。
エドウィン殿下はその様子を不機嫌そうに見つめていた。そうしてギデオンが膝を付いたせいで姿をさらすことになった私は、思いきりエドウィン殿下に睨まれた。
「はぁ、アンジェ……一体なんなんだよ。本当に魔王討伐に出ていたのか?」
「まぁ……エド様が誓約書を書いてくださったのではないですか。おかげさまでいい人材と資金を確保させていただきましたの。とても感謝しておりますわ」
張り付けたような笑顔を浮かべ合ったまま向き合う元婚約者。彼は、なぜ今も私を愛称で呼ぶのだろうか。
ギデオンが立ち上がり私の後ろに付く。それを見ていたエドウィン殿下は、声を立てて笑った。
「アンジェのご執心だった騎士団長様か。一体どうしたんだ、ギデオン・リード。お前は優秀な男だっただろう。アンジェなどに見向きもしなかった。どうした?ついに篭絡されたのか?その女はこの上ない悪女だぞ。人を顎で使い、決して自分の手を汚さず、陥れ傷付け壊していく。お前だってずっと見てきていたんじゃないのか?」
「そうですよ。ギデオン様、ヘレナはずっと、アンジェリカ様に陥れられ……怖い思いをしておりましたのよ」
「なぁ、その女の肉体にでも落とされたのか?見た目だけなら極上品ではあるな。女を武器にされたらさすがのお前でも落とされるというのか」
ふっと笑った声が聞こえて振り向くと、ギデオンが破顔していた。
とても自然な、キラキラと空気を輝かせるような笑顔。思わずぽかんとしてから、あまりに不敬な態度に慌てて殿下たちを振り返ると、彼らも呆然としていた。ヘレナは頬を染めてぽーっとギデオンを見つめていた。
「大変失礼致しました。魔王討伐は、我が王国、ひいてはこの世界を救うために必須なことです。この度自分は、殿下の誓約書に沿った魔王討伐に出立しておりました。そうして、討伐隊に合流し、我らのパーティも協力出来るというのなら光栄なことでございます」
「分かっているならいい。よく仕えよ」
挨拶が終わるとギデオンは騎士団員たちに囲まれていた。「騎士団長―僕には団長代理は辛いです」「代理?」「団長は不在のままになってます」「……そうなのか」泣き付かれているギデオンは団員達には好かれていたのだろう。
ギルド長のキリルが呼びに来て、殿下たちと騎士団の指揮官以上の者と私たちだけで別室で話し合うことになった。
キリルが言う。
「そういうわけで、魔王討伐のスペシャリストは、こちらのパーティの方々なので、安全のために指示にはよく従ってもらいたいのです。魔王討伐に関しては、我らギルドからは命を守るための最善を伝えていることをご理解いただければと思います」
訝し気な視線を受けてギデオンが説明をする。
「竜族は死の淵に、呪いを掛けてくることがあります。死に至らしめる呪いです。本来その呪いを解く方法はないものと思われていましたが、この魔法に長けたフローラが、魔法研究所の協力を経て、呪いの解読と防ぐすべをすでに会得しています」
「呪いだと?」
「そうです。討伐そのものよりも、この呪いがやっかいです。むやみに討伐したら呪いにより全滅するだけかもしれません」
説明を受けてみんなが黙ってしまった。前線に出るだろうヘレナは真っ青な顔になっている。
「呪いをどうやって防ぐんだ」
「そこは……レイルから説明を」
「はい。まずは、フローラ、また騎士団の魔法部隊によって、魔法の防御壁を掛け続ける必要があります。術者が倒れたらおしまいです。幾手かに分かれて掛け続けるのがいいでしょうね。呪い自体は解呪出来ますが、全員を解呪させるのは時間が間に合わないので現実的ではありません。それにそんな事態になったときには、おそらく解呪出来るフローラも倒れてしまっているのではないでしょうか」
「これは本当なのか?ギルド長」
「本当ですよ。この呪いは、死後も続くと思われています」
「死後?」
「死んで生まれ変わっても、魂が呪われたままで、その呪われた魂を魔王は好んで餌にしていると、そう言われているのです」
「……」
一度呪われたら、死んでも終わりにならないと言う話はぞっとするものなのだろう。全員が黙り込んでしまった。
「そこが聖女様のお力が必要だと言われていた所以だと思われます」
ギデオンの言葉にヘレナが嬉しそうに答える。
「まぁ私?」
「魔王の力と相反する聖なる力は、おそらく呪いを相殺するのでしょう。聖女なくては魔王を倒せないと言われていたのはそれが理由かと思われます」
「……ならばヘレナがいれば呪いに対処できるのではないか?」
「狙われ続ける聖女様が最後までご無事で、呪いを防ぎ切れればそうかと」
「……」
ここにいる人たちの多くは一度は魔王と戦っている。騎士団の人たちは渋い顔をしている。
「殿下、私は一度魔王討伐隊に加わっております。呪いの発動などさせる前に隊は壊滅しました」
「……知っている。呪いへの対策が必要なのは分かった。それでどうやって倒すんだ?」
「竜は定期的に、いくつかの挙動を繰り返します。咆哮、着地しての地響き、そして火炎の噴出……それらを抑え込みながら、逆鱗を狙います。魔王とはいえ、竜族の長なだけ。竜退治の技術で行けます。知識と、慣れと、そして連携さえ取れていれば討伐は難しくはないかと」
「それじゃ、具体的な討伐の話は騎士団と詰めないといけないんだな」
そうして長く話し合いをし、三日後に魔の山に向かう鉱山付近の竜退治をすることになった。
別れ際、エドウィン殿下に腕を引かれ、彼はひっそりと私に言った。
「お前も行くんだろう?」
「行かないわよ私は」
「は?」
「この町で待ってるって約束してるもの」
「……約束?お前が魔王討伐してくるといって旅立ったのではなかったか?」
「そのつもりだったけど……理由があるのよ」
あれ?と思う。気が付いたら、気やすい口調で殿下と話してしまっていた。殿下は怒ってないのかと彼を見つめると、ただ真っすぐ私を見ていただけだった。
「命令だ。お前も連れて行く」
どう見ても嫌がらせの、嫌みたっぷりの笑顔を私に向けていた。
「はぁ?」
「ずいぶん話しやすくなったな。お前を見せて見ろ。冒険者になるのだろう?」
乱暴に腕を放されると、ふらついた私をギデオンが支えた。
「三日後だ」
そう言うと部下たちを引き連れて出て行ってしまった。
取り残されてしまい、ギデオンの顔を見上げるのが怖かった。恐る恐る見上げると、凍えるような瞳が私を見下ろしていた。
「あの……」
「どういうことだ。お前が討伐に参加できるわけないだろう」
「そうよね。どうしようかしら……」
「まぁまぁ、ギデオン、仕方ないですよ。魔王戦じゃないですから、僕たちが守ります」
「竜退治はもう依頼をこなしている。難しくない」
フローラの言葉に驚く。いつのまにかそんな依頼を受けていたらしい。
「私……山登れるかしら?」
「……」
初歩的なところから躓いている気がするのだけど。
「登れるわけがないだろう。俺が抱えていく」
「……」
氷の騎士なんて言われていた、天下の騎士団長に抱っこされて山を登る悪名高きアンジェリカってどう思われるのかしら?
「……なにそれ、私の悪女伝説の一番の逸話になるのではなくて?」
そう言うと三人は黙りこんでしまい、そうして少ししてギデオンが噴出した。
「はっははは……」
最近のギデオンはよく笑う。子供のように、素直に。ずっと不機嫌そうだったのに、何かを吹っ切れたかのように楽しそうに笑う。
「笑いごとじゃないわよ!」
「いやでも笑うしかないですよね」
「おねえちゃんは悪女から一番遠い」
仕方がない。討伐に行かなくてはいけないというのなら……少しは魔法でも試してみようかしら。
この体になってから、上級の攻撃魔法を一度も試していない。
竜くらい一撃で倒せると思うのだけど。一体くらい試してみても許してくれるかしら?
「おい、アンジェリカ」
むぎゅっと顎を片手で掴まれた。
「何か企んでる顔をしているぞ」
「……らんで……まへん」
胡乱な目で見下ろされて、この人は良く私のことを見ているなぁと少しだけ面白くなる。




