火の国の冒険者ギルド
翌朝、私たちは火の国の冒険者ギルドを訪れた。
受付でギルド長と話したい旨を伝えて、イザックからの紹介状を貰っていたので渡した。来客中なので暫くお待ちくださいと言われ、私たちは休憩スペースに座っていた。
この国には屈強な体を持つ男たちが多く、ギルド内にも強そうな男たちがたむろしていて、私は嬉しくてきょろきょろと見回してしまった。
「……なんだかいつもと違うんだが?」
「おねえちゃんの目がハート」
「珍しいですね……」
「だって!強そうじゃないの。将来有望よ。素敵な方々よ」
フローラが不思議そうに聞いた。
「おねえちゃんの素敵基準ってなに?」
「え、肉体と、能力……?もちろんギデオンが一番強いけど。ここまで鍛えている人たち王都にはなかなかいないでしょ。筋肉は裏切らないわよ」
「俺をそんなに強いと思ってるのか?」
「え?そりゃあ……」
隣に座るギデオンをじっと見上げると、彼は少し気まずそうに身を引いた。
「そうじゃなかったらアンジェリカがあんなに執着してないでしょう?」
首を傾げてそう言うと、みんなが、えっと驚いた顔をした。
「え?執着してた記憶あるんですか?」
「覚えてるの?」
「……」
みんな何を言っているんだろう。覚えているに決まってる。アンジェリカの記憶は引き継がれているのだから。
「覚えてるわよ?記憶を取り戻した頃は少し混乱してて思い出せないことも多かったけど……」
どういうわけか三人は無言で目配せをし合い、頷き合っている。
「……どうして執着してたんですか?」
レイルが代表のように聞いて来た。ギデオンは私を凝視している。
「あ、ごめんなさい。こういう話しない方がいいのよね?」
これはきっとギデオンを傷つける話なのだから。
「いえ、ここでそのお気遣いいらないので……」
「どうして?おねえちゃん」
「どうしてって……」
そんなの決まっているじゃない。
「あなたほど強い人がいないからよ。アンジェリカはあなたに愛されて、子供を産みたかったのよ。他の男なんて嫌だったのよ」
ギデオンを見つめながらそう言うと、三人は完全に固まってしまって、どう見ても息してない。
「大丈夫?」
傷付けたとか……そういうのとは違いそう。急にどうしたのかしら。あら?ギデオンの顔が沸騰したように赤くなったけれど……。
フローラは私とギデオンを交互に見つめた。
レイルがはっとしたように息を吹き返す。
「あれって、純粋な好意だったんですか?」
「え?」
「正直……アンジェリカさんほどの人ならいくらでも地位が高く才能ある方々が手に入るはずなのに、と思っていて。ギデオンにちょっかい出すなんてよほどの理由があったんじゃないかと思ってたんですよね。何か失礼なことをした嫌がらせとか、そういう感じの」
「特にされてないんじゃないかしら……?交流もなかったでしょう?一目で強い雄だとは思ったけど」
「雄……」
ギデオンが呆然と呟く。
「……ちゃんと覚えてるんですね」
「覚えているわよ。アンジェリカは恋愛のことしか考えてなかったの。本能的な人間だったわ。リリーよりもっと心が分からなくなっていたんじゃないかしら。獣じみていたというか……」
ギデオンの顔が赤くなりすぎて発汗もしてるみたいなのだけど大丈夫なのかしら。
「え?だってご婚約されてましたよね?」
「そうよ。婚約破棄?を言い渡されたときは、やっと自由になるんだってあまりの喜びで体が震えて、思わず思い出しちゃったのよ。リリーだったときのこと」
「…………」
三人とも絶句してしまった。この反応はなんだろう?良く分からないけれど、きっとまた傷付けることを言ってしまったんだろう。
「ごめんなさいね。アンジェリカが酷いことをして……。もうしないから安心して欲しいわ」
知らなかったとはいえ、リリーの養い子に懸想していたのだ。どう考えても気持ちの悪いものだっただろう。
三人は固まったままで返事がない。いつもなら解説してくれるはずのレイルでさえ。困ったな、と思っていたら受付の女性から名前を呼ばれた。ギルド長の元に案内してくれるそうだ。
個室に案内され、ギルド長のキリルさんが迎えてくれた。金髪を刈上げ、至るところに傷がある。まだ若々しく鍛えられた肉体が美しい。この人はきっと相当に強い部類の男だ。
「どうぞ、どうぞ、お座りください」
にこやかに席を勧めてくれ、無言で私に付いて来た三人も座った。
「こちら読みましたが……魔王討伐を目指していらっしゃるんですね」
「そうです。それで、こちらのギデオンを少し鍛えてから旅立ちたいので、剣聖に縁のある方をご紹介頂けないかと思って。交流がありましたファルキーさんは亡くなられたそうですし……」
「そうですね。残念ですが三年前の魔王戦で……」
キリルさんはじっとギデオンを見つめて、聞いた。
「鍛えなくても十分強そうだが?」
「駄目なの。お綺麗な剣筋を壊して欲しいのよ」
「……そういうことか」
「王都の騎士は、冒険者と違って、モンスターとの戦いの経験はとても少ないのよ」
「理解した。そういうことなら、ファルキーの弟子であった俺が引き受けよう」
「お弟子さん?」
「そうだ」
リリーの記憶の思い出す。剣聖ファルキーの横に、小さな体の弟子たちがたくさんいた気がする。あの中の一人だったのだろう。
「ぜひお願いしたいわ。いいわよね?ギデオン」
「もちろんだ。宜しくお願いしたい。キリルギルド長」
「キリルでいいぜ。面白そうだもんな!」
これで一安心だ。剣技を極める猛者たちの集まるこの町で揉まれればまた一回り大きくなれるだろう。
「それともう一つ……お願いがありますの」
「なんだ?」
「火の国の誘拐事件について調べたいのですけど、どこで調べたらいいかしら」
「そりゃまた、なんでだ?理由によるかな。あれは、あまり口外しにくいものだから」
「ええ、ええ、分かります。私もあの時は……あ、違って。この三人は、その時の誘拐された子供たちだったんです」
「……マジか?名前と当時の年齢特徴を教えてくれ。照会する。当人であることが確認出来たなら情報開示しよう」
「……ええ、分かりましたわ」
三人にそれぞれ紙に必要事項を書いてもらう。するとそれをキリルさんは事務の人に渡して調べてもらっている。すぐに戻って来て、「確かに特徴が一致しているようだが」と三人を見つめながら言った。
「一体……なんでまた、戻ってきたんだ?わざわざ調べに来たのか?」
「いえ、魔王討伐の途中なだけなのですけど、私の記憶の中では、誘拐事件を起こした組織は壊滅されたけれど、最後までその真意が不明なままだったので」
「……一般的にはなぁ」
一般的?キリルさんは困ったように腕を組んだ。
「で、どうする?当人には、間違いなく辛い話になる。聞きたいのか?」
「みんなどうする?席外す?」
「同席する」
「聞きたいです」
「私も」
頷いてキリルさんに話を促した。
「ここは魔の山に近い、あらゆる冒険者が途中で通過する街であり、帰路にも通る。世界で一番魔王の情報が集まる街だ。分かるな?」
「分かりますが……魔王?」
今は誘拐事件の話をしていたのに。
「恐ろしいことだが、定期的に、魔王なんぞにわざわざ復活してもらいたいって人間が湧いてくるんだよ。まともなやつには到底理解出来ない思考の人間どもが、あとを絶たない」
「魔王を……わざわざ復活させる?」
「そうだ。人間の血肉を与えてな。魔王が好む人間をわざわざ世界中から集めて」
「……え?」
「魔王への生贄だったんだよ。あの誘拐事件は」
「生贄……?」
リリーが組織を壊滅させるのに協力したあの事件は、魔王を復活させるための生贄を集められていたというの……?
三人を見ると顔を青くさせてキリルさんを見つめている。
「もう長い間、再生を繰り返しながら竜王が魔王として君臨している。普通の人では分からないが、竜族の血を継ぐ竜人には、魔王の呪いのしるしの付いた者たちの匂いが分かるんだそうだ。呪いとは、竜王と戦った者たちにかけられた死の呪いのことだ。一度は死んでも、その魂を持つ者が生まれ変わってくると彼らは主張している。竜王を喜ばせるのに……もっともふさわしい生贄なのだと腐ったことを言っていた」
「やっぱり……」
フローラが震えながら言った。
「そうじゃないかと思った……みんなの呪いも解かないと」
「フローラ?」
「少しずつ、私たちの体にもきっと残ってる。おねえちゃんほどじゃないけど」
「……みんなも呪われてるの?」
レイルとギデオンと顔を見合わせる。そんなこと、誰も思っていなかった。呪いはリリーだけかと思っていたのに。
「魔王討伐に参加した俺はともかく、レイルとフローラは関係ないだろう?」
「違う……もっと、ずっと前……生まれる前」
私は夢を思い出す。リリーよりもっと前の記憶。この子たちにもそれぞれの他の人生があった?
「……どういうことだ?」
キリルさんが言う。フローラが魔王の呪いを時間を掛けて解いたことを言うと、口笛を鳴らした。
「マジかよ。長くここに住んでてもそんな話聞いたことなかったぜ」
キリルさんは話を聞きたがったけれど、事務の方に呼ばれてしまう。来客予定があるとのことで、次回に詳しく話す約束をして別れた。
冒険者ギルドを出るとほっと溜息を吐いた。
知らなかったことを聞けてしまった。18年の年月は思っていたよりずっと長かったのだ。
リリーが亡くなってから、この街も大きく変わっていたのだと実感する。昔より魔王のことが分かってきている。
宿屋に戻ると、フローラとレイルがそれぞれの体を確認していた。
「体力や能力値の減少は感じないです」
「ごくわずかな呪いが残ってる……気が付かなかった」
「それは……三人ともなんだな?」
「うん」
三人とも呪われているということは、死の呪いを受けたことがあるということだ。まさかそんなことがあると思わなかった。
フローラは気合を入れるように拳を作ってから、言った。
「呪い解くよ!」
夕食前には呪いを解き終わっていた。リリーの呪いとは違い、ごくわずかしか残っていなかったのだと言う。
「大丈夫?疲れていないの?」
「大丈夫ー」
フローラは嬉しそうに私に抱き着いて来た。
「おねえちゃん」
「うん?」
「おねえちゃんみたいに何か思い出せたらいいな」
「そうよね……」
私は思い出したら切なくなって泣いてしまったけれど……それでも、欠けていた何かが少し埋まって、心が温かくなって幸せに思えた気もする。
「……私も泣いてたら頭撫でてね」
「もちろんよ、フローラ」
寝てる私にずっと付いていてくれた優しいフローラ。私はこの子たちのためならなんだってするのだから。それでも出来るなら、傷付いたり悲しい思いはしてほしくないなと、祈るように思った。




