旅の途中
毎日毎日、眠くてしょうがなくて、乗合馬車での移動中私はずっと眠っていた。
「……具合が悪いのか?」
目を覚ます度に、ギデオンが声を掛けてくれた。大体私は意識のない間に彼の腕の中で抱えられていた。冷えすぎてる体を温めてくれているらしい。嫌なら言ってくれとも言ってたけど、特に嫌ではなかった。
「ううん、眠いの……」
「何かあったら言ってくださいね」
「おねえちゃん無理しないでね」
みんなが心配してくれていたけれど、本当にただ眠いだけなのだ。
体に疲労が溜まっているときみたいに、寝て回復するしかない、そんな感じで。具合が悪いわけじゃなくて、眠らせてくれればそれでいいのだ。
私は一日中眠っていて、知らない間にギデオンが抱えて移動してくれているようだった。時々みんなの会話が聞こえてくる。
「病気の気配は感じないのですけど」
「呪いもないよ」
「無理させていたのか?それとも別の……」
大丈夫なのに。眠らせてくれれば治るから。だから……そう考えていても、私はすぐに眠りに落ちてしまう――
ずっとずっと、夢を見ていた。
なんだか長い夢だ。
ライラ、そう呼ばれていた少女の時があった。茶色の髪に茶色の瞳。平凡な容姿。だけど魔法の才を見出されて魔法使いに弟子入りした。一人前になった頃、勇者がやってくるのだ。魔王退治に旅立たないかと誘われる。師匠は、独り立ちにちょうどいいと旅に出ることを勧めて来た。それで私は旅に出たのだ。
長い旅の間、勇者と賢者と、白魔法使いと私の四人で友情を深めていく。それはとても満たされた日々だった。そしてついに魔王を倒す……その瞬間……私は魔王の呪いを受けた。全身が黒色に染まっていくときに、絶望の表情を浮かべながら私に向けて手を伸ばす勇者の姿を見た。朦朧とする中で、彼の腕の中で死んだ気がする。記憶はそこまでだ。
果たして魔王を倒せたのかどうか、は次のリリーの夢から判明する。
伝説の勇者一行は確かに魔王を倒していた。魔法使いが一人、討伐の時に命を落としていると語り継がれていた。リリーは鼻歌を歌いながら、次は自分が倒すのだと、何度も魔王討伐に挑んだ。
今度は旅の仲間はいなかった。最初は何年も一人で向かい、回復や盾が居た方がいいだろうと思っていた頃、子供を拾った。彼らは鍛えればいい仲間になるだろうと思った。けれど子供たちが大人になる前に、国による魔王討伐隊に無理やり入れさせられて、倒せたけれど……討伐隊は全滅、リリーは瀕死になった。
そうしてリリーは力尽きかけていた時、子供を庇って死んでしまった。小さなギデオンが私に精一杯手を伸ばしてこようとしていた。
必死に私を呼ぶ声がこだまする。
「リリー!」「ライラ!」「リリー……」「ライラ……」
私はその声を聞くと、とても悲しくなってしまう。
切なくて、泣きたくて、だけどどうしてそんな気持ちになるのかも分からなくて。
だから、精一杯、泣かないでと、優しくしたくなるのだ。
「アンジェリカ?」
目を開けると、私の頬に手を宛てたギデオンが心配そうな表情で私を見下ろしていた。
「……?」
「大丈夫なのか?泣いているが」
「え?」
頬に手をやると指先が濡れる。私は寝ながら泣いていたらしい。きょろりと見回すと、ここは宿屋のベッドの上のようだった。いつの間にか運んで来てくれていたようだ。
ベッドの端に腰を下ろしたギデオンが困ったように私を見つめていた。あれだけ冷たいと思っていたアイスブルーの瞳は、今柔らかな優しさの色を込めて私に向けられていた。
「夢を見てたの……」
「夢?」
「いつかどこかで好きな人がいたの。だけどもう思い出せない。私にはそんな気持ちは分からないの……」
「……待て。何の話だ?」
「分からない。ただ悲しいの……」
涙が止まらなくてただ泣きつける私の頭をギデオンは撫で続けてくれた。段々と気持ちが落ち着いてきたころ、私は眠ってしまっていた。
そうして昏々と眠り続け、気が付くと火の国に入っていた。
いくつもの火山に囲まれた、気温の高い地方だ。採掘が盛んな国。山や岩に囲まれた国の中でも比較的緩やかな平地に、火の国の都市ヒューバーがある。
「アンジェリカ、ヒューバーに着いた。宿に行くぞ」
「ん……」
薄目を開けると、ガタイの良い筋肉質の男たちが溢れた街並みが見えた。暑い地方なので服装も薄着だ。肉体労働者の多い都市なのだ。だから、食事も冒険者好みのガツンと肉の大きな、漢の料理みたいなのが多い。
「岩塩ステーキが食べたい……」
「……起きたらな」
ふっと笑われたのを感じた。みんなで昔食べたじゃない。そんなことを夢見心地で思ったけれど違った。あれは夢の中の出来事なのだ。
背負われている背中からギデオンの頭を撫でたら、「なんだ?」と振り向かれた。
「撫でてあげたくなったの」
「……そうなのか?」
訝しむようにしながらも、ギデオンは、まぁいつものことかとでもいうように歩き出した。
私はただ優しくしたい気持ちでいっぱいで頭を撫で続けた。
そうして私は宿屋で数日眠り続けた。
フローラが宿屋に私と共に残ってくれて、その間ギデオンたちはこの都市の冒険者ギルドで依頼をこなしていたらしい。
ある朝、長い夢を見ていたような気持ちで目を醒ました。
朝日を浴びる体が気持ちがよくて、ほっと、心から息が吸えた気がした。
肉体の疲れが取れている。あまりにも長く眠っていたのに、頭痛も起こらないし不調もないみたい。
「呪いを解いたことと関係あるのかな……」
とにかく変な夢をずっと見ていた。あれは……過去の夢なんだろうか。自信がない。夢は夢でしかなくて。
「おねえちゃん起きた?」
となりのベッドで、のそりとフローラが体を起こした。目をこすり私を見つめた。
「あれ?元気そう?」
「そうね。なんだか、急に元気になってきたわ」
「……大丈夫?」
フローラは起き上がると私のベッドまでやってきて、隣に寝転んだ。
「どんな夢見てたの?」
「え?」
「ずっと、泣いたり笑ったり……してたよ。話しかけたら、夢見ているって言ってたよ」
「そう……」
長い長い夢を見た。ライラとリリーの夢。死んでしまったことよりも、残して来た人の痛みが伝わって来て悲しかった。
「呪いを解いたら過去の夢を見た……ってことあると思う?」
「あると思う」
「そ、そっか」
「どんな夢?聞かせて?」
「うん……」
そうして私はベッドに横たわりながら、フローラにかつての私の冒険譚を聞かせた。子供の頃みたいに。フローラは「無茶しやがって……」といつもみたいな突っ込みを入れながら聞いてくれた。
話していて楽しくて、気が付くと何時間も経っていた。フローラも話を遮らなかった。
気が付くと少し疲れて二人でそのまま寝てしまって、夕方ギデオンとレイルが扉をノックした音で起きた。
「フローラまで寝てたのか?」
「どうしたの?珍しいね」
「へへっ」
依頼をこなして来た二人は怪訝な顔で私たちを見つめた。ギデオンは私のベッドの脇に座ると、私の額に手を宛てた。
「……熱もないし、元気そうに見えるが」
「ええ、ええ。もう大丈夫よ。お腹が空いたわ。岩塩ステーキ食べに行きましょう!」
そう言うと呆れた顔をされた。
「まだ早くないです?胃がもたれますよ?」
レイルも心配してくれている。私は笑って答える。
「大丈夫よ!さぁ、お腹空いたでしょう?ご飯を食べに行きましょう。そして明日からは行きたいところがあるの。付き合ってくれる?」
「構いませんが」
「分かった」
「了解です」
私を抱き上げようとしたギデオンを断り、久しぶりに街を自分で歩いた。鼻歌を歌っていたら少し怯えられた。
暑い地方の、夜の空気に少しだけわくわくとしていた。
「みんなでご飯食べに行くの楽しいわね」
「……そうだな」
私が元気に歩いているせいだろうか、いつになくギデオンが楽しそうに歩いている。いや、いつもは私が重くてしんどいだけか。
「ずっとずっと夢見ていたの」
長い間忘れていたけれど。最後に約束したのだ。
――『魔王を倒したら、ステーキ食いに帰ろうぜ』
ああ言ったのは、もう記憶が薄れていく誰か。
「なにを?」
「岩塩ステーキ食べること」
「……そんなに食べたかったのか」
ギデオンは苦笑してから、言った。
「まぁ食べきれなかったら食べてやるから、好きなだけ食え」
「ありがとう……」
遠いあの日の感情はもう思い出せない。
アンジェリカの心には、もう熱い感情の火は灯らない。
だけど今夜、私の心はこんなにも嬉しくて楽しい。




