浮遊する想い。
苺狩りとは、何を着ていくのが正解なんだ?
佐藤にチケットを渡され、小田さんと苺狩りに行く事になり、着る服さえ選べずにソワソワしていたら……。
「寝坊したー‼」
ちゃんとアラームを掛けて寝たはずなのに、変な時間に寝たのが災いし、目が覚めたのが集合時間の30分前。
昨日決めた洋服には袖を通せたが、頭はボサボサのまま家を出る。
何をやっているんだ、俺は。
何年ぶりかにしゃかりきに走り、何とかギリで集合場所のバス停に到着。
「良かったー。岡本さん、来ないのかと思いました」
目の前には胸を撫で下した小田さん。
「来るよ‼ 楽しみにしてたから‼」
肩で呼吸をしながら乱れた息を整える。
「楽しみにしてたわりに、遅れるんですね」
小田さんが呆れた視線を浴びせる。
「楽しみにしてたら眠れなくなったの‼」
そんな小田さんの背中を押しながらバスに乗り込む。
「小学生か」
小田さんが「ふふふ」と笑った。
決められた席に腰を掛けると、
「しっかし、佐藤さんの嘘、下手くそすぎでしたね。でも、ビックリするほどの大根演技だったけど、みんなを黙らす上手い嘘を考え付いたものですよね。あんな風に言われたら、みんなも嘘だと気付いてたのに、突っ込み辛いですもんね。だいたい、美紗の嘘の浮気のでっち上げと、私が佐藤さんを慰めたの、順序が逆だし。それを指摘して突っ込んだら突っ込んだで、私が【弱ってた佐藤さんにつけ込んだくせに玉砕した恥ずかしい人】になってしまうから、誰もそんなこと出来ないし。みんな優しいから。なんか、みんなに気を遣わせちゃって申し訳ない」
小田さんがバスチケットの半券を眺めながら、自虐的に乾いた笑いを漏らした。
「みんな、小田さんのことが好きだから、誰もそんな風に思わないって。でも、あの佐藤の棒読みは酷かったよね。聞かされてる方がしんどかったわ。このチケットだって、『前々から計画してました』風に言ってたくせに、取ったの先週の土曜日だもんな。どうせ妹に頼んだんだろ」
バスチケットには購入日が印字されていたことに、おそらく小田さんも気付いていただろう。
「苺狩り、付き合わせてしまってすみません」
眉毛を八の字にして困った様に笑う小田さん。
「全然。だから、楽しみにしてたんだって‼ それに、苺狩りを計画したのは小田さんじゃなくて、佐藤たちだし」
そんな小田さんに顔を左右に振って否定する。
「岡本さん、苺好きですか?」
俺が本当にノリ気だったのか疑わしいのか、小田さんが根本的な質問を投げかけてきた。
「大好きってほどではないけど、普通に好きだよ」
「私も、本当はそこまで好きってわけでもないんですよ。前に、佐藤さんに『苺が好きです』って言っておけば可愛く見えるかなと思ってそう言ったことがあって……それを佐藤さんが覚えていてくれて、このチケットをくれたんだと思うんですけど。苺、好きは好きですけど、何が1番好きか? って聞かれたら、イカそうめんなんですよ」
バツが悪そうに笑う小田さん。
さっきからちゃんと笑えていない小田さんを、もっと笑顔にしたいと思った。
「じゃあ、今度はイカ釣り漁船に乗りに行こうよ‼」
「岡本さん、朝起きれないじゃないですか。今日だってギリだったし。イカ釣り漁船に乗るなら、今日以上に早起きしなきゃなんですよ?」
俺の誘いに白い目を向ける小田さん。
「寝なきゃいいでしょ‼」
「寝不足なんて、船酔いするでしょ。酔い止め持って行かなきゃですね」
だけど、小田さんは俺とイカを釣りに行ってくれるらしい。
小田さんをもっと楽しませたい。
今の俺はただそれだけ。
小田さんが佐藤を好きなままなのならば、それでいい。
佐藤には『お前、小田さんのことが好きなんだろ?』なんて言われたが、自分自身良く分かっていない。
ただ、小田さんが笑っていられればいいなと思うだけ。
今はこのままでいい。
この感情は、ふわふわなままで。
浮遊する想い。
おしまい。