3-13 セルアとお菓子とアルバイト
シラ王国最強の剣士と名高い男、セルア・レイズ。そんな彼には、この世界にやってきてから好きな食べ物ができた。それは「ザックリコーン チーズ味」というスナック菓子だった。
だが、この七王子市において、それは滅多に手に入らない。なぜなら、マイナーすぎるために仕入れ自体が少ないから。
都心に出れば比較的簡単に手に入るのだが、たかだか百数円のために、片道八〇〇円弱の電車賃を出すことはためらってしまう。
ネットで箱買いという手も思い浮かぶが、それをしてしまえば、きっと食べ過ぎてしまうだろう。これを彼は自覚している。己を律するためにも、それは論外としているのだ。
そんなこんなで、彼は一度だけ食べた絶品お菓子の味に思いを馳せながら、今日も生きていくのだった。
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「サユコさん、行ってきますね」
時刻は午前九時ちょうど、セルアが日課の二〇キロジョギングに出発する時間。これは、春晴家がある不動台を下り、橋を渡って、国道大通りを進みながら、七王子駅の真裏の七王子城まで五キロ走り、そこからまた同じ道を通って春晴家まで戻り、を二回繰り返すものだ。
セルアが七王子城公園に到着したのは、出発してから二五分後だった。
「この建物、コクリの城に似てるな」
七王子城の本丸を、セルアはベンチに腰掛けて、スポーツドリンクを飲みながら見上げた。
彼は五分ほど七王子城を見上げ続け、彼は帰路についた。
七王子城公園を出発してから二、三分ほど経つ頃、「たまには道を変えてみよう」と、入った細道で、コンビニほどの大きさの『商店』を見つけた。
────こんな所にお店があったのか……アレがあるか、探してみよう
店内は明るくて清潔で、ごくごく普通のコンビニのようだが、商品棚にはほとんど商品が置かれていなかった。雑誌コーナーも二ヶ月以上前に発行されたものしかない。アイスコーナーに至っては空っぽだ。
それらのことで春晴家近所のコンビニと比べて違和感を感じつつも、セルアはお菓子コーナーを見回していた。
「やっぱり無い……か」
この店に希望を託していたが、やはり置いていないのなら諦めるしかない。
だがその直後、棚の横で発見したのだ。段ボールの上に大量に積まれた「ザックリコーン チーズ味」を。
「あった……やっと見つけた……!」
────この際、何袋かまとめて買ってしまおう。
三袋、四袋と手に取ってレジへ軽快な足取りで向かう。
しかし、店員がいなかった。
「すみませーん」
店の奥、店の事務所があるであろう方へ向かって呼ぶ。すると、中から年老いた店主と思しき人物が顔を見せた。
「おお、お客さんか。珍しい」
「お願いします」
そう言ってセルアはお菓子をレジに置く。
「こんなに買ってくれるとは。またまた珍しい」
「お客さん、あまりいらっしゃらないんですか?」
「────そ・・・」
その時だ。店の入り口の方向から、「おい」という低い声が聞こえた。
声の方へ、二人して目線を向けるとそこには、サングラスとマスクで顔を隠した、全身真っ黒の強盗の男がいた。
強盗の男は、ナイフを向けながらレジへボストンバッグを置いた。
「有り金全部詰めろ」
「は、はい……!」
店主は、言われるがまま金を詰め始めた。
だが、そんなことは、騎士であるセルア・レイズが許さなかった。
「おい」
その怒気を込めた一声で、強盗が振り返ったところをチョークスリーパーで締め上げる。そこから後ろへ勢いよく放り投げた。
「────っ、てめぇ!」
ナイフを持ち直して、強盗は再び立ち上がる。だが、それも束の間。強盗はセルアの回転蹴りで、再び床に倒れることとなった。
「……よし。これで一安心です。警察に連絡を……どうか、されましたか?」
セルアの目線の先にあったのは、強盗から店を守ることができたにもかかわらず、どこかしょんぼりしている店主の顔だった。
「……ああ。いや。何でもない」
「僕で良ければ、お話聞きましょうか?」
「すまないねぇ。……お言葉に甘えて、聞いていただくとしましょう」
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強盗を店の外に放り出し、シャッターを閉めた店内で、歳の差およそ五~六〇年の二人だけの時間が流れ始めた。
「実は……この店、もうすぐ畳もうと思ってたんだ」
「えっ」
「そんなところに強盗が来た。幸運にも来てくれたんだ。いっそのこと全部奪って欲しかった」
「なんでそんなことを……」
「弟が必死に切り盛りしてきたこの店だ、中々手離せなくてな。きっと、口実が欲しかったんだろう。昨今の物価高で売り上げも落ちて、愛想尽かされた息子夫婦には縁を切られて……散々だよ」
「────だったら……僕をここで働かせてください! 給与は要りません。ですから僕に、あなたが幸せになるためのお手伝いをさせてください!」
自己の破滅を強く望んでしまう者は、心に深い傷を負っていることを、セルアはよく知っていた。
それにセルアは、客足の少ない店を盛り上げるための業を持っている。それは、彼の幼い頃に遡る・・・
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セルア・レイズは戦争孤児である。
シラ王国で生まれ、転勤族の父に家族ごと帯同して、『ハエノキスク』という、今はなき小国にいた頃のことだ。内戦で家を焼かれ、齢五歳で独り身となった。
その後、シラ王国に保護され帰国。孤児院で半年ほど過ごしたある時、一人の男が養子にとりに来た。
男の名は「ミナト・アサダ」。首都キュージの外れで喫茶店を営んでいるとのこと。
そこでのことだ。客足はほとんどなく、あわや閉店と言う状況を覆したのは、まだ幼いセルアだった。
チラシを手書きして配ったり、張ったり。大通りで大声で宣伝したり。コーヒーの試飲会を開いてみたりと、試行錯誤した。
その行動が実を結び、店には少しづつ人が訪れるようになった。
だが、まだ赤字である。
幼い頭でやれることは全てやりきった。そんなセルアが頭を悩ませていたある日のことだ。騎士団の隊長格の人物がやってきた。
そして、コーヒーを飲み、サンドイッチ(もっとも、ファンタジーワールド世界では別の呼び名があるらしい)を食した彼は「美味」とだけ呟き、店を後にした。
それから数日経った頃、店は騎士団メンバーや、王国政府関係者で賑わうようになった。
話を聞くに、店を訪れた隊長格の男の口コミによるものとのこと。
そして、店の賑わいを見て一般の客も多くはいるようになり、店は繁盛したとさ。
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この経験やノウハウがあるからこそ、セルアは「働かせてくれ」と言えたのだ。
「……分かった。君の熱意、伝わったよ。じゃあ明日から頼むよ。今日中に準備をしておく」
「ありがとうございます!」
これにてこの日は解散となった。
ちなみに、先ほどの強盗は、ちゃんも警察へと突き出された。
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翌日。
「今日からよろしくお願いします!」
コンビニの制服『っぽい』服に着替えたセルアは、力のこもった挨拶をした。
「羽柴誠也くんか。良い名前だな。おっと、儂も名乗らねばな。儂は秦辺という者だ……さて、何をしてもらおうかね」
「呼び込みでもなんでもやります!」
「ほっほっ。えーとじゃあ、床の掃除を、あそこにあるモップでやってもらおう」
「承知しました!」
怒涛の勢いで、セルアは店内の床をモップで二周、三周……十周もした。その間僅か五〇秒。
「うむ。チリ一つないわい」
「ありがとうございます!」
「だがまだ終わりではない。モップだけではとりきれない、細かい汚れもたくさんあるからな」
「分かりました。雑巾がけをしますね!」
「助かるよ」
今度は雑巾を手に、またもや鬼のような勢いで店内をざっと拭き。続いて、汚れのあった要所要所を擦って周る。
セルアの掃除は床にとどまらず、棚、壁、窓、果てはトイレまで、店内の全てを清掃した。
文字通りピカピカになった店内。時刻はいつの間にか正午を回っていた。
「お疲れさん」
レジの奥に設けられた休憩所で休むセルアの前に、秦辺は弁当を差し出した。
「あぁ。ありがとうございます」
「さて、午後からは何をしてもらおうかのう」
「それなら、僕に一つ案が。からあげとかポテトとかを温めておいてください。なるべく多く」
セルアは知っていた。夏休み期間中の毎週火曜午後三時になると、腹を空かせた七西中のサッカー部員たちが、一斉に下校することを。
ちなみにこの情報は、先週、日課の二〇キロマラソンの時間をたまたま大幅にずらしたことにより、たまたま手に入れることのできた情報である。
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さあ、呼び込みの時間だ。『ホットスナック、あります』と書かれたのぼりを片手にしたセルアは、商店のある細道と大きな通りが交差するポイントに立った。
腹ペコ七西中生たちは自転車にまたがって、すぐにやってきた。
すかさず声を張って呼び込みだ。
「いらっしゃいませー。美味しいもの揃ってますよ~。からあげ、ポテト、温まってますよ~」
それを聞いた、先頭を走っていた男子生徒が自転車を止めて、後ろに声をかける。
「なあ、食ってこうぜ」
返って来た返事は「いいねー」「賛成」と、肯定的なものだった。
その言葉を耳に入れたセルアは、「お店はこっちです」と、小道に案内する。
「秦辺さん、ちゃんと連れてきましたよ」
「こんなところにこんな店あったのか」
「からあげ美味そ~。揚げたてっすか?」
「棚ガラッガラじゃん」
セルアに案内されるまま入店した腹ペコたちは、思い思いに店内を歩き回る。
しかし、この商店には商品がほとんどない。ジュースや水ですら最低限の量しか用意がない。
なので、腹ペコたちは自然と、ホットスナックを買うために列を成していた。
するとその時。
「ねーフユちゃん。ここにこんなお店あったっけ?」
「ほんとだ。なんか、うちのサッカー部たちで賑わってるし」
冬雪チハヤと忽那カエデ、遊び帰りのご来店。
「せっかくだし~、お菓子買お」
「ナイスアイデア」
二人は店内にある数少ないチョコ菓子を手に取り、サッカー部員たちの後ろに律儀に並んだ。
そして、次は二人の会計の番だ。
「え待って。この人すっごいあたしの好みなんだけど。写真いいですか?」
「構いませんよ」
カウンター越しに、セルアとチハヤはツーショットを撮った。
「わ~。ありがとーございました。インスタとかってやってます?」
「いんすた……って何ですか?」
「あっ、やってないんですね。じゃあ、あなたのこと、TikTokに上げてもいいですか? あたし、フォロワー一万人いるインフルエンサーなんで」
チハヤはドヤ顔でそう言ってみせた。そして後に付け足す。
「あ、もちろん名前とかは隠しますよ。けど、このイケメンが世界に知れ渡らないのは勿体ないですって!」
「まぁ……大丈夫ですよ」
「あざっす!」
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また翌日。
「ねえ、ここじゃない? 『イケメン店員』がいる秦辺商店」
女性三人組が、開店してすぐに訪ねてきた。
「いらっしゃいませ」
「あの、TikTokで見ました! やっぱりイケメン……」
「は、はあ」
彼は何が起こったのやら一つも分からなかったが、イケメンと呼ばれることに不快感は無かった。
「写真いいですか?」
「私は握手……!」
「サインください」
まるでアイドルを前にしたかのような声のかけられた方に、セルアは淡々と対応する。
「先にお買い物していただけると、嬉しいです」
「はい! してきます!」
それからも、大体五分おきに新たな客が、『秦辺商店のイケメン店員』を求めて、この商品もほぼ置いていない商店に来店してきたのだ。
昼前頃にもなると、来客もピークに達し、店内は特売中のスーパー顔負けの人口密度となった。
「列、まっすぐ並んでくださーい。店内、止まらないでくださーい」
その時、慌ただしい現場に、店主の秦辺がやってきた。
「これは一体、何が起こったんだ?」
「さあ。────もしかして」
「何か思い当たりがあるのか?」
「昨日、女の子に写真を頼まれたんです。二人の。その時に、てぃっくとっく? にあげるとかなんとか言っていたので、それでしょうか……」
────口コミが昨日の今日でこれ、というわけは無いしな。
セルアは知っていた。『てぃっくとっく』はカナタも『みるせん』やっており、それが社会に多かれ少なかれ『バズ』として影響を与えることを。
「何はともあれ、繁盛して良かったわい。皆さん、また来てくださいねー!」
秦辺の呼び掛けに返ってきたのは、「はーい!」の揃った声だった。
「さて、儂は商品の追加発注をしてくるとしようかの」
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またまた翌日。
「おっ、チハヤストーリー更新してる。……万バズ……? 七王子一のイケメン店員……? 羽柴誠也ぁ!?」
「どうしたんだい? 急に僕の偽名を叫んで」
この日、商店は定休日だったので、セルアは家にいた。
その時、リビングに誠が滑り込んできて……
「カナタくんにセルアさん! 一体これはどういうことだ!?」
彼のスマホにも、チハヤが投稿したと見られる動画が映っていた。
「知ら~ん!」
「────? 僕、何かやっちゃいました?」
その後、チハヤが上げた動画はJNIAによって削除され、当の彼女もこっぴどくお叱りを受けた。しかしその頃には、秦辺商店のイケメン店員伝説は日本中に知れ渡っていたのでした。




