3-5 シャークチェイス
カナタ、セルア、マコト、タイチの四人を乗せた黒のミニバンは、現在神奈川県道七五号線を南に向かって爆走している。
「法定速度とか、道交法とかのことはJNIAの方で後処理はしますから、気にせずに追いかけてください」
「言われなくともそうするつもりだわ!」
「加賀美、今どこに反応が出てる?」
『相変わらず南へ向かって移動しています。もうあと数一〇〇メートル程で桃源台港です』
「オーケー」
タイチは再びアクセルを踏み込む。
「なぁ、カナタ」
セルアは前の助手席に座っていたカナタに声をかける。
「ん? どした?」
「さっきラーシャに向かって声を荒げたことなんだけれど、」
「それなら大丈夫。なんやかんやで事情は知ってるから」
────アニメと原作で見た~
カナタは、彼の過去に関する描写を記憶の中から手繰り寄せる。
『仲間なんて必要ない』それが初期セルアの口癖だった。
セルアは、確か一五歳くらいの頃に当時の冒険仲間を魔王軍の幹部「アラベスク・シュー」に殺されている。それ以降、トラウマと『これ以上大事な人を殺されたくない』という気持ちから、心を閉ざして他人にも自分にも冷たく、厳しく接するようになった。その後、ストイックさを極め、強さによる確かな信頼を得た反面、多くの人を遠ざけてしまった。いや、セルア自身がわざと遠ざけたのだ。
だが、マキナたちと出会って、仲間の仇も取って、以前の優しい性格に戻った。
ちなみに、ここまでがファンタジーワールドアニメ第一期で描かれた事である。あくまでも、マキナたちと出会ってからの現代の冒険がメインストーリーなので、そこはご注意願いたい。
────ああなっちゃうのも無理はないのかな。いくら克服したとはいえ、トラウマはいつまた訪れるか分からない…… こんな名言、どこぞの映画にもあったような。
「それに、ああやって言ったのもラーシャを、仲間を守りたかった気持ちからだよね」
「うん……それは分かってる。けれど、咄嗟に出た言葉が人をまた傷つけてしまうかもしれないってことは、僕自身とても怖くて。今回は仲間内だったから良かったけれど、これが赤の他人だったら、きっと、とても嫌な気持ちにしてしまうだろう」
────なんで僕はあんなことを、無意識下とはいえ、トラウマとはいえ、言ってしまうのだろうか。
「それならよ、そのことについても、また時間をかけて治していけばいいじゃないか。トラウマっちゅーもんは一、二年やそこらじゃ回復しきんない、最悪一生付きまとうもんだと俺は思ってるし、実際俺の大叔母がそうだった。けど、向き合って、共生していくことは可能なんじゃねえか? 幸いにも、今の『王国最強の騎士様』には、春晴家とJNIAのお二方と、何より最高の仲間たちがいる。不可能じゃないだろ」
「……ありがとうございます。そう言っていただけて」
「ま! 弱ささらけ出してからが『人間』ってもんよ。励みにはなったか?」
「おかげさまで」
その時、マコトが前を指差して叫ぶ。
「いました! あそこ!」
「マジじゃん、背びれがものすごい速さで道路を進んでる!」
「加賀美。観測を続けて、逐一報告してくれ」
『承知しました!』
────固有魔術で奴自身の周囲だけを液体にして、その中を泳いでいるのか……?
シャークの移動方法を目にしたセルアはそう分析した。
車はさらに速度を上げ、シャークを追う。
それに気付いたシャークもさらに速く泳ぐ。途中、妨害として道路を液体に変えられたが、タイチのギリギリの運転技術で、なんとか避けることができた。
「────っぶね~」
緩やかな下り坂、シャークは『芦ノ湖スカイライン 箱根湖畔ゴルフコース 芦ノ湖キャンプ村』と書かれた看板が置かれた曲がり角を右折。それを追って車もスピードを緩めることなく右折。
道の両サイドから木々が生い茂る道を走る。
「あいつ、どこへ向けて逃げてんだ? しかもご丁寧に、俺らに見つかってから道路しか通らねえ」
「それな。なんか違和感」
そこからも妨害を受けつつ走り、キャンプ村の目の前の道路を通り過ぎ、一直線の道に差し掛かったところで、マコトはガンケースを開ける。
「釘原さん、それは一体…?」
セルアは、今までで一度も見たことがないそれを指さして問う。
「スナイパーライフル。異世界から来たんだし、見たことないのも当然か。君たちでいうところの遠距離攻撃魔法的なやつだ」
窓を開け、大きく身を乗り出してライフルを構えながら答えた。
「現実世界でずっと生きてる俺も見たことないけど!」
しかしながら、非常に不安定な体勢である上に車が揺れるため、照準を合わせるのは困難を極めていた。それに、車の真正面を泳いでいるシャークとの位置、角度の問題のこともあり、上手く狙えない。
────クソッ、無理か……
そう考えたマコトは、車内に引っ込んだ。
その頃にはシャークは直線の道を過ぎ、直進したところにあった芦ノ湖スカイラインにつながる道を泳いでいた。
「スカイラインに乗るつもりか!? 営業時間外だぞ今!」
「気にするとこそこ?」
「やはり、誘っているのか?」
ラーシャの片腕がかかっている以上、そう簡単に追跡をやめるわけにはいかない。料金所の
バーを破壊してでも、シャークを追いかけ続ける。
「これもJNIAで後処理しといてくださいね!」
「ええしますけどほどほどにお願いしますよ!?」
**********
それなりの道幅があるにはあるとはいえ、夜の、しかも山中のうねった道であるにも関わらずスピードが緩まることを知らない車内。
スカイラインは夜間は閉じられているので、当然ながら電灯は無く、頼れる光はヘッドライトのみ、という状況。
「あの野郎、ウロコでハイビームの光反射しやがって。まぶしいだろうが……」
タイチがそう愚痴をこぼす傍ら、カナタはスマホの地図アプリでこの先の道のことを調べていた。
「あったよ、真っ直ぐな道。ここから大体五キロ先、杓子峠を越えたあたり」
スマホの画面を後部座席のマコトに見せる。
「多少のうねりはあるが、ここなら十分だ。五キロ先となると……この車の速度的に大体三分後か。準備時間もある。ナイスッ! カナタ君!」
マコトが再びシートベルトを外し、車内に警告音が響いたが、誰も気には留めない。
そして彼の腰には、新たなベルトが装備され始めていた。
そのベルトの右端についているマジックテープをはがし、進行方向から見て右側のドア横についている手すりに巻き付ける。
────こいつは強力だからな、大丈夫なはずだ。長さはこのくらいか?
続いてそのまま右側のドアを開き、「ほ、よっ」といった具合で車の上にのぼり、うつぶせの体勢を一旦とる。そうそう、向かい風から目を守るためのゴーグルを、忘れずにつけなければならない。
外からマコトが左側のドアの窓をノック。その合図を確認したセルアはドアを開き、マコトから受け取った左端のマジックテープを同じように手すりに巻き付け、マコトにスナイパーライフルを手渡す。
がっちりと車の上に固定されたうつぶせの状態のマコトは、ライフルをスタンドに乗せ、スコープをサーマルモードに変更、同時にレーザーポインターも起動した。
「カナタ君、予定の場所に近づいたら知らせてくれ!」
開かれた助手席の窓に声を向ける。
「分かった!」
カナタは地図アプリのGPSをオンにする。山中であるためか少しラグがある。
「それと、タイチさん。私がライフルで狙いやすいように……ざっと七、八メートル奴との距離を保っておいてください!」
「お安い御用だ!」
タイチは軽くブレーキを踏み、言われた通りに距離をあける。
そして約二分、うねる峠道を全速力で走り続け……
「そろそろだよ釘原さん!」
カナタが声を張り上げて知らせる。
「オーケー」
マコトはスコープを覗いて、下前方を必死に泳ぐシャークに照準を合わせる。
車は左に大きく曲がる。あまりのカーブにタイヤを少々滑らせ、車体後方がガードレールギリギリのところまで行ったため、社内の面々は一瞬死を覚悟したことだろう。
だが、マコトはそれにすら動じていなかった。彼の右頬には冷たくも生温い風が吹き付ける。
────杓子峠のポイントを越えたな。そろそろ……
タイチは、今度は右にハンドルを切る。ついに例の直線の道に到達した。
────ここだ。
シャークに向けた照準を調整。レーザーポインターで背びれとボディの境目辺りをロックオン。
トリガーに指を掛けた次の瞬間、シャークは水面から飛び上がり、体を横にクルッと半回転させてこちらを向く。それと同時にガードレールや木、地面のアスファルトの一部を『液状化』で一纏めにした巨大な球を、シャークは自身の頭上に、一瞬にして作り出した。
「ツブレロ」
そう口が動いたように、カナタには見えた。
「嘘だろッ」
銃身を動かし、飛び上がったシャークの頭に狙いを定めなおし、録な確認もしないままトリガーを引いた。
それは見事に、シャークの右目を撃ち抜いた。
「ウギャッ」
そんな情けない声を上げて、シャークは地面の中へと沈んでいった。
────やった。
そう全員が思った。事実、頭上の巨大な球は消え、シャークは着弾点から血を吹き出しながら落ちていったのだから。
それを確認したタイチはブレーキを踏んで車を止めるが、その瞬間にガタンと前輪が沈みこんだ。
「なんだ?!」
「ねぇ、これどんどん沈んでいってるよね……」
まるで底無し沼にはまってしまったかのように、車は斜めになりながら徐々に沈んでいく。
「まずい。逃げましょう!」
セルアはシートベルトを外し、足の裏に魔力をこめ、そのままスライドドアを蹴り壊して脱出する。
「うん。あ、前のドア開かない。セルア後ろ開けておいて……って壊したんかい!」
流れるようにカナタとタイチも脱出すると、車はずるずると地面の中へ引き込まれていき、ついには少しの飛沫を立てて、跡形もなく消え去った。
「俺の……新車が……」
あまりのショックにタイチはその場で膝から崩れ落ちた。
「心中、お察しします」
その声の元には、いつの間にやらベルトを外して脱出していたマコトがいた。
────『車が犠牲になっただけで良かった』は言わないでおこう。今はそっとしといてあげよう。
そう思った矢先、カナタは肝心なことを思い出す。
「ラーシャの腕は!? どうなった!?」
「まだ奴の腹の中、っぽいな……」
「マジかぁ……逃げられちゃったしなぁ。ワンチャン地面の中で死んでたりしないかな? ニコーラー、地面の中ってスキャンできる?」
『ええ。ジメンのナカにカギらず三六〇ド、一〇〇めぇとるのハンイまでなら……それっぽいハンノウはナニもありませんね』
「そっか、ありがと。セルアは? 魔力探知で何か見つかった?」
「今やってる……ダメだ、魔力を殺しているな。この様子だと釘原さんのところも無理だろうな」
「万事休す、ってワケだな。……それでなんだけど、俺らどうやって帰るよ」
タイチの言葉に全員がハッとする。
「JNIAのヘリを呼びます。ちょうど超常現象対策課のメンバーが、御殿場からこちらへ向かっているとのことなので、ついでに寄ってもらいましょう」
カーチェイスに参加した一行は、そこから約五〇〇メートルほど先にあるレストハウスまで移動し、迎えのヘリコプターを待つことにした。
「あ、因みになんですけど、車代って出ますか? JNIAから」
「……出しますよ。協力金も合わせて」




