【17】悪意の真実
――――辺りは行き交う官吏ばかりだ。私たちはその中の一室へと招かれる。
「ようこそ、宮廷へ」
春宮がふんわりと微笑む。
「しっかし……牡丹まで一緒にとはどう言うことだ?暁」
棕櫚がこめかみを掻く。
そうだよね。私も棕櫚と白鬼さんについてここに来ることになろうとは。
「実はね、暮無の当主夫人の件だ」
ビクン、と身体が震える。
いずれは避けて通れぬものだと思っていた。
「彼女は長男を喪い、夫と離縁し実家に戻った。彼女自身も異能使い。実家としては異能使いならば歓迎できると受け入れた」
「……その後どうなったのでしょうか」
「鈴蘭が帝の不興を買ったことで、その養母である彼女を家に置いておくことには消極的だ」
下手したら水守のように巻き添えを食いかねない。
「しかしながら彼女は心神喪失もしているようでね……。こちらも暮無のことを取り調べたいが進展がない。そこで牡丹ちゃんから何か起爆剤になるものを得られないかと思ってね」
それで私も呼ばれたのか。ふぅ、ゆっくりと息を吐く。私はもう、恐くない。脅えない。
母親に愛されないことも、望まれていないことも。
今は愛してくれる人も望んでくれる人もいるから。
スッと息を吸う。
「私はあのひとに嫌われていました。私の異能が大したことがなかったから、役立たずだと。お兄ちゃんはそうでもなかったのでましでしたが……私への風当たりはひときわ強かったんです」
その言葉が震えることはもうない。
「役立たずねえ……そんなんだからお前の兄は隠したってのに。本物の牡丹も知らないなんてかわいそうなやつだな」
棕櫚がぽふっと頭に手を乗せてくれる。
「……っ」
棕櫚はいつも味方でいてくれて、こんな風に励ましてくれるのだ。だから私も前に進める。強くあれる。
「あの、できれば直接会えますか?」
まっすぐに春宮を見る。天上人と目を合わせるなど不敬とならったが、今はどうしてかそうしないといけない気がしたのだ。
「いいのかい?お世辞にも直接会って話せるような関係性には聞こえなかったけど」
だからこそか、春宮も隠すことなく応えてくれる。
「それでも確かめたいことがあります。棕櫚と白鬼さんにもついてきてもらいたいです」
あの人が二度と、私の母親ではなくとも。
ぐっと胸元で拳を握る。
「ああ、もちろんだ」
春宮がうむと頷く。
「同行しよう」
棕櫚も手を引いてくれる。
大丈夫、大丈夫。
深呼吸をする。
ここには私の味方がちゃんといるから。
お兄ちゃんとふたりぼっちじゃない。今なら私もお兄ちゃんを守れるから。
私は、脅えない。
扉が開く直前、再び深呼吸をする。
私は……母親、いや違う。彼女と邂逅した。知っている姿からしてもずいぶんとやつれているようだ。
「お久しぶりです」
私が声をかければ、彼女はぐわりと顔をあげた途端私の顔を見て目を見開く。そんな底力、まだ残っていたのね。
「牡丹……何で、何で生きてるのよ!」
そっか……宴の場では顔を合わせていないから。
「あんたは異能殺しの生贄になったって……」
そこまでは知っているのか。
宴の時にはもうこの人は離縁し実家に帰っていた。しかしそんな彼女をわざわざ宴に連れてくるほど彼女の実家は愚かじゃなかったのだろう。そして何も知らされず、いや知らされていても聞いていたとは思えない。
「あなたは異能殺しに殺されたはず!そして……私の璃寒が蘇る。蘇らなかったのはそう……あんたが生きているからよ!牡丹……あなたのせいよ!」
「……」
私のせいにするのはこちらもか。そもそも死者蘇生だなんて普通の人間に出来るものか。
「あなたのせいで璃寒は死んだのよ!」
それはある意味正しい。お兄ちゃんは私を守るために死んだのだ。けれど私はお兄ちゃんのためにも生きると決めた。
「あなたが代わりに死ねば良かったのよ!」
「おい……っ!」
たまらず白鬼さんが声をあらげる。
「ひぃ……っ、鬼っ」
あれだけ弱者を虐げておいて鬼は恐いのか。そうか、白鬼さんを鬼としてしか見ないのか。
「あなたはそんなに、璃寒が好きだったの?」
「当たり前じゃない!璃寒……璃寒!私の璃寒……それなのにあの子は私よりも、お前なんかを選んだ!」
それが私を嫌っていた真実か。
「ふざけんなよ、お前」
その時棕櫚が私の前に立つ。
「何なのよ、あんたは!」
彼女が牙を剥く。
「誰……?牡丹の夫だ」
棕櫚は悠然と胸を張る。
「は……?そんなはずない。こんな役立たず……私から璃寒を奪った牡丹が、夫を……?」
彼女がわなわなと震え始める。
「そうだ。すまんが牡丹は俺の妻として幸せにするつもりだ。あんたがいくら悪意を積み上げようが、手は出させない」
棕櫚の手が私の手を優しく包む。
「何よ……幸せって……私は政略結婚で好きでもない男に嫁いだ!」
私もある意味最初は政略結婚のための婚約。2度目は策略による結婚だったが。
「その上子どもは全員異能もまともに受け継がない役立たず!」
この女はその真実さえ知らずに……いや、見てもいなかったのだろうか。
何せ好きでもない、簡単に捨てる男との子どもだ。長男さえ産めばお役御免。女の私は政略結婚の道具として使えはすれど余計な存在だったのだろう。
「なのに牡丹が私よりも幸せになるなんておかしいでしょう!!」
何十年と積み重なった……いや、彼女が生きてきた年数が積み重なる。
その言葉にぐっと足に力を込める。
しかしその時。
「子どものせいにすんじゃねえよ。そもそもあんたがそんなんだから牡丹の兄は……」
棕櫚は物怖じせず言い放つ。
「うるさいうるさいうるさい!私の璃寒を返してよ!!」
その瞬間、彼女の手から異能があふれでる。あれは……雷。
「牡丹、結界だ」
「……うん!」
結界を展開し、吸収。反射する。
「キャアァァッ!!!」
彼女は己の雷撃を受け悲鳴をあげる。しかしさすがは雷の異能を持つ女性。簡単には倒れない。水守は水使いなのに溺れるが彼女たちは感電しないのか。
「そんな……役立たずの牡丹が私の雷を防いだ?あり得ない……役立たず役立たず役立たず!」
彼女は髪を掻き乱す。そんなにも認めたくないのか。
「ひとつ教えてやろうか」
白鬼さんの鬼火が彼女を取り囲む。
「ひっ」
彼女の肩がビクンと震える。
「……牡丹の兄は、牡丹を苦しめその雷の異能で脅してきた……そんなお前を決して許さないだろう。地獄の鬼と成り果ててでも……な」
白鬼さんの周囲に鬼の力が満ちる。
「そんなこと……私の璃寒はそんなことっ」
彼女は目を逸らし崩れ落ちる。
「あなたは本当のお兄ちゃんを知らないんだよ」
いつも理想のお兄ちゃんを求め続けた。だから本当のお兄ちゃんが分からない。
見ようともしない。私の異能をその目で見てもなお自分の都合の悪いことは見ないことにする。
「黙りなさい!私の言うことが聞けないの!?」
彼女が再び電撃を放つ。また跳ね返しても同じ結果になる!どうすればいい?
――――判断が遅れた。
白い光だ。
「あっはははっ」
彼女が笑う。
「……どうして」
周りにはふたり以外誰もいない。
「ぼたぁん……あんたは……私の言うことを聞くのよ」
ふらふらとこちらに歩いてくる彼女は、目だけはギラギラと光る。
「お前を地獄に落としたら……私の璃寒が還って来るぅ……」
周囲に生じるのは地獄の門。
「さぁ、行きなさい!」
彼女が目前に迫っている。彼女の手が私を突き飛ばす。
「きゃ……っ」
そんな……ここには棕櫚もいない!どうすれば……。
しかし次の瞬間、誰かが私を受け止める。
「り……かん」
彼女が涙を流す。
振り返ればそこにはお兄ちゃんの顔がある。
「璃寒……璃寒璃寒璃寒!私の璃寒!さぁこっちへいらっしゃい!牡丹なんて捨てて私の元に……」
彼女がふらふらの手を伸ばせば、お兄ちゃんの顔でニヤリと口角を上げる。
「ひ……っ」
彼女の足がピタリと止まる。
「だ……誰、私の璃寒じゃない!そんなの私の璃寒じゃ……」
「ようやっと気が付いた?誰が本当の璃寒かも気が付かない愚鈍が。だが俺もそんな親切じゃぁない」
彼はケラケラとお兄ちゃんのしない笑みを見せる。
「お前に璃寒は返してやらないよ」
バン、と門が閉まる音がした。
気が付けばそれは地獄門ではなく七欲門だ。
「七欲さん、あの人は私を地獄に落としてお兄ちゃんを生き返させようとしたの?」
「それがこの女の欲だよ」
七欲さんが笑う。
「でも、どうして断ったの?」
彼は問答無用で門を開き持っていくものだと思っていた。
「俺はね、お気に入りには優しいんだ」
お兄ちゃんが見せることのないおどけたような笑み。
次の瞬間、貼り付いていたお兄ちゃんの顔が剥がれ、七欲さんの姿が変わる。
鬼角の生えた三面六臂。黒髪黒目、角も衣も黒く、肌は紫。その顔立ちは……どこか棕櫚に似ているような?
「ひぃ、化け物ぉっ」
一方で彼女が尻もちをついて後ずさる。
「ひひ、きっひひひ。その表情、最高だぁ」
それは人間を救うものとはまるで違う。地獄の鬼のような嗜虐の笑みだ。
彼は相手の望むの姿を取りつつも門に招いた最後はその姿を見せていたのだろうか。
「ひひひ、ひひひ。お前にはやらない、その願いは聞いてやらない。つまらないから」
七欲さんはニタニタと笑う。
「ひひ、ひひひ。牡丹の中から出ていきな」
そっか……ここは私の精神。
この人はそうやっていつも私の心を縛ってきた。
「出ていって」
私は力強く彼女の前に立つ。
「な、何なのよ!私はあなたの母親……」
「違う」
「……は?」
「私にお母さまはいない。いるのは棕櫚と柘榴さんと、青霧の大切なひとたち。お兄ちゃん、それから……」
三面六臂の鬼を振り返る。
「七欲さんも」
その言葉に三面の鬼がキョトンと目を丸くする。
「だから、ばいばい」
そう、最後に彼女に告げる。
「これが私の力だ」
溢れ出す結界の力が彼女を押し出し、反射する。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
この空間にもう彼女はいない。入って来ることはない。
本当に、さようなら。
遂に私は母親も父親も失ってしまった。
いや、彼女らは両親になってくれることはなかった。だけど今の私には棕櫚が、青霧家のみんながいるから。
だけど……。
「七欲さん」
「……何だい?」
にかりと三面が笑う。
「どうして私の精神に?」
あの時の夢の中以外は多分、この門は私の精神にあった。
「きっひひひ。心には鬼が潜むものだよ」
「鬼……」
それは聞いたことがある気がするが。
「ありがとう」
「……」
三面の鬼は再び目を見開く。
「あなたが私の心の鬼なら、鬼に金棒です」
私の心の中にはお兄ちゃんが生き続けていた。だがお兄ちゃんは直ぐ側にいた。この鬼が後門の鬼でなければ私はきっとお兄ちゃんを……。
「その扉は開いてあげない」
「だから……」
この門番は。
「優しいですね」
「……そのような反応は初めてだ。誰もがこの姿を恐れ、醜いと吐き捨てる。主以外は」
「醜くも恐くもないですよ、あなたは私を守ってくれる頼もしい鬼だから」
「……」
三面が優しく笑む。
「そろそろお戻り」
「……その」
「ひひひ。さっきからアイツが般若の顔をしてずっと呼んでいる」
「え……っ」
「きっひひひ。あくまでも俺だよ」
三面がニカリと笑む。
「だけど……」
「ひひひ。アイツに名を呼ばれるのは嬉しいものでね」
そのためにこの門番は棕櫚を怒らせて遊んでいるのだろうか。
「七門」
「……?」
一瞬目を見開く。それは……。
「あなたの、名前?」
「きひひ。心の鬼が必要になれば呼ぶといい。君なら特別に呼ばせてあげるよ、牡丹」
あなたは勝手に呼んでるけど。でもそれでいい。これでおあいこだ。
「はい、七門くん」
そう言うと白い世界が弾ける。
「牡丹!」
私の最愛のひとが呼んでいる。
「棕櫚!」
「無事だったか」
棕櫚の額に汗が浮かんでいる。
「うん、何ともないよ?」
「いや、七欲がまた悪さを……」
「悪さじゃないから」
棕櫚の口に人差し指を添える。
「七門くんも私の大切な家族だから」
棕櫚の耳元でそっと告げれば、棕櫚は目を見開く。しかしすぐに笑みを漏らす。
「よし、なら最終対決だ」
「うん」
ふたりで立ち向かうのは母だったことなどなかった人。
「わ……私はっ」
彼女がまた電撃を発生の纏う。
しかしこのまま結界技を繰り返しても同じことの繰り返しだ。
「問題ない」
棕櫚が刀を鞘から抜き放つ。その瞬間。
「棕櫚!?」
バチバチと刀に電撃が集まるが、棕櫚は感電している訳じゃない。
「このまま返しても、雷の異能者には効かないのでな。ならば異能者でなくなればいい」
棕櫚がニヤリと笑う。
「覚えておけよ。これが本当の異能殺し。元来罪人と言うのは異能殺しに異能を殺されるものだ」
「ひぃっ、嫌よ。私は無実よ!死にたくない!それならあの子を殺して璃寒を返してよ!」
状況を悟ったのか彼女がよろよろと後ずさる。
「はあ?お前にはやらねーよ!」
「私も!」
その宣言に白鬼さんが優しく笑んだ。
「さぁて、この俺自ら殺してやろう。その異能!」
棕櫚が彼女に刀を握っていない掌を向ける。
「やめなさいよおおぉっ!」
彼女が抵抗しようとするが鬼火がそれを阻む。
「封ぜよ。……久遠にな」
棕櫚がそう告げた途端、彼女の身体に電撃が走る。
「ついでに返してやろう。これも封印の力のひとつ18倍返し」
倍率がおかしい。
「今まで牡丹を苦しめてきた分だ」
18年分ってこと!?
「死にはしないさ」
その余裕はどこから。
「そのまま地獄に逃れられちゃあ意味がない」
その言葉通り、雷撃を返された彼女は倒れ付しながらも、指がぴくぴくと動いている。
「助けて……り、かん」
しかし散々暴れた挙げ句異能を奪われた彼女は力なく武官たちに拘束される。さすがに今回の騒動で取り調べで済むはずもない。牢屋に収監されるであろう。
「……冗談じゃない」
白鬼さんが短く吐き捨てる。
「お兄ちゃん」
そう呼んで手を取れば。お兄ちゃんは少し驚いた顔をして、また笑んだ。
「帰ろ」
「ああ」
私たちの青霧家へ。私たちが辿り着いた本当の、家族の元に。




