19話 水瓶と同じです
<あらすじ>
ギャンブルで身を持ち崩した三十路女。目覚めると彼女は赤ん坊。そしてそこは異世界でした。
特別な力を授かるでもない彼女の異世界生活。前世から持ち越せたのは大工としての知識だけだった。
「今度こそ、わたしは自分の家を建てる!」
19
新しい木剣の重さは、わたしの非力さを白日に晒すばかりだった。おそらく1キロ近いだろう。この世界の単位で言えば70シェケルはある。
わたしが部活で使っていたバットの重さは700グラム。これでも女子高校生には重い方だ。まして、わたし八歳だぞ!
「うあ!」
振り下ろした木剣に身体が持っていかれて尻もちをつく。そんなわたしを見てミハルは笑った。
「水瓶と同じですよ」
水瓶?
重いものは身体の軸に近づけて、腰で持ち上げる。そう言ったっけ。
今度は肘を曲げて、木剣の柄をお腹の方へ引き寄せて振ってみる。
お?
膝を折ったまま、腰を落とす。体軸を斜めにせずに背骨を軸に回る感覚。
──フヒュッ!
「あ、良いですよ! その感じです」
剣の重さを借りて、切先を走らせる……
「す、少しだけ分かったかもしれません」
ミハルの方も、研ぎ直した剣を振っていた。彼女も細身で屈強という感じではない。
左手の剣を突き出した半身の構え。左足を前にし、右に体重を残す。確かミハルは右利きの筈なのに。
鋭いステップ、身体の前で剣を盾みたいに扱いながら間合いを詰め、右手を柄に添えて、引くように斬る!
それと同時にバックステップ。いつの間にか剣は右手に移り、右足が前の構えに変わっている。
「何か気づいたことは?」
ミハルが汗を拭きながらこちらを向いた。
「えと、想像した相手と闘ってるのかなって」
彼女は満足そうに目を細めた。
「何をされたら、負け?」
「そりゃあ、斬られたら負けでは?」
「そう。だから、短い剣はもう使うべきじゃない」
ハッとした。ミハルの動きは、斬られないように、という動きだ。剣の長さは、間合い。
「斬られたら、負け」
「そう。斬られたら負け。終わり」
「終わり──」
重い響きが頭に残った。斬られたら、終わり。
そうやって朝の時間を過ごし、水汲みをしてアーロンを起こしに行く。
木剣のあとは水瓶を担がなければ、そして箒を振るのだ。こちらの方が、わたしの生命に近いんだ。
「クラリス、聞いていますか?」
「は、はい。イザンデル大王がメノス王朝を打ち倒しサーサン朝を興しました」
「違います!」
歴史のネイマン先生はぴしゃりと教鞭で蝋板を打って訂正した。
「メノス王朝のイザンデル大王がサーサン朝を打ち破った、です!」
駄目だ、朝の修練で筋肉が悲鳴を上げているし、眠気も酷くて混乱する……
ふと隣をみるとアーロンが真っ赤になって笑いを噛み殺していた。
歴史の後、外庭へ出て剣術の時間となる。そこでもわたしは散々だった。新しい木剣にはまだ全く慣れず、太刀筋は精彩を欠いた。
「クラリスお前、わざとやってるだろ!」
アーロンはかんかんに怒っていた。もう七本連続で取られていたので、彼はわたしが手を抜いたと思ったらしい。
「違いますよ、本気も本気です。新しい木剣が馴染まないのよ」
そう言ってそれを手渡すと、アーロンは驚いて「馬鹿! なんて重い剣を使ってるんだよ!」と喚いた。
当然だ。アーロンの木剣より余程重いのだから。
「でも、これで修練するの。どうせ大人になったら使うのだから」
その日、わたしは一本も取れず、あちこち痣を拵えることになった。
午後の庭仕事はむしろ身体が楽だった。風が心地よく、空が高い。
「ミハル、わたし欲しいものがあるのだけれど」
庭番のタダイが剪定し、ミハルが箒で集める。わたしは籠に剪定くずを集めて回る。
「どんなものが?」
「鉋の刃」
「もう持っているでしょう」
ミハルは不思議そうに言う。分かっていない。鉋の何たるかも分かっちゃいないのだから、分かるわけないのだが。
「鉋の台を直すのに、小さな鉋が必要なのよ。でも一体幾らするのか。ミハルは町の鍛冶屋へ行ったことはある?」
「ありますが……幅広のノミよりは安いと思いますよ」
「銀貨三枚で買えるかしら」
「──少し、足らないかも」
わたしはため息を漏らした。お金を稼ぐ方法が無いのだ。時間も自由にならない。手段も想像出来ない。
「難しいのね」
大工道具はいつだって借金で買っていた。しかしここでは借りられる気がしない。何せこっちは子供だし。
「お前、小遣い稼ぎするか?」
頭の上からしゃがれた声が落ちてきた。わたしは驚いて上を向く。庭番のタダイだ。
彼は白い口髭の下から黄ばんだ歯を剥いた。
「ここに扉ですか」
外庭のはずれに積んだコの字型の石組み。タダイはそこに扉が欲しいと言うのだ。
「物入れの屋根なんか、柴を重ねりゃ良いけどよ、扉が無くっちゃ格好がつかない。儂は万事ちゃんとしたいんだ。格好いいのを頼む」
工房の道具があれば、軸回しや扉は作れるだろうが。
「簡単に扉って言うけど、こんな大きな扉の材木は持ってないよ」
タダイはあっけらかんと「じゃあ、取りに行こうじゃないか」と笑った。
「リヴァイ山?」とミハルが彼を見る。少し笑っているように見えるが、何故だろう。
「材木なんか幾らあっても良いんだから、儂が荷車を引いてやろう。そうしよう」
「……ちゃんとお礼は頂けるのですか?」
わたしがじっとりとタダイを見つめる。ただ働きはごめんだ。子供舐めんなよ?
彼とミハルが同時に吹き出した。わたし何か変なこと言った?
「大丈夫だ、駄賃は、ほら」
タダイは銀貨を二枚見せて、また黄色い歯を剥いた。
わたしの本を読んで頂いてありがとうございます。
一日一話更新して行きます。
毎朝七時の更新を心がけます。
異世界語として用いられているのは実はヘブライ語なので翻訳検索していただければ意味が解るのですが、あまり深い意味は有りません。
言語学者さんやヘブライ語に自信ニキの方にすれば、もしかしたら文法や意味が間違っているかも知れませんがご容赦ください。




