1話 昨日までと、今日から
あらすじ
ギャンブルで身を持ち崩した三十路女。目覚めると彼女は赤ん坊。そしてそこは異世界でした。
特別な力を授かるでもない彼女の異世界生活。前世から持ち越せたのは大工としての知識だけ。
「やってやろうじゃん、現代人の知識なめんなよ。
今度こそ、わたしは自分の家を建ててやる!」
プロローグ
これが最後の一万円札だ。これ使っちゃったらスマホ止まる。だからやめとこ?
投入口に吸い込まれる紙幣、光るデジタル表示。ボタンを押すと上皿に銀玉が継ぎ足される。
詰まった玉を平す指。爪の間が黒い。今日の仕事の痕跡なのか、汚れたパチンコ玉のせいか。
店内に響く放送とパチンコ台の効果音で、目の奥が痛んだ。
上手くいかないことばっかりだ。今日は親方に曲尺で頬を叩かれた。みみず腫れになってる。
年寄りは女を下に見てるんだ。仮設便所の掃除ばっかさせられた挙句「雑だ」はねぇだろ。
ちょっと文句言えばすぐ叩かれるし、わたし喋んの苦手だから、言い返せないし……
仕事はきっちりやってんだろ。他にサボってるやついくらでも居んだろ。なんでわたしだけ。
やっぱ女は駄目って思われてんだろな。
雑な扱いに腹立てて、不貞腐れた返事して、それで余計に嫌われて。
高校でも周りに馴染めなくて、周りを見下してどんどん孤立して、学校行かなくなって、でもバイトだけは行ってて。
建築現場で「お前、大工にならないか」て声掛けてもらった時は嬉しかったなぁ。自分も頑張って良いんだって、そう思った。
そう、思ったのに。
いつの間にかパチンコ台はギラギラとランプを点滅させて皿に出玉が詰まっていた。
慌ててドル箱にガラガラと玉を落とす。
出玉が増えるうち、仕事のことは思いの底に沈んでいった。
玉の動きだけを追って、ぼぅっと口を開けたまま、何も考えなくていい。
何も。
換金所に文鎮を差し出して現金を受け取ると自然と頬が緩んだ。
これでガソリンも入れられるし、夕飯も食べられる。そういや随分と空腹だ。今日は居酒屋に寄って帰ろう。
そんで、勝ったんだからこれを最後にパチンコもやめよう。もう二度と行かない。あんなの時間の無駄だ。もっとやるべきことあるだろ。
やるべきこと……
なんだ、ほら。あるだろ、やるべきこと。
えっと、可愛い服とか買って、お洒落して、代官山でクレープを食べて……いや、なんか想像が古臭い。頭痛いわ。
なんだ、婚活アプリでも使って……三十四歳、高校中退、大工やってまーす。研ぎものと刻みは得意です、耐震荷重計算は苦手でーす。馬鹿か!
誰が相手にするんだ、こんな女。
そうだ、美容室行ってみようか。髪を明るくして、カラーコンタクトでも入れてイメチェンしようか。──頭痛い。自分が幾つだと思ってんだ。
何がやりたいんだ、わたし。
やるべきこと……今更言ってもな。
やるべきこと──頭痛い……やり直せたら、もっと頑張るのにな……
──頭、痛い……
力が入らない足、近づいてくるアスファルト。駆け寄る通行人。見知らぬオヤジの顔。
「大丈夫ですか? 救急車! 誰か!」
あれ、意識、飛ぶ──
1
気がついたら、明るい室内に居た。何だ、身体がうまく動かない。そこにいるの誰だ?
「──ダブェッ?」
自分の口から漏れた声にぎょっとした。首がうまく動かせないッ!
「אוי, התעוררת, תינוקת?」
女の声、でも何言ってるか全く分からない──
柔らかいものが口に押し込まれる。反射でそれを吸うと、乳が口を満たした。
生温いッ!
気持ち悪い──悪くは……ないか……
こくん、こくん
それを吸ううちに、なぜだか眠くなって、わたしは気を失った。これほど心地いい感覚は初めてかもしれない──
次の日目覚めても、状況は変わっていなかった。寒い。布に包まっているけれど、ペラッペラでちっとも暖かくない。
それに、建物の隙間風も酷いッ! 何だこの建て付け! 曲尺でぶっ叩いてやりたいッ!
何だか悲しくなってきて、涙がで、出ますよ……
「ホヤァッ! ホヤァッ!」
あろうことか、声をあげて泣いてた。ああそうか、わたし泣きたかったんだ──
止めどなく涙が溢れた。来る日も来る日もパチンコしかすることなくて、建築の仕事も辛かった。怒鳴られてばっかで、体力もなくて。
でも誰も助けてなんてくれなくて。しょうがないよね、何も言えないんだ、この口は。
「מה קרה? את רעבה, קלריס?」
抱き上げられて、ぼんやりした視界に若い女の顔が映る。赤い髪、緑の瞳。大きな顔……違うか、わたしが小さいんだ。
「קלריס המתוקה שלי」
何言ってるか分からないけど、優しい声。それを聞くうち、わたしはまた眠りに落ちてしまう。
目が覚めて、腹が減ってて、泣いて、乳を吸ってまた寝て。
あれ? わたしもしかして、赤ちゃん?
生まれ変わった、のか?
ということは、死んだのか。あの時、パチンコ勝った金を使う前にか……
惜しいことをした。
惜しい? いや、居酒屋で飲んで帰って、あのアパートの部屋を掃除して? そしてあの日から全てをやり直して? いやいや、無理だろ。
無理ってことはないんだけど、きっとやらなかっただろう。
散らかった部屋に携帯の呼び出し音が響いて「遅刻だぞ、何やってんだ」って怒鳴られて、また寝癖がついた頭で原付に跨って現場へ急ぐんだ。
誰か知らない人が住む家を作る毎日。わたしのものじゃない家を。
知らない誰かが幸せそうな顔で暮らす場所。それを作るために、わたしは来る日も来る日も苦しい顔で我慢する。
そうか、あの日々は終わったんだな。
わたしは柔らかい腕の中で眠りに落ちてゆく。混濁する意識の中で、こう思った。
今度こそ、自分の家を建てられたらいいな──
王道っぽい転生ものを書いてみたくて、なろうに登録してみました。
おそらく現在わたしを知っている方はゼロです。
ここからどの程度知名度を上げられるか、実験スタートです。
宜しくお願いします。




