Log:25 (*Battle 2)
Log:25
「クソ……! ゴリラ、残存するドローン部隊を
全部こっちによこすように、伝令しろ!」
「ビービー!」
ゴリラはガトリング砲で迎撃しながら、
残存ドローン部隊へ信号を飛ばした。
爆発音が、絶え間なく耳を叩く。
汚染生物の体液が蒸発する焦げた臭い。
黒煙が防衛ラインを覆い、視界を奪う。
両腕の対汚染生物専用カスタム銃の銃身が、灼けるように熱い。
それでも、群れは減らない。
「長谷部! 無理するな、アーマーから 煙が出てる!
一度、後退しろ。 俺が前に出る!」
「わかったわ!」
俺が前に出ようとした瞬間——
左舷から、影が飛んだ。
速い。
「桐生!」
長谷部の悲鳴に間宮が、気を取られた。
咄嗟に回避する。
ゴリラのランチャーが火を噴いた。
二体、同時に撃墜。
「ビーッ ブーブー!」
「クッソ、悪かった! 隙を見せすぎた」
その一瞬が、まずかった。
長谷部の視線が、敵前からそれる。
大型の汚染生物が咆哮をあげた。
長谷部に向かって、突進してくる。
「長谷部!」
——間宮が飛び出した!
間宮のひび割れた装甲の隙間に、
汚染生物の体液が直接触れた。
焼ける肉の匂いが立ち込めた。
「ぐああッ!」
「間宮!」
その衝撃で、防衛ラインの保護シールドが一気に歪む。
長谷部は間一髪で、致命傷を避けることができた。
しかし——
ビシビシッ……
嫌な音が響き歪んだシールドに、亀裂が走った。
次の瞬間、黒い群れが一気に雪崩れ込んでくる。
防衛ラインが、飲み込まれていく。
(撤退? いや、どこに?!)
「まずい! ゴリラ、掩護しろ!」
防衛ラインが突破された!
SG-02《ゴリラ》の視覚カメラが、オレンジからレッドへ。
バトルジャンキー【裏モード】——起動。
「ブーブーッ」
機体が唸る。
回転からのガトリング砲。
汚染生物が回転弾幕に削られていく。
ゴリラの残弾数を確認する。
——8%を切っている。
まずい。
「ビービーッ ブーブー」
「何が“調子がいい”だ!
弾数見ろ、ゴリラ! バトルジャンキーめ!」
汚染生物の先頭集団は、ゴリラの回転砲火に砕け散る。
だが、その後ろから、なおも黒い群れが押し寄せてくる。
間宮は、意識を失っており戦闘には戻れない。
長谷部は、もう限界が近い。
ゴリラと今の俺だけじゃ…
この状態を維持できない!
(どうする……!)
そのとき、ヒアラブルデバイスが振動した。
<<まだ諦めないの? 桐生>>
——西園寺だ。
今度は、本人か。
「いまクソ忙しいんだ。要点を言えよ。何が望みだ」
<<話が早いわね>>
<<条件なら、もう提示してあるでしょ>>
<<私の支配を受け入れて、私の物になりなさい>>
俺は前を見たまま答えない。
長谷部のアーマーが、また煙を上げた。
間宮は失神して動かない。
ゴリラの残弾数が、じりじりと削れていく。
——残弾数残り5%
<<どうするの、桐生?時間はないわよ>>
「……仲間を安全に帰せるか?」
<<あなた達を救出する精鋭部隊は、すぐそこにいるわ>>
<<撤退命令を出してあげる。
間宮も、長谷部も、そのドローンも。
全員、無事に帰してあげるわ>>
<<あなたが、”わかった”と言えばね?>>
時間が、もうない。
西園寺の罠にハマった俺の責任で
間宮と長谷部まで怪我をした。
俺が周りを巻き込んだ。
視界に間宮と長谷部を捕らえる。
(長谷部、間宮すまない)
(……ナズナ。ごめん……)
「…………わかっ」
西園寺の望む言葉を紡ぎ
諦めかけた、その瞬間——
防衛ラインの後方から、音声が響いた。
戦場の爆音が、一瞬だけ遠のく。
ザッ……
スピーカーのノイズ。
旧時代の拡声器だ。
「マイクテスト。マイクテスト。あーあー」
聞きなれた、アイツの声だ。
俺は固まった。
「桐生。顔をあげろ」
「ナズナ!? お前、なんでここに——」
「私と桐生の回線がハッキングされていると
判断した。だから、来た」
それだけだ。
説明は一言だった。
ナズナは特殊アーマーを装着しているが、
空中機動制御に不慣れなせいで、軌道が安定していない。
「間宮と長谷部の安全は確保した」
俺は、全部理解した。
ナズナが来た理由も。
SEAL法を犯してまで戦場に現れた意味も。
こいつは——俺を救いにきた。
「……お前という女は」
ナズナは拡声器を持ったまま、
真っ直ぐ俺を見ていた。
「桐生。罠にハマって頭にきただろう?」
「わたしも正直、頭にきた」
「だから、暴れてこい」
ナズナは無表情な顔で親指を立てた。
俺は、笑った。
「……了解ッ!」
能力を、解放する。
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特殊アーマーが限界を迎え、煙を吹いている。
桐生が笑った瞬間から、戦場の空気が変わった。
ナズナちゃんが、SEAL法を無視してここにいる。
桐生と、わたしたちを助けるためだ。
ナズナちゃんが、下手な空中機動制御で
私と間宮を回収して安全な空域まで後退させてくれた。
次の瞬間——
桐生の青い目が、光った。
青い煙のような粒子を纏っている
周囲の空気が歪む。
低い振動音が、戦場に響いてくる。
桐生が、ゆっくりと手をかざした。
一瞬、空間が歪んだ。
先頭の汚染生物の腹部が、内側から膨らんだ。
一秒。
爆ぜた。
黒い体液と肉片が、周囲に飛び散る。
衝撃波が後続の群れを空中で揺さぶった。
まだ終わらない。
青い光が強くなる。
振動音が、鼓膜の奥まで響く。
手をかざす。
腹部が、内側から膨らむ。
爆ぜた。
衝撃波が周囲の群れを巻き込む。
連鎖する。
連鎖する。
爆発音が折り重なり、
黒煙と肉片が炎の夜空へ吸い込まれていく。
桐生は動いていない。
足すら動かしていない。
青く光る目と、かざした手だけが、
次の群れを捉えていた。
「……桐生って、そんなに強かったの?」
これが——S能力。
たしかに、これじゃあ単独戦闘じゃないと
不可能だ。
彼に掩護射撃すら必要ない。
能力解放中の桐生には、誰も近づけない
「長谷部。あなたは間宮とここで待機」
「わたしは、桐生の出力を下げてくる。理解した?」
ナズナちゃんの赤い目は冷たく見える。
でも、その奥に心配があった。
「うん。で、でもあんな中に行くの?
こ、怖くないの?」
「あれは桐生だぞ。なぜ恐怖を抱くのだ?」
ナズナちゃんは頭をかしげる。
「そ、そうだよね、ごめん。ナズナちゃんも気を付けてね」
ナズナちゃんは頷いた。
ゴリラに空中機動制御を手伝ってもらい、
桐生の元へ向かっていった。
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一方、天上層の西園寺の屋敷。
「どうして……もう少しだったのに。
何故、あの女がいるのよ!」
西園寺は端末を睨みつけていた。
黄金のアンドロイドが静かに応答する。
<ナズナ博士が戦場に侵入しました>
<SEAL法違反に該当します>
西園寺の表情が歪んだ。
「殺しなさい」
西園寺の隣で、華城はワイングラスを傾けていた。
その口元が、わずかに歪む。
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桐生の能力一斉開放で、
防衛ライン上の敵はほぼ壊滅した。
静寂が戦場に落ちる。
私は桐生を止めなければいけない。
危険領域を超えて能力を解放した人間の末路を、
私はデータで知っている。
不安定な軌道を修正しながら、ようやく桐生の近くまで到着した。
「桐生」
声をかけた瞬間——
桐生の青い目が、こちらを向いた。
反射だった。
空気が歪む。
間に合わない。
わたしの身体が、後方に吹き飛んだ。
衝撃を吸収できない。
バランスが崩れる。
落下する。
次の瞬間、金属の腕が身体を掴んだ。
SG-02《ゴリラ》だ。
「……ありがとう」
肋骨損傷を確認。
三本。即座に治癒開始。
桐生が、血相を変えてこちらに向かってくる。
「桐生。大丈夫だ」
その時——
乾いた破裂音が、複数。
弾丸だ。
私を狙っている。
しかし——
青い光が瞬いた。
数発の弾丸が、空中で静止した。
引き金を引いた私兵が、そのまま空中に縫い止められる。
桐生の声は低かった。
怒りではない。
もっと冷たいものだった。
「……俺の女に手を出すなッ!」
彼の身体は、すでに損傷率が高い。
それでも戦闘能力は低下していない。
桐生の目は青く、青い煙のような粒子を纏っている。
わたしを捕まえる桐生の抱擁は、
灼けるように熱い。
能力出力が危険域に達している。
次の瞬間、
桐生の身体が大きく揺れた。
「桐生!」
敵は殲滅した。無人になった防衛ラインに、私の声だけが響いた。




