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医療施設《SEAL》精密検査室。


白い光に満たされた室内で、

桐生は医療用ガウン姿のまま検査台に横たわっている。


自動診断アームが静かに稼働し、彼の左腕を固定していた。



「ナズナちゃん、俺の裸を見たいなら、そう言えばいいのに」


「そんなに筋肉を見せたいなら、ガウンは不要だな」


「いいえ、必要ですね」


「なら余計な手間を増やすな。

大人しくしていれば、終了時間は短縮される」



桐生は苦笑し、こちらを眺めている。



「ナズナ。お前、少し寝たか? 顔色が俺より悪い」


「問題ない」



私はデータパネルを操作しながら答える。



「君の左上腕、装甲貫通による裂傷三箇所。


皮下出血と筋繊維損傷。軽度汚染付着。


安静を維持すれば二週間で回復する」



「さて、桐生。“治癒”を行うことに同意しますね?」


「いいえ」


「桐生。子供みたいだぞ」



桐生は、私を睨みながら答える。



「あのゾワゾワする感じが嫌なんだよなぁ」


「痛みが二週間継続し、行動が制限される方がいいのか?」


「自然治癒のほうがいいな」


「バカ者。その間に再び戦闘があった場合、君はどうする。


出撃命令に君は拒否しない」



わたしの問いに、桐生は一瞬だけ黙った。


医療アームの駆動音が、やけに大きく聞こえる。



「……しねぇな」


「だろう」



私は視線をパネルから外さない。



「したがって、治癒を行う方が合理的だ。


君の行動自由度、生存率、任務成功率、

すべてが上昇する」



桐生は天井を見上げたまま言う。



「……分かったよ」



そして、ゆっくりこちらを見る。



「ただし条件がある」


「聞こう」


「お前が倒れたら止めろ」



わたしは数秒考える。



「それは、できない」



即答だった。


桐生は、わたしを睨む。



「ナズナ。よく聞け」



桐生の声が、初めて少し低くなる。


わたしは言葉を止める。


彼は視線を逸らさない。



「管制ログ、見た」


「……」


「鼻血出してたろ」



わたしは沈黙する。


桐生はため息をついた。



「俺は戦闘で怪我する。仕事だからな。


でもお前は違うだろ?」



数秒の静寂。



「お前、死ぬ気ないのに死ぬタイプだ」



「わたしはそれを同意できない」


「はぁ……またそれか」



彼は苦笑した。



「ほら、いいから約束しろ」



桐生の青い目が、じっとこちらを見つめる。



わたしは考える。


合理的理由はない。


しかし――拒否した場合、


彼が治療を拒否する可能性が高い。



「……善処する」


「ダメだなそれ」



桐生は頭を抱える。


そして天井に向かって叫ぶ。



「看護アンドロイドさーん!

この人、絶対自分を壊すタイプです!

助けてくださーい!」


「騒音を発生させるな」



わたしは彼の拒否を無視して手を出す。



「手を出せ。桐生」


「もっと丁寧にお願いしてみろ」


「早くしろ。


痛覚を制御して、

再生化状態の“ゾワゾワ”を

軽減するよう努力してやる」



桐生は笑いを噛み殺しながら、

ゆっくり手を差し出した。



「いいか? 無理だと思ったら止めろ」


「善処する」



わたしは桐生の大きな手を握り、

自分の中にある意識を集中させ、


治癒反応を誘導し、

接触部から伝達するよう制御する。



<<痛覚制御を優先。神経過敏領域を抑制>>



数秒。



変化は外見上、何も起こらない。


発光も、温度変化も、

可視的な現象も存在しない。



ただ、掌の向こうで、

筋肉の緊張がわずかに緩むのが分かる。


指先の震えが収束していく。



それだけだ。



光が出るわけでも、

劇的な変化が起こるわけでもない。


治癒とは、

観測されにくい速度で進行する

生体反応の補助に過ぎない。



それでも。



彼の手の力が、

ほんの少しだけ

わたしを握り返した。



私は視線を上げる。



「……どうだ」



桐生は少し黙ってから言う。



「……あー。治ったな。

まだ少し痛むけど」


「それは神経の遅延性疼痛だ。

傷は無いはずだ。確認してみろ」



桐生は包帯の上から腕を軽く動かした。


眉を上げ、

何度か握ったり開いたりする。



手首を回す。


さっきまで力が入りきらなかった動きが、

抵抗なく行える。



「うん、さっきより全然動くよ」



「当然だ。


炎症反応を抑制し、

過剰な痛覚信号を遮断した。


損傷部位の再生速度も上昇している」



私は説明する。


だが、途中で言葉が止まる。



桐生が、

わたしの手を離さない。



「……桐生」


「ん?」


「処置は終了している」



それでも彼は、すぐには離さず、


笑いながら逆に強く握り、

握手の形にした。



「ありがとう。ナズナ」


「当然だ」



桐生は笑う。



「よし、着替えて飯食いにいこうぜ!」


「そうしよう」



彼が手を離したあとも、


掌に残った体温が

しばらく消えなかった。

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