プロローグ03 ローザの場合
執事の朝は早い。
特に私がお仕えしている坊ちゃまは、まだ8歳と幼く、日本へは留学生として、勉強しに来ている身分ですので、遅刻など絶対にしないように、準備は念入りにしておかないといけませんから。
そして、今私が朝の打ち合わせをしているのが、毎朝ビスマルク公爵家の皆様のお食事をご用意してくださっている料理長のホプキンスさんです。
「ですから、恐らく今日も旦那様と奥様は坊ちゃまと御食事を食べてくださらないと思いますので、ただ持ち運べる簡単なものをと」
「良いや。それだと坊ちゃんの栄養面が心配だ。しっかり食べてもらわねぇとだな」
「このわからずや!坊ちゃまにあの無駄にだだっ広い食堂で1人でお召し上がりになれと?」
「そこはおめぇさんが旦那様と奥様を説得してだな」
「できるならとっくにしています!どうせ、今日も坊ちゃまのことなど、まるで眼中に無いかのように仕事仕事と言い訳をするに決まっています!」
「んなもん、お伺いを立ててみないとわからねぇ話だろ。何でもかんでも決めつけるのが、おめぇさんの良くねぇとこだ」
「わかりました。そこまでおっしゃられるのでしたら、御食事を二つ用意してください。旦那様と奥様がご一緒されるのでしたら、食堂の方で。無理だった場合は、私とメアリーの2人と軽食に、それなら構いませんね?」
「ハァ。おめぇさんもブレねぇな。わーったよ。今日のところはそれで手を打ってやらぁ。俺だってな使用人だけでなく誰にも分け隔てなく接してくださる坊ちゃんのことは嫌いじゃねぇ。だからこそ、美味しい料理を召し上がって欲しいと考えていてだな。って、もういねぇのかよ!ほんと、あの頑固執事は、坊ちゃんが絡むと前が見えてねぇっていうか。ほんと過保護だよな全く」
「料理長、話は終わりやしたか。フルコースと軽食の2種類の料理の準備をすりゃ良いんすね?」
「良いや。坊ちゃんの分は、軽食だけで良い。フルコースは、旦那様と奥様の2人分。軽食はそうだなあの頑固執事とドジっ娘メイドの分も用意してやれ」
「ははっ。なんやかんや、料理長も坊ちゃんのことが好きっすよね」
「当たりめぇだろ。お堅い連中の中で、坊ちゃんの気質は優しすぎる。後々、災いにならなきゃ良いがな」
「料理長、そんなこと言ってると本当にそうなるかもしれないっすよ。フラグ立てちゃダメっす」
「フラグ?んなくだらねぇこと言ってる暇があるなら手動かせ」
「ヘーイ」
ローザは自身が立ち会った後、このような話をしているなど知らず、この屋敷の当主であるシエル=フォン=ビスマルクの元を訪れていた。
「旦那様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
「起きているかだと?忙しくて寝る間も惜しんでいる程だ」
「それは、失礼しました。料理長より御食事の御用意ができたとのことです。召し上がられますか?」
「必要ない」
「せっかくですので、坊ちゃまと御一緒に如何でしょうか?」
「2度も言わせるな。必要ないと言っている」
「ですが」
「くどい、朝食はこちらが食べたい時に伝える。勝手に作るなとホプキンスの奴にも言っておけ。話はそれだけか?」
「はい」
「なら俺は忙しい。アイツにも8歳にもなって親と共に食事をしたいなど我儘を言うなと言っておけ。ガキでもあるまいし。やれやれ、俺はもう仕事場へ向かう。邪魔をするな」
「承知しました」
ローザは、扉の前で恭しく頭を下げると、そのままこの屋敷の主の妻であるアン=フォン=ビスマルクの元へと向かった。
「奥様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
「起きてるわ何か用かしら?」
「料理長より御食事の御用意ができたとのことです。召し上がられますか?」
「そうね。主人はなんて?」
「必要ないとのことです」
「なら、私も必要ないわ」
「ですが、たまには坊ちゃまと御一緒に」
「何?あの子、8歳にもなって親と食事を共にしたいと我儘を言っているの?こちらは、貴方と違って、忙しいというのに?」
「いえ、坊ちゃまは何もおっしゃっていません。私が気を利かせて」
「あら、要らない気を回してる暇があるのならあの子に貴族としての威厳を身に付けさせたら如何かしら。いつまでもいつまでも上と下の区別すら付かないだなんて」
「申し訳ございません」
「良いのよ。別に気にしていないわ。ただ、こんなことなら女の貴方に日本らしく言うと乳母かしら。そんなことさせずに私が面倒を見れば良かったと思っただけのことよ。ところで、他に主人から何か聞いてる?」
「もう仕事場へ向かうとのことです」
「流石ね。なら私も主人と一緒に出ます。話がそれだけなら、もう外してくださる?」
「朝のお忙しい時間に失礼致しました」
この後、ホプキンスから軽食を受け取ったローザは、坊ちゃまことラルク=フォン=ビスマルクを起こしに向かっているだろうメアリーの元へと向かい、軽く食事を済ませた後、車で坊ちゃまを学校へと送る。
その車内で、たわいもない話をするのがローザにとって、朝から嫌味を言われても頑張れる一時であった。
車をガレージへと止め、未だに坊ちゃまの匂いが残る車内で、上を向いて余韻を楽しんでいると、魔法陣が迫ってきているのが見えた。
「一体、誰が私の愛車に魔法陣を?これは、誰かの悪戯か?いや、待て。あの魔法陣、動いていないだろうか?まさか勇者召喚か!?待て、私は坊ちゃまのいる世界で、まだまだやることがある。今、この国の小説で流行りの異世界召喚になど巻き込まれてたまるか!」
車内から飛び出そうとすると時すでに遅し、ローザの身体は、魔法陣へと吸い込まれ、意識は闇の中へと沈むのであった。
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