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第二十二話 夜会の始まり

 とうとう夜会当日。


 私はクロヴィス様の妻として初めて夜会に参加することになる。

 そのことに私以上に気合が入っていたのはアンソン家からついてきてくれた侍女と、ランディル侯爵家から助っ人としてやってきてくれた侍女一同だった。


 王都滞在期間中、私は毎日丹念にオイルマッサージをされて髪や肌をピカピカに磨き上げられた。

 そして事前に何度も打ち合わせを重ねて作成してもらったドレスを身に纏い、髪はゆるくウェーブをかけて片側に流している。


 ドレスの色は夜空のように深い青。そして、クロヴィス様の銀髪に見立てた銀の糸をふんだんに織り込んでいる。

 身につける宝石はもちろんアメジスト。クロヴィス様の瞳の色と同じだ。



「アネット、その……とても美しい。空から女神が舞い降りたのかと見紛うほどだ」


「激しく同意」


「そ、そんな……褒めすぎです」



 ドレスを披露した際、クロヴィス様はほんのり頬を染めながら嬉しそうに褒め言葉を送ってくれた。

 フィーナは真顔でよく分からないことを言っていたけれど、同意ということは褒めてくれているということかしら……?


 嬉しくて頬が熱ってしまう。

 俯きがちになってしまうのは恥ずかしいからだけでなく、クロヴィス様の正装が眩しくて直視できないからでもある。


 クロヴィス様は煌びやかな銀髪を後ろに撫で付けていて、整った凛々しいお顔が露わとなっている。

 その上、濃紺のタキシードをスラリと着こなし、足の長さが際立っている。


 お互いに向き合ってモジモジ照れていると、どこから取り出したのか、フィーナがスケッチブックにものすごい速さでペンを走らせ始めた。



「はあっ……はあっ……やばすぎ……語彙力が死ぬ」



 少し恍惚とした表情で涎まで垂らしている様子には少し狂気じみたものを感じてしまい、クロヴィス様と顔を見合わせて苦笑した。フィーナのおかしな言動のおかげで、照れ臭さや緊張はどこかへ飛んでいってしまったみたい。



「じゃ、じゃあ、行ってくるわね。いい子で待っていてね」


「はいっ! いってらっちゃいませ!」



 そろそろ出発の時間となり、私は腰をかがめてフィーナに視線を合わせると、まんまるで愛らしい薄桃色の瞳を覗き込んだ。すると、フィーナがチラッと私の隣に立っているクロヴィス様の表情を伺い、片手を口元に添えた。



「うん?」



 何か内緒話かしら? そう思ってフィーナの口元に耳を寄せる。



「おかあたま。やかいはせんじょうです。おとうたまからはなれないでくだしゃいね」


「夜会は戦場……ふふっ、確かにそうかもしれないわね。分かったわ。気をつけるわね」



 どこでそんな知識を身につけてくるのかしら。

 相変わらず物知りなフィーナに感心しつつもニコリと微笑んで頷く。



「アネット、手を」


「はい、クロヴィス様」



 クロヴィス様にエスコートされながら馬車に乗り込んだ。

 背中に熱い視線が突き刺さっているような気がするけれど、きっとフィーナの『早く帰ってきてね』の視線かしらね。程よいところで会場を出れるように、クロヴィス様にもお願いしておかないと。


 そんなことを思いながら、私とクロヴィス様は夜会の開催地である王城へと向かった。






 ◇◇◇



「相変わらず豪華絢爛という言葉がピッタリだな」


「ふふっ、そうですね」



 会場に到着するや否や、クロヴィス様が感嘆の息を吐いた。


 それもそのはず。クロヴィス様はデビュタント以来の王城だもの。見上げるほど高い天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされていて、テーブルクロスや燭台ひとつとっても一級品ばかりで眩しいくらいだ。


 今日の目的は国王陛下に改めてのご挨拶と、近況の報告だ。


 先代の国王陛下が私たちの祖父と懇意にされていたので、私たちの結婚生活についても気にされているらしいのだ。

 だからこそ、こうして遠路はるばる王都に赴き、夫婦円満な様子を報告しにきたというわけだ。

 それと、代替わりしてからも変わらぬ忠誠を示すためでもある。



「陛下はまだお見えになっていないようですね。今のうちに料理を楽しみませんか?」



 近くを通ったウェイターから葡萄酒が入ったグラスを二つ受け取って、一つをクロヴィス様に差し出した。



「ありがとう。では、一緒に行こう」


「はい!」



 グラスを持つ手と反対の手を私の腰に回し、クロヴィス様はご機嫌な様子で料理が並ぶテーブルへと向かっていく。


 会場に入った時から、チラチラと刺さるような視線を感じる。

 きっと、女性陣がクロヴィス様に見惚れているのだろうとは容易に想像がつく。美貌の辺境伯とお近づきになりたいと思っているに違いない。虎視眈々とクロヴィス様が一人になるタイミングを狙っているのかもしれない。


 フィーナの言う通り、やはり夜会は戦場……!


 クロヴィス様は私の夫なのだもの。極力離れないようにしなくては。

 そう決意を新たにしていると、腰に回された手にグッと力が込められた気がした。



「クロヴィス様?」



 どうかしたのかと尋ねると、クロヴィス様はわずかに唇を尖らせて少々ご機嫌斜めなご様子。



「いや……会場に入った時から、男性陣の視線が気になってな。アネットの美しさに見惚れる気持ちはよく分かるが、君を他の男の視界に入れることが不服でならない。アネットは俺のものだというのに……」



 ブツブツと呟くように不満を述べるクロヴィス様。その言葉を受けて、私はギョッと驚くとともに顔に急激に熱が集まっていくのを感じた。



「ええっと……その、それはクロヴィス様も同じかと……先ほどから女性陣の視線を一身に集めていらっしゃいますよ?」


「そうか?」



 クロヴィス様は眉を顰めて首を傾けている。どうやら自覚がなかったらしい。クロヴィス様はもう少しご自身の魅力を理解した方がいいかと思います。


 なんて話ながらいくつか料理を取り分けていると、背後から「はあっ!? どういうことなの!?」と上擦った声が聞こえた。


 何かトラブルかしら?


 さりげなく声の主を探すために肩越しに振り返ると、桃色のふわふわした髪の女性が、唇を戦慄かせながら私とクロヴィス様を凝視していた。


 桃色の髪に既視感を覚える。

 先日街歩きをした際にカフェでぶつかった女性が脳裏に浮かんだ。

 あの時は後ろ姿しか見ていないので、同一人物かは分からないが、宝石と見紛うほど美しい翡翠色の瞳は大きく見開かれていて、よほど驚いている様子が窺える。


 余程気になることがあったのかと、少し逡巡してから声をかけようと決心した時、パチッとその人と視線が絡んだ。


 すると、慌てたようにグラスを傾けて飲み物を飲み干すと、そそくさと人混みの中に消えていってしまった。



「?」



 結局何だったのか分からなかったわ。


 私が目を瞬いていると、クロヴィス様が立ち去る桃色の髪の女性を見て、「ああ」と声を漏らした。



「どなたかご存知なのですか?」


「ああ、確か宰相のご息女だったはずだ。挨拶をし損ねてしまったな」


「まあ! 私もすぐに思い出せませんでした。後ほどご挨拶に伺いましょうか」



 そうだ。見覚えがある気がすると思ったら、カロライン侯爵家の……確か、名前はミランダ様。


 今日の夜会の参加者の中で、特に重要な人物については記憶しておいたはずが、どうしてか記憶から抜け落ちてしまっていた。



「後で話す機会があればいいのだけど……」



 私はクロヴィス様からお皿を受け取りながら、ミランダ様が去っていった方向をじっと見つめたのだった。

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୨୧┈┈┈┈┈┈ 6月10日頃発売┈┈┈┈┈┈୨୧

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