第二十一話 夜会潜入作戦 ◆sideフィーナ
「むっふふん」
私は真新しい画材の匂いを胸いっぱい吸い込んで、頬を緩めに緩めていた。
今日はお父様とお母様の三人で王都の街で買い物をしている。
クロエはウォルとお留守番なので、初めての三人家族水入らずでの外出なの。
カフェに入る時に、お母様とぶつかっていた女性の髪が目を惹く桃色の髪だったから、もしかしてヒロインかしらとガン見してしまったけど、顔が見えなかったから確証は持てなかったわ。
まあ、実際に顔を見たところでヒロインかどうかの判別がつくのか少し自信はないけれど。
お父様とお母様ならどれだけの人混みであろうと一瞬で見つけられる自信はあるけどね!!
なにせ推しですから!!
とにかく、今日は美味しいケーキを食べて、着色の参考になりそうな塗りが素晴らしい絵本を何冊か買ってもらって、それからそれから画材店にも連れて行ってもらった。
水彩絵具に上質な筆、ペンのインクに上質な紙などなど。こんなに買ってもらっていいのかしらと思うぐらい買ってもらってしまった。
屋敷に帰ったら早速試してみないと! ケーキを頬張って目をキラキラさせていたお父様とお母様はそれはもう可愛さの権化だったから、記憶が新しいうちに記録しておかないとね!
その後に連れて行ってもらった噴水広場も素敵だったわ! 特に手を取り寄り添い合う二人がね!!
水滴がキラキラして幻想的だったわ……思わず拝んでしまったわよね。クロエにも見せたかったわ。
先日のお茶会のお礼の手紙もパラパラと届いていて、その中にはぜひまた新作イラストを見せて欲しいといった類のものもあったから、王都にいる間にもう一度オフ会……もとい、お茶会を開きたいものね。
夜会まであと三日しかないから、そっちの準備もしなきゃだし、忙しくなるわ!
――なんて意気込んでいた私は、この日の夕食時に衝撃を受けることとなる。
「い、今、何とおっしゃいましたか?」
思わず手に持っていたフォークとスプーンを両手からこぼれ落としながら、私は震える声でお父様に聞き返した。幼児っぽく話す余裕もなかったわ。
フォークとスプーンは床に落ちる前に素早くクロエがキャッチしてことなきを得ていた。クロエの動きが俊敏すぎるわ。ウォルも近くに控えていたので、クロエが間に合わなくても風を起こして拾ってくれたと思う。どちらも優秀すぎる。
って、ついつい現実逃避で別のことを考えちゃったわ!
それより、本題よ、本題。
「フィーは、やかいにいけないのですか……?」
「そう、ね……ごめんなさい。説明が遅くなっちゃったわね」
話の流れで、王城に行くのが楽しみだと述べたところ、お父様とお母様は悲しげな表情をして顔を見合わせ、代表してお父様が教えてくれたのだ。「デビュタントを迎えるまでは、原則子供が夜会に参加することはできない」と。
いやいやいやいや、聞いてないんですけどっ!!!
今回開催される夜会は物語の分岐点!!!
ヒロインと、ヒーローであるお父様の出会いの場でもあるのよ!?
お母様が参加する時点で原作からルートが外れていると信じたいけど、原作の強制力が働く可能性もあるし、ヒロインが転生者という可能性も捨てきれない。
だからこそ、原作の展開を知る私が同席して、怪しい女が近づいてこないか警戒しなくちゃと気合を入れていたというのに……参加不可、ですと?
燃え尽きたわ……戦う前から、真っ白に……
サラサラサラ……と灰になって散っていく音が聞こえる(もちろんそんな気がするだけ)。
「ええっと、私もクロヴィス様も長居をするつもりはないから、極力早く戻ってくるわね? それまでクロエとウォルと一緒にお留守番していてくれる?」
「うりゅう……」
私は目に涙をいっぱいに溜めてクロエとウォルに視線を向ける。
クロエは眉を下げながらも、慰めるように静かに頷いている。ウォルも私の悲しい気持ちを感じ取っているのか、いつもブンブン元気に振っている尻尾を丸めて耳もぺたんとしてしまっている。
ん? ウォル?
ちょっと待って。ウォルは精霊よね。
確か、精霊の勉強をしているときに本で見たわ。風の精霊は光の屈折を利用して、対象物を見えなくすることができるって。精霊のいたずら一覧に書かれていたような……
ウォルの力を使えば、見つからずに夜会に忍び込むことができるんじゃない?
そう、会場内は難しくても、会場とつながる中庭に入り込むぐらいはいけちゃうんじゃない?
双眼鏡を持参すれば、角度によるでしょうけど会場の様子を監視することだってできるかもしれない。
ヒロインのミランダがお父様に接近しようとしたら、ウォルに突風を起こしてもらって注意を逸せば……うん、いけるわ! 私にできうる最大限の妨害ね。
夜会について行けないと分かった時は終わったと思ったけど、どうにかなりそうね……
涙目から一転、悪い顔をしてしまいそうになり、慌てて俯く。夜会に行けなくて悲しんでいると思われるように。
私の思惑通り、お父様とお母様が私の両脇から慰めの言葉をかけてくれる。
優しい。パパママだいちゅき。
二人の優しさを享受しつつ、悪戯を目論む悪い子でごめんなさい。二人の、いいえ、私たち家族の幸せを守るためなの。
とにかくこの場は渋々納得した体でやり過ごそう。
――それよりも一番の問題は、クロエをどうやって説得するか、ね。
◇◇◇
「クロエ、私は行くわ」
「ダメです」
私が寝泊まりしている部屋に着くや否や、私は正直に悪巧みの内容を打ち明けた。
留守番中、クロエは片時も私から離れないでしょうし、クロエの目を盗んで屋敷を抜け出すことはきっと不可能だから、包みかくさず打ち明けるのが最適だと判断したのだ
けれど、クロエは私の計画を聞いた途端、眉間に深い皺を刻んだ。
「お嬢様の身に危険が及ぶかもしれません。許可できません」
「そこを何とか!」
「不可です」
くっ、クロエったら強情ね!
「じゃあ、クロエも一緒に着いてきてよ」
「いけませ……はい?」
半ば投げやりに提案すると、クロエも虚をつかれたように目を瞬いた。
あれ? 思いつきで言ってみたけど、案外いい考えかもしれないわね!
「そうよ! クロエが一緒に来てくれたら百人力よ。ねえ~、お父様に近づく羽虫を追い払いたいだけなの! せっかくお父様とお母様の夫婦仲も良好で幸せ家族街道まっしぐらなのに、変な虫がついてギクシャクしたら嫌でしょう? そう、これは推し活の延長なのよ! 推しに降りかかる未曾有の危機を追い払うのよ! お願い! 協力して!」
「………………」
両手を胸の前で組んで捲し立てるように訴える。響いて、クロエのオタク心に。お願い!
「…………そもそも、ウォルにお嬢様が考えるような力はあるのでしょうか?」
お? 脈あり?
私はクロエの疑問を一つ一つ潰すべく、ソファでお腹を出して寝転んでいるウォルに飛びついた。
「ウォルッ」
「よしよし、ウォルは今日もいい子ね。ねえ、ウォルって風の精霊なんでしょう? 私、本で読んだんだけど、風の流れに手を加えることで、光を屈折させて見えないようにすることができるって、本当なの?」
私をお腹に乗せて、「ハッハッ」と舌を出すウォルに問いかけると、ウォルは「クゥ?」と首を傾げて何やら考える素振りを見せた。そしてむくりと身体を起こすと、「アオーン!」と遠吠えをして足元に風を巻き起こした。
「わっ!」
咄嗟に目を閉じ、開いた時にはウォルの姿は消えていた。
「えっ! ウォル? どこにいったの?」
慌ててキョロキョロと辺りを見回すけれど、ウォルを視界に捉えることができない。そして今度はそよ風が吹き、ゆらりと空気が揺らいだ場所からウォルが姿を現した。
「ウォルッ! すごいわ! これで見つからずに侵入できるわ!」
どうだ! とクロエを振り返ると、クロエは気まずそうに視線を逸らした。
そして、何か考え込んだ様子で顎に手を当ててから再び口を開いた。
「で、では、百歩譲ってウォルの力で姿をくらませるとしましょう。ですが、王城の敷地内にはどうやって侵入するおつもりで? 正面からの侵入は、いくら姿が見えないとはいえ難しいかと思います」
「それは大丈夫よ! ウォルに乗って空から侵入するわ!」
「ウォルッ」
「ええっ!? ですが、ウォルの大きさだと、お嬢様を背に乗せるので精一杯かと思いますが」
確かに、ウォルは初めて会った時より一回り大きくは育っているが、私だけならまだしも、クロエを乗せるには心許ないだろう。
うーん、一難去ってまた一難か? と頭を悩ませていると、ウォルはブルブルブルブルッと激しく首を振り始めた。そして、みるみるうちに身体が大きくなっていく。
「え、ええっ!?」
クロエだけでなく、私も思わず驚いて声を上げてしまう。
ウォルはいつもの子供狼サイズから一変、立派な馬ほどの大きさに早変わりした。
どう? どう? と随分と大きくなってしまった鼻先を擦り寄せてくる。
もしかすると、このサイズが本来の大きさだったりして?
「ええっと、とにかく、これでクロエも背中に乗れるわね……」
「アオーーーーン!」
呆然とウォルを見上げていると、ウォルは得意げに遠吠えをした。尻尾ブンブンが激しすぎて飛ばされそうだわ。
ともかく、半ば強引に押し切る形で、私とクロエ、そしてウォルで夜会に潜入することが決まった。
やるわ。やってやるわ! 待ってなさいよ、ミランダ!




