ドラマ感想:風薫る
ネタバレいたしまする<(_ _)>
先週金曜日、りんがナースになるといい、それに対峙する母が問う。
「いい嫁ぎ先があると言ってもか」
それでもナースになると言うりんに
「学費はどうするのか」
と聞く。りんが人に借りてかき集めるというと、
「恥を知りなさい。恥を」
ここで痺れた……偶然この前、使えないけれど、使いたい言葉としてあげた 恥を知れ 恥を でしたが、武家の奥様の迫力。いたみいりました。いたみいりましたの使い方間違っているけど、まぁいい。この現在の女性と明治時代にまだ残るお武家の女性の違いを描くシナリオも、演じてくれる女優さんも感謝です。りんのお母様は、藩主の一族から家老の家へ嫁いだお姫様。元姫の母となった後の迫力、痺れました。このくらい箔のある方なら、使ってもいいのだな、このセリフ。
ちなみに、ナースになるといったりんに再嫁先が見つかったと言ったのは、ひっかけであった。そして、学費はとっくに大事な形見の帯を売って準備していたお母さん。武士はくわねど高楊枝。きちっと用意していた。
こういう大人になった娘をギャフンと叱る母の姿が好きである。その後ろに愛情を感じる時であるが。
それで、自分の母を思い出したのだ。
ちょっとまた脇道から入るが、同級生で早くに結婚した人たちの中で、離婚して実家に子供と一緒にでもどる人が結構いるのだ。我が田舎の話である。可愛い子供がいて、その子を実の父母が見てくれて、それで自分は心置きなく働ける時、それは不幸な結婚よりどれだけ幸せか。
離婚してない結婚と出戻り婚の価値の差があまりないというか、シームレスにつながっているような錯覚すらおぼえる昨今である。実の父母も可愛い娘と孫と同居できるなら、ついつい甘い顔をしてしまうこともあるだろう。
私は昨今の出戻り婚を批判するつもりはない。言いたいのは、昔に比べて離婚がしやすくなりました。それで、我慢すべきでない結婚は離婚してしまえばよろしい。
しかし、結婚なんて所詮、逃げ場がないから我慢できるような側面もある。その敷居が低ければ、それだけ別れる人も増えるだろう。敷居は昔ほど高い必要はないが低すぎるのもいかんというのが自論である。
そんな中で母は、わりかし古風で、現代の結婚と離婚がバリアフリーでつながっていそうな時代に、なかなかに敷居は高かった。
国際結婚には寛容だった。アカデミックで先進的というか、慣習に捉われない明るさを見せた。ところがである。我が母に対する解は、古風でも今風でも全くなかった。母は策士である。
結婚という入り口を今風で飾り、母は離婚という出口を、戦国武士もこれほどかというような戦術で閉ざした。
簡単に言えば、出戻りを厳禁にしたのだ。それも、言葉に出して出戻り現金と言ったのではない。里帰り出産する私から、滞在中のお金を取ったのだ。
結婚する前までこの家の娘でした。好きな時に帰って好きなように過ごした実家が、ある日突然、ホテルになった。宿泊費が必要なのだ。
父は、昔っから娘が大好きで、私が子供を連れて出戻ると言ったら、ホイホイ喜んだだろう。私が出戻りになる確率は、当時高かった。その時、母は父を味方と思わず、孤軍奮闘して、一芝居打ったのだ。
あの厳しさは生涯忘れないだろう。なんせ当時、自分は無職だった。後、幸運なことに紹介で安定した仕事が見つかったが、我が子を孕んでいるときは、無職であり、未来の職の当てもなく、潤沢に貯金があるわけでもなかった。その娘から宿泊費を取ったのだから。
厳しさと甘さはどちらも諸刃の剣である。母のこの時振るった剣は、彼女の子育ての中で振るってきたものの中で、きっと上位に食い込む一太刀だったはずだ。下手したら私を潰してた。しかし、結果としては、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、離婚せずに今までやってきた。これからしないとは言わないが、今までしなかったことに後悔はない。
お母さんがあの時厳しくしなかったら、お父さんはめちゃめちゃ甘い人だし、私は離婚して日本に子供連れて帰っていたかも。いろんなことが嫌になってメソメソしてる時、「でも、お母さんが許してくれないしな」というのは確かに最後の砦だった。
今では、多少のことは乗り越えて、そして、戦友のような気持ちで、おばあちゃん(姑)と主人といる(舅は亡くなっております)。
はっきりいって、一人では無理だった。逃げ出したい私を支えたものは二つある。私から宿泊費を取った実母の厳しさと、逆に母親(私)を支え続けた我が子の純粋な愛情である。私の顔色を読み、右に左に臨機応変に動き回っては、私を支えてくれたのは我が子だ。優しい子に育った。
厳しさといったが、結局は中途半端ではない本物の愛情だと私は解釈してる。そして、自分も母親としてだんだん歳を取るにつれ、
あの時のお母さん、かっこよかったな
と時々思い出す。娘をよく知っている母は、深く考えずに結婚した後、必ず離婚しようとするだろうと予想していたのだろう。結婚に反対はしないが、出口はきっちり縛る。
我が母は、態度や言葉は無愛想な人で、一見冷たい人なのかと見えるのだが、実はとても愛情深い、情の深い人なのである。苦労するとわかっている結婚に娘を送り出すのは、辛かったろうと思う。
でも、反対しなかった。一言も反対しなかったのである。
あの頃の親に対する感謝は、時が経てばたつほどにだんだん深まってくる。今の私があるのは、お母さんと我が息子のおかげである。
汪海妹
2026.04.30




