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(更新25)


【ガンズ】


「よし、行くか」


俺達二つのパーティーは合流して十二階層を探索する事になった。


安全地帯の部屋から出ると、階層の姿が以前のものと若干違う。


等間隔で太い柱が立ち並ぶ。その柱は仄かに光を放っている。


ここまでは以前と変わらない。


変わったのは柱と柱の間に二メートル程の壁があちこちに出来ている。


見ている内に壁のいくつかが床に下がっていき、無かった場所から壁がせり上がっていく。


「なんだこりゃ?」


「…迷路って程じゃあないんだが、結構視界が遮られるし、長いこと居ると方向感覚がな」


先に探索をしていたテレンスが、階層の説明をする。


「これ、下手すると退避部屋を蓋する時もありそうですね」


エドの言う通り、後ろにある退避部屋を壁が塞ぐ可能性がある。


いつ壁が下がって通り抜け出来るのかは不明だ。壁の上がり下がりに法則性は無さそうだ。


退避部屋を塞がれたら最悪丸一日使えない事も有り得る。


…まぁ、俺達全員が転移護符を持っているから、逃げるだけなら問題無いが。


それでは先に進まない。


「他に部屋も無いから野営も出来無いですねザップ殿」


「囲まれてる場所がいっぺんに開けた場所に早変わりってか?」


「…よく見なさいよ、壁は精々二メートル。吸盤を持つ『サイフォン』なら楽に越えて来るわ、野営なんて無理よドラス」


俺達は前後左右、更に天井までを警戒しながら進む。


「…おっと!」


一番前を歩いているザップが後ろに飛びさすると、目の前から壁がせり出してきた。


壁の動きは速く無い。


しかし周囲を警戒しつつ進む俺達にとって、せり出し始めた壁を跨いで通る余裕は無かった。


下手に跨げば後続と分断される。


「…進路変更するしかねぇな」


「これだよザップ、さっきもどれだけうろついた事か…」


テレンス達も苦い顔だ。


暫くの間うろついていると、宝箱を発見した。


「あ?…糞っ!」


宝箱を目前にして壁が音を立ててせり上がり、行く手を遮った。


「ザップ殿?私が…」


「駄目だドラス!…我慢するしかねぇ」


ドラスなら壁を乗り越えて宝箱を開けられるだろう。


しかしそれではドラス独り孤立する。


ザップは苛立たしげに頭を掻きむしりながら宝箱を断念した。




────────


「さすがに頭に来る」


ノラがむっつりと呟いた。


全員が苛ついていた。特に斥候のザップとドラス、弓手のノラには辛い。


視線が遮られるという事は射線も同様だ。


「…時々、叔父様は私達冒険者に『掃除』をさせたいのか『実験』の被験者と考えているのか疑問に思うわ」


最初の頃、ザップは『ダンジョンに沸き過ぎた魔物の掃除』が冒険者の仕事みたいなものだと言った。


俺はヴィーシャに答えた。


「恐らく、十階層までは『掃除』なんだ。十一階層からは違う。この階層は『サイフォン』用に仕上げられている」


手足に吸盤があるという事は、『サイフォン』には地形の不利が無い。少なくともこの階層では。


逆に『サイフォン』とやり合うには、この階層は俺達にとって非常に不利だ。


「……待て…シッ!」


ザップが耳を澄ます。


………キュッ……キュッ…


「…来たぞ!」


俺達の前方、人に似た影が近付いて来る。


人に無理矢理似せたその姿は、茶色い革を蛇腹状にシワを寄せた様で、首から腰までくびれの無い筒だ。


手足も同様で、肘や膝が有るのか微妙だ。有る様に見せ掛けているのかもしれない。


手の先端部は剣で輪切りにした様な吸盤になっている。そこだけ桃色がかっていた。足の裏も多分同じだろう。


そして頭。ヒューマンの倍くらい有って、頭頂部から朱い舌の先が見える。


…と、舌がずるりと伸びた。


伸びると同時に頭が細く萎む…舌が納まっているだけの頭なのか?


ゆっくりと近付いて来るにつけ、それの姿がはっきりと見えた。


やはり目の類いは無い。


俺は奴の身体中に針金の様な毛がポツポツ生えているのを見た。


「…ッ!」


ノラの弓がしなり、風切り音を立てて矢が駆った。


……くにゃり。


なんともいえない動きで矢をかわす。


ノラが二の矢、三の矢を続けざまに放つ。


…くにゃり…くねっ…


「ノラ止めろ、無駄だ。前衛!行くぞ!」


俺を先頭にエドと東門メンバーが走る。


同時に『サイフォン』も走って来た。


ビュルルルル…!


朱い舌が異様に伸びて俺を狙う。


舌を掴もうとすると逆に俺の腕に絡み付いた。


チャリチャリチャリッ!


籠手から金属を擦り合わせる様な摩擦音が起った。


舌の周りに付いた吸盤が音を立てていた。吸盤の中にある細かい牙が鋸を牽く様に俺の籠手を擦る。


籠手に力を入れ舌を引き抜こうとすると更に伸びる。


思わずたたらを踏む。その隙に間合いを詰める『サイフォン』


バチッ!


籠手に魔力を込めて、掴んだ舌に雷撃を流し込む。


一瞬で『サイフォン』は舌を戻した。


籠手に細かい傷が残っていた。


「っぉおお!」


東門メンバーの一人が剣を振りかざす。


…ッキイィィン!


『サイフォン』の手の吸盤から長い爪が一本飛び出し、剣と撃ち合う。


「たあぁ!」


反対側からエドの斬撃。それをあの奇妙な動きでかわす。


その動きを追って俺の右手が首根っこを掴んだ。


蛇腹状の襞のせいで指が滑る。


構わず左腕を胴体に抉り込み、雷撃を最大限でぶち込んだ。


『サイフォン』はガクガクと痙攣して床に倒れた…


「っ!?うわあぁ!」


後ろから叫ぶ声!


振り向けば四~五匹の『サイフォン』が仲間を襲っている。


「糞っ天井から!」


ザップの声に急いで合流する。


「ヴィーシャ!雷撃だ!」


俺の叫びに応える様に、ヴィーシャの指先から紫の光が空中に鉤裂きを作る。


前衛役が応戦するなか、ノラが野営用の油壺を投げつけ、精霊の炎を点けた。


油まみれの『サイフォン』が炎に焼かれのたうち回る。


雷撃を喰らったり、炎に焼かれた『サイフォン』は前衛が楽に仕止める。


しかし、それ以外は剣がかすりもしない。くねくねと身体をかわす。


やがて形勢不利とみたのか『サイフォン』達は撤退した。


「…助かったか」


「俺達も一時撤退だ、また回復しないと」


避難部屋に戻る事になった。


俺は倒した『サイフォン』を担ぎ上げた。俺が最初に倒した奴を含めて三匹。


「…よぅヴィーシャ、アレで弱い部類ってんなら、デーモンってのはどんだけだよ?」




────────


なんとか避難部屋へ戻り、各々回復や野営の支度を始める。


「…ガンズ、毒があるはずよ?食べられないわよ?」


俺が『サイフォン』の死骸にナイフを当てようとすると、ヴィーシャが注意した。


「いや、食べるんじゃない。解体して調べるのさ。ヴィーシャも見ててくれ」


『サイフォン』の身体はナイフが入り難かった。


シワを伸ばすと倍以上に伸びる。掴み難い訳だ。


頭を切り開くと脳味噌らしきものが無い。舌を仕舞うだけの部分だけだ。舌は空洞で喉に直結している。


舌の吸盤から吸い取った血をそのまま腹へ流し込む造りだ。


胴体も単純。外見通りコイツは管だ。血液が流れる一本の管。


管の内側に網になっている部分が幾つもある。


「この網、何だと思う?」


「…血液から魔力を濾しとる器官かしらね」


腕の中を開いてみようとした。


針金みたいな体毛の一つに偶然触る。


ビクリッ


そこを中心に身体が震えた。


…もう一度触る。


ビクリッ


…今度は息を吹き掛ける。


ビクリッ


「そうか…剣や矢が当たらないはずだ」


この毛で空気の流れを感じていたのだ。


目の代わりだ。


「…ならガンズ、雷撃や炎は有効だわ」


そうだ。


雷撃の速さにはさすがに反応しきれない。


炎で体毛を燃やされたら周囲を感知出来無い。


それが『サイフォン』の弱点か。


「…腕の中身を見てみよう」


全てを調べてみるべきだ。まだ弱点を断言するべきではない。


腕の中身は一本の爪と細かい骨の集まり。


爪は吸盤の中央の孔から出てくる。剣と撃ち合える硬さだ。


細かい骨は腕のものと云うより背骨に近い造り。ただし関節が伸びる。


伸びたり縮んだりされると間合いがおかしくなるな、気を付けてもらおう。


足の造りも全く同じだ。


壁に張り付かれたら変なところから攻撃をくらうだろう。


最後に焼けた皮と無傷の皮とを切り比べる。


焼けた皮は硬くはなるが、逆に切り易い。衝撃を吸収出来無くなるのだ。


よし。


「皆、聞いてくれ。『サイフォン』の弱点が解った」




────────


あれから街に戻り体制を整える事になった。


クラウスの店で油壺と松明を買い込み、東門メンバーと合流して十二階層へ。


「この戦いで『サイフォン』が俺達冒険者に手出し出来無い様にする。迂闊に襲ってきたらしっぺ返しを食らうって事を教育してやろう」


戦いは一方的になった。


俺に向けて飛んできた舌をわざと籠手に巻きつかせ、持っていた油壺を舌に叩き付けた。


舌の吸盤に開いた口が反射的に油を吸い込む。


それを確認した俺は籠手に魔力を込める。


雷撃が火花を散らした。


吸い込んだ油が勢い良く燃え上がり、『サイフォン』の身体を内側から焼いていく。


『サイフォン』の身体の中は密閉されていない筒だ。腹の奥まで油まみれになった『サイフォン』がうねうねとくねりながら焼けていく。


「ほらよ!」


一人が油壺を『サイフォン』に投げる。


『サイフォン』は体毛でこちらの動きに反応する。速い動きには避け、遅い動きには…


ガチャンッ!


ゆっくり放られた油壺を『サイフォン』が伸ばした爪で弾き飛ばそうとした。


油壺は元々使い捨ての陶器製、爪にぶつかった油壺が割れれば…


「松明だ!」


降り掛かる油を身体中に浴びた『サイフォン』は、体毛まで濡れて気流を感知出来無くなり、簡単に松明を押し付けられる。


のたうち回る『サイフォン』にテレンスが剣でとどめを差して回る。


ラースとドラスがブレスを吐いて『サイフォン』の体毛を焼いていく。体毛が焦げてしまえばこちらから攻撃し放題だ。


「よし、油壺が切れる前に戻るぞ」


ごく短時間の間に、襲ってきた『サイフォン』は死骸の山に変わった。



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