(更新13)
【ヴィーシャ】
チビもとい陛下によるドーラン子爵夫人及びドレスデン男爵配下の一斉検挙は…結果から言えば失敗した。
ドーラン子爵邸、ドレスデン男爵邸、そして貧民街それぞれに押し寄せた骸骨兵団。
その内、貧民街での検挙はザップの幼馴染みの女性、スキンの手引きによってドレスデン配下の人狩や違法な奴隷商人のほとんどを取り押さえる事に成功した。
また、ドーラン子爵領から拐かされ精神魔法を掛けられていた領民達の保護にも成功した。
そしてドーラン子爵邸では子爵夫人を取り押さえた。
…だけどそこまで。
肝心のドレスデン男爵はすでに逃亡していた。
おそらく既に配下から連絡があったのだろう。
慌てて逃げたのだろう、男爵邸は荒れはてていて、書類帳簿の類いは暖炉で燃やされていたらしい。
目撃者の話では男爵邸から複数の馬車が出て、それぞれ別の方向へ走り去ったという。
男爵の行方はこれで判らなくなった。郊外へ出たのか王都内に潜んでいるのか…
「ドーラン子爵夫人、領地の民を拐かし、あまつさえ精神魔法で操りたる罪、自国民を奴隷として売り払う罪、覚悟は出来ているであろうな?」
「これは陛下。私も領民が拐かされていた事、悲しくまた恐ろしく思いますわ」
「…自分は関係が無いとでも申すか?」
「私の様な世事に疎い者が奴隷商と商取引など出来ませんわ」
「面白いな、夫人。ではドレスデン男爵との関係は?」
「夫を亡くし心細かった私を支えて下さいましたわ、心優しい方と思っておりましたのに、まさか私の領民を拐かす為に近付いてきたとは恐ろしい事です」
「そなたにはその夫であるドーラン子爵殺害の嫌疑もある。それも含め、これからの尋問は厳しいものとなろう…期待するがよい」
後で聞いた話によれば、その日の夜牢獄から…
ヴェラ・ドーランは姿を消した。
王宮では厩番や牢番の様な下役人はビーストマンが割り当てられている。
それがいけなかった。
二人の牢番が毒に倒れ、ヴェラ・ドーランの行方は杳として知れない。
「忌々しい!まさに『毒夫人』だな!」
陛下が怒るのも無理はない、あれで臣下・国民には情が厚い。牢番を殺されるとは思いもしなかったのだから余計に。
…これで首謀者に二人とも逃げられた訳だ。
「牢番を骸骨兵にできなかった訳?」
「囚人の体調を看たり自害しない様見張る、そういう細やかさは骸骨兵には出来ぬよ、従姉上」
【ガンズ】
俺が大捕物があった事を聞かされたのは子爵夫人とやらが逃げ出した後だった。
「チビの奴、牢番が殺された事で落ち込んでたわ、態度には出さないけど」
一気呵成に事を起こし、大量の検挙者を挙げた事はさすがに陛下。出来物と評されるだけはある。
しかしドレスデン男爵の情報網とドーラン子爵夫人の冷酷さの方が上をいった訳だ。
「それでヴィーシャ、陛下は次の手を打っているのか?」
「今のところ王都内に潜伏していないか探してるみたいね。後は郊外にも捜索は出してるけど」
「今はそれが手一杯という事だな」
知的種族の中には鼻の利く種族もいる。
だが、臭いから辿る方法は残念ながら無駄だ。逃げた二人ともその程度はおさえていて臭跡を消しているだろう。
「見付けるのは困難だな、はっきり言って絶望的だ。そいつらが何か仕出かさず、隠れる事に専念したらお手上げだろう」
逆に云えば、何か仕出かす時が尻尾を出す時でもある。
そう言ってやるとヴィーシャは渋い顔をした。
「面倒事がまたあるって訳ね…ねぇ、二人が何もしなかったら?」
「何も起きない。つまり何らかの被害は出ない」
「…その方がいいのかもね」
だが、そんな事はおそらく無いだろう。
陛下の法に触れてまで私腹を肥やす真似をした連中が大人しくするとは思えなかった。
「よ、お二人さん」
ザップがエドとドラスを連れてやって来た。
「次の探索だがな…やっとだぜ!」
「…何が?」
「何がって、決まってるだろ、十二階層だよ!」
「さっきダンジョンの入口に立て札があったんですよガンズさん」
エドが言うには十二階層の改築が完了したと書いてあったそうだ。
男爵と子爵夫人の事は気になるが、俺達に直接関係がある訳でもない。こちらの方が本分だ。
しかし改築?
「改築ってどういう事だ?」
「さあな、そこは解らねぇよ」
「合成生物をうまく造れないって叔父様が言っていたわ、考えが煮詰まってるって」
あぁ、それは悪い事をしたな。
元はと云えば俺が公爵様に合成生物を造るならああしろこうしろと注文を付けてしまったせいだ。
それで公爵様は合成生物より先に階層を手直ししたのかもしれない。
────────
十階層の階段を降り十一階層の扉へ向かう。
今回俺達はいつもの面子に加え、東門のパーティーと合同だ。
「十二階層がどう変わってるか解らねぇからな、面子は多いに越した事は無ぇ」
ダンジョンに入る前にザップが言った言葉だ。
ちなみにミルズ他の新人は連れて来ていない、最奥を探索するのだから当然だが。
東門のパーティーはヒューマン五人、ドラゴニュート二人の七人。その内斥候が一人で魔法使いのいない、肉弾戦型の構成だ。
ダンジョンに潜る魔法使いは少ないと聞く、居ても研究の合間に実戦練習の為参加するのが多いらしい。
ほぼ毎回探索に来るヴィーシャの方が珍しい様だ。
東門パーティーは普段七~八階層で稼いでいるという。十一階層探索は今回が初めてだそうだ。
「いやいや、十階層越えはあんたらのパーティーくらいだよ?」
「皆さん十階層の先には行かないんですか?」
「割に合わないからな、ダンジョンに滞在する時間が長くなるだろ?携帯食料なんかの持ち込みがかさばるし」
エドと東門のリーダーが話をしているのを俺は聞くともなしに聞いていた。
「うちではいつも魔物を解体して料理してますよ。美味しかったでしょう?」
「あぁ旨かった。料理するのは俺達も考えたさ、生憎皆料理の才能がからっきしでな…料理人雇う訳にもいかないだろ」
笑い話にしているが、長時間探索をするつもりなら料理を覚えていて損は無い。
今度ミルズ達に教えてやるか…
「さ、十一階層の扉だぜ。ここは毎度景色が変わるが基本一本道だ、川もあるから水の補給も出来るからな」
ザップが東門パーティーに説明しながら扉を開ける。
扉の向こう側は森、最初に訪れた時の『森林』だった。
「おぅ懐かしい…なんだこりゃ?」
ザップが見付けたのは道の脇に立てられた立て札。
「…なになに『十一階層到達者の方は呼鈴を鳴らして下さい』……嫌な予感しかしねぇ」
「叔父様の字ね」
「あの御方は妙にマメだな…仕方無い」
鳴らすぞ?とノラが呼鈴を振った。
呼鈴の音が響いた直後…
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
耳鳴りがする程に大気が音を立て、天井の疑似太陽を隠す黒雲が立ち込める。
ピシャアァ…!
稲光が黒雲を照らすと何処からか笑い声が響き渡る。
「フッ、フハハハハッ!ゥワッハッハッハッハッ…アーハッハッハッハッ!」
俺達の目の前に禍々しい障気が集まっていく…
武器を取り身構える東門パーティーの面々。
それに対して…
ゲッソリした顔のザップ。
笑いを堪えるエド。
目を細めて怒り気味のドラス。
自分は関係無いと横を向くノラ。
そして頭を抱えるヴィーシャ。
…やがて障気が凝り固まり豪華な法衣に身を包んだ半透明の骸骨が姿を現した。
「よくぞ此処まで辿り着いた!貴様達を強者と認めよう!」
「…何遊んでるんですの叔父様?」
「ダンジョンの支配者たる我が……ん?おやヴィーシャじゃないか?おぉ、ガンズ君も!」
…名前を呼ばないでほしかった。ヴィーシャが頭を抱えた気持ちがよく解る。
「誰だ?」
「公爵様ですよ」
東門のリーダーとエドがひそひそと話す。
「ガンズってあのオーガの事だよな?」
「あぁガンズさんは公爵様と仲がいいですから」
やめてくれ…
「…叔父様、ふざけてないで説明して下さい。何か理由があってここに来たのでしょ?」
「いやふざけていた訳ではないよヴィーシャ。なにしろ十階層を越えるパーティーは皆無と言っていい状態だからね、十一階層に着いたパーティーに労いの言葉をかけるのはダンジョンの支配者として当然だろ?となれば普通の格好でてくてく歩いてきて『やあお疲れ様』なんて対応は頑張った人達に失礼というものだ、そうじゃないか?シチュエーションは大事だよ、だから雰囲気を出す為に黒雲を」
「叔父様長いです、そしてそんな事を訊いている訳ではありませんわ」
「ここからがいいところなのに」
公爵様は話し足りないらしい。
ヴィーシャ以外誰も口を開かない。下手に口出しして巻き込まれるのは御免だ。
「…まさか労いの言葉を言う為だけに来たのでは無いでしょ叔父様」
「はぁ~、ヴィーシャはいつまで経っても趣味的な愉しみに理解が及ばないなぁ、心に余裕が無い証拠…」
「…帰りましょうか皆様」
「待ちたまえ、本題に入るから」
言うなり公爵様は指を鳴らす。すると森の中から一頭の獣が現れた。
見た事の無い獣だった。
身体つきは雪虎に似て体格があり、しなやかな足運びで近付いて来た。
雪虎も発達しているがそれ以上に発達した顎を持ち、首の太さからも顎の破壊力が感じられる。
体毛は黒茶けて暗い緑の縞が入っている。
雪虎の亜種なのだろうか?
「見たまえガンズ君!遂に出来たのだよ、君の注文通りの合成生物だ」
これが合成生物?
普通、合成生物と言ったら二つ以上の生き物を組み合わせた姿をしているのでは?
目の前の獣は縞模様が暗緑色の体毛という、ちょっと不自然な部分がある以外極めて自然な姿だ。
「公爵様、これは本当に合成生物ですか?」
「うん、よく考えたんだが色んな生物をただ組み合わせても強くなるどころか逆に動きが悪くなるからね、自然なデザインを心掛けたんだよ」
「叔父様?この獣が本題ですの?」
「そう!君達にはこれと戦って貰いたい。この階層に五十頭放してあるから倒してほしい」
「ご、五十?」
「あぁ大丈夫だよ、数はいるけど頭は空っぽだから本能的な行動しかしない。これの頭に戦闘の仕方を覚えさせる為に戦って貰いたいんだ」
公爵様の話では、獣の頭の中は全て繋がっていて、戦闘の経験が蓄積されるのだとか。
つまり戦えば戦う程に強くなるのか?
「そうだね、でも本当に強いと感じられる様になるには時間がかかるだろう。それに頭の中身が出来たらダンジョンから出して軍に回すから」
完成した後は戦えなくなるのか…それはちょっと寂しいな。
「君達には訓練をしてもらいたい訳だよ」
「それで叔父様?私達に何のメリットが?」
「メリット?…あぁちゃんと報酬は用意してあるとも。まずこれを一頭倒す毎に金貨三枚、それからこの十一階層の手前に繋がる簡易転移陣をそれぞれ皆にあげるよ」
簡易転移陣は懐に入る位の金属板に刻まれた物だった。
これでダンジョンの出入口前と十一階層を往き来する事が出来る。
ここまで辿り着くのに数日かかるのだから、これはありがたい。
「それで叔父様、参考までに訊きますけど、この獣には何という名前を付けたのかしら?」
「名前?」
公爵様は骸骨頭を獣とヴィーシャに交互に向けて首を捻った。
「ヴィーシャ?これはペットじゃないんだから、名前なんて付けなくてもいいだろ?」
「個体の名前ではありません!種族としての名前を付けたのかと訊いているんです!」
魔法談義以外ではろくに話が噛み合わないなこの二人は。
「…あぁ、そっち?…まだ付けてなかったよ。そうだなぁ……いやそれはどうでもいいだろヴィーシャ!」
考える素振りをするも、はっとしてヴィーシャに文句を言う公爵様。
「では皆、頑張って退治してくれたまえ」
────────
俺達は二手に分かれて獲物を探した。
一団となっていては襲ってこないだろう。いくら本能で動くだけだとしても、そこまで愚かではないはずだ。という考えからだが、実際にはどちらのパーティーが多く獲物を狩れるかの勝負になっていた。
しかし、二手に別れたのは悪手だった。
「…さっきより動きが良くなったと思わないか?」
俺の問いにエドが頷く。
「確実に。これで四頭目ですが、こちらの攻撃をかわす様になりましたね。多分向こうのパーティーも同じくらい仕留めているとすれば、十頭近い経験を残り全ての獣達が共有してる事になります」
「て事はこれからどんどん強くなっていくんじゃねぇか?」
ザップがしかめ面でぼやいたその時。
「あっ!」
灌木の陰からノラに向かって跳び掛かる獣。
俺は反射的に腕を振り上げ獣を弾き飛ばした。
「ギャンッ!」
地面に落ちながらも体勢を戻して着地すると、獣は森の中に消える。
「参ったな、本当に頭が良くなってる」
獣の消えた先を見ながらエドが呻いた。
「見ましたかガンズさん、奇襲してきましたよ」
「それだけじゃない。弓兵のノラを真っ先に狙った。確かあっちにも弓兵は居たな?」
ザップの指示でヴィーシャとノラはまだ攻撃をしていない。早い段階から遠距離攻撃に対応されると厄介だという理由だ。
東門パーティーは既に弓を使ったらしい。弓が危険な物と認識して潰しに来たのだ。
奇襲。
弓兵潰し。
そして即時撤退。
「状況判断が出来る様になった。次は群れる事を覚えるぞ」
パーティーを分けたのは失敗だった、奴等は二つのパーティーを相手にする事で二倍の早さで経験を得ている。




