似ているようで、似ていなくて、少しだけ似ている
アゲインスト、渾身。
当社比、約二倍の文章量。
二人のぶつかり合いを書くのに、私は五千字近くを要した。
だからこそ、読んでほしい。
転換期となる、この二十一話を
そしてどうか、評価、ブクマをよろしく
家族の話をしよう。
例えやなんかを取っ払った、リティア=ラインホードという女性を取り巻く家族の話を。
父のことを。
姉のことを。
そして、母のことを。
俺の知っている範囲で、考えられる限界で、思い付ける最大で。
俺は、家族の話を、君にしよう。
そして願わくば、聞かせてほしいことがある。
全部聞き終えてからでいい、ゆっくり考えてくれればいい。
最後に君から聞くために、まずは俺から話をしよう。
先程までの二人から、楽しげだった雰囲気は消えている。
あえて例えるならこのテーブルに置いてある、冷めてしまった鉄板皿みたいな感じだ。
暖かみが、消失してしまっていた。
「…誤魔化し続けては、くれないんだな」
彼女は、リティア=ラインホードは両手で体を抱き締めるように、固く固く、心を閉ざしていくのを分からせるように、いつもの自分で蓋をしていく。
愛を求めて孤独になった、一人の少女になっていく。
「…すぐに壊れる幻想をいつまでも維持できるほど、できた男じゃないんだ、俺は」
俺は、リーズ・ナブルはテーブルの上で指を組み、体勢を作り上げていく。話を始めるために、自分の領域を造り上げていく。
一人孤独に傷つく彼女に、手を差し出さんとする愚か者になっていく。
「話をしよう。君の家族の話をしよう」
「…無理だ。話をしたって変わらない。変わらないんだよ」
「聞いてくれ。君の目の前にいるこの俺の、どうか話を聞いてほしい」
「父は…私を…愛してはくれない!!」
「それは君の頭の中の、誰ともしれないどこかの他人だ。それは君の父親じゃない。君の父親は現実にしかいない」
「だからどうした!! 頭の中だろうとそうでなかろうと、父が私を愛してはくれないことは事実なんだ!! 現実なんだよ!!!」
「事実は真実ではない。現実は事実ではない。ならば現実もまた、真実とは言えない」
「何が言いたい!! それのどこに正しさがある!! 私は知っている!! 父が愛しているのは母の面影のある姉だけだ!! 私ではないんだ!!!」
「煙に巻くつもりはない。俺は本当のことを言っている。もう一度言う、君の現実が真実とは限らない」
「本当だ!! 本当なのだ…父が私を見るときの目と、姉を見るときの目は全く違う!!」
「では聞こう、どう違う?」
「愛がある!! 姉を見る目には愛がある!!」
「では愛とはなんだ」
「かけがえのないものだ。何よりも大切にしたいと願う心の底からの感情だ!」
「ではなぜ、君は信じない―――母親の愛を」
「え…」
彼女の話を聞く内に、なんとなくだが抱いていたものが、ここにきて形になってくれた。
彼女の求める愛は、ひたすらに父親からのものだった。だが、そこには欠けているものがある。
そう、母親の愛だ。
「そんな…そんなもの!」
「すでに居なくなった人の愛など、存在しないと君はいうか」
「どこに感じろというのだ! そうだその通りだ! 故人の愛など、私にどうやって感じろと、確かめろと言うのだ!!」
激情を顕にし、そんなものはないと否定する彼女の顔は大きく歪み、聞き入れることなどないと主張する。
そんな彼女に指を向け、俺は確信をもってこう告げた。
「証拠は君だ。君自身だ」
真っ直ぐと、逸らすことなく突きつける。
「わ…たし?」
疑問だろう。故人の愛の証明に、何よりも自分自身をあげられるのは。茹で上がった頭では、それがどういうことなのか理解できないだろうから、俺は話を続ける。
「君は言ったな。愛とはかけがえのないものだと。何よりも大切にしたいと願うことだと。
だが足りない。
それだけでは愛を説明しきれていない」
俺は服の前をはだけさせ、胸のある部分を彼女に見せた。
「それは…」
「刺し傷だ。自分でやった」
「なん…!?」
胸の左側、心臓のある位置から若干ずれたところにできた傷跡は、自分でナイフを突き刺してできたものだ。
「俺の母は病気で死んだ。だが実際は俺が殺している」
「……」
どうやら聞く気になったようだな。それならこのまま話を続けさしてもらおうか。
「病気で意識もほとんどなく、幼かった俺が母に最後にしてやれることは限られていた。薬など買えず、父が親父が残していったナイフも二束三文の廉価品。
考えた末にたどり着いたのが、母を殺し自分も死ぬことだった。俺は浅く息を繰り返すだけの母に向かって、何度も謝りながらせめて苦しまないように、一撃で心臓を突き刺した。
あの感触は今もこの手に残っている。
込み上げる罪悪感から逃れるために、俺は躊躇なく自分も突き刺した。痛みと憔悴で意識は飛んでいき、このまま死んでいった両親の元へと行けるかと考えていたとき、倒れ込んだ俺の手を握る誰かがいた。
そして目を覚ましたとき、俺は母に手を握られているのに気がついたのさ。胸に刺さっていたはずのナイフが抜け落ち、俺の血で汚れ胸に傷が残っていたことからこれが夢じゃないことはすぐにわかった。
でもな、母は死んでいた。
それもまた現実だった。
死に体であったはずの母は、最後の最後に俺の命を救ったんだよ」
俺は母を弱い人だといったことがある。
だがこれは、人としては弱い部分が目立つということを言っていた。
人として弱かった母は、母として誰よりも強かった。
そうでなければ、こんなことはできない。
「俺は信じている。これが愛だと。母親の持つ愛の力だと!
君の愛に足りないものだ、レティア=ラインホード。
君のいう愛には、覚悟が足りない!!
だからこそ、見誤っている。母親の愛というものを。
自分の子供のために命を掛けて守り通す覚悟が、君の母親になかったわけがない!
愛されていたから、君はこの世に生を受けたのだ!
自分の死と引き換えに、君の母親は、君の命を救ったんだ!!
その愛を、君が否定することを、俺は絶対に許しはしない!!!」
これは意地だ。
なんの妥当性もない、俺の我が儘だ。
でも、俺にはこれを譲ることはできない。
「そしてその覚悟を、君の家族が知らないわけがない!!
すれ違いはあっただろうさ。まだ幼い君に本当のことを言えばどうなるかなんて分かりきったことだ。
真実を告げることが、愛した娘の未来を壊さないか。
面影はあっても、代わりになれないことが。
支えきれない主人のことを思えば。
そして、一番愛していたであろう母親の覚悟に応えきれないことが、どれだけ苦しいのか。
君は、一度でも考えたことはあるかい?」
ここまでだ。
ここまで言って駄目ならば、もうこれ以上の言葉は尽くせない。
俺ができるのは、これぐらいのことだ。
どこまでいっても他人なのだ。他人の言葉はただそれだけで聞き入れない理由になる。
さあ、どうなんだリティア。
君の心は、どうしたいんだ?
君の本当の気持ちを聞かせてくれなければ、俺はこれ以上動けない。
「…私は」
掠れたような声で、弱々しく呟く彼女。
先程までの激情が嘘のように消えている。
「……私は…どうすればいい?」
体を抱えていた手はほどかれて、両手で隠すようにして顔を覆ってしまっている。
でもそれは、求めているのだ。
その両手を取ってくれる相手が来てくれることを。
一人ではまだ無理なのだ。聞く勇気がないのだ。真実を知れば、今までのすべてが壊れてしまうから。
だから、誰かにともにいてほしいのだ。支えてくれる誰かが。
「…レティア」
「…リーズ……」
俺は席を立ち上がり、彼女のそばに近づいて膝をつく。
「改めて、聞きたいことがある」
まだ手をどけられない彼女に向かって、質問をする。それに反応してくれないが、構わずに俺は続ける。
「俺と君。いったいどんな間柄と言えるだろうか」
「私と…お前」
「そう、俺と君。この数日でかなり変化したと思う。
最初はお互いに嫌なやつだったろうさ。
でもさ。
共に戦った。
共に飯を食べた。
共に過去を知り合った。
ついさっき喧嘩もしたな。
最初の頃から、俺たちかなり進んだと思わないか?」
俺は平民だ。貴族のこいつとは立場が違う。
でも、そんなこと関係ない関係というのは、ありがたいことに存在している。
「聞きにいくのが怖いか?」
「…怖い」
「真実が君の思った通りだったときが怖いか?」
「…怖い!」
「一歩先の未来が怖いか?」
「…怖い! 私はとても怖い!!」
じゃあ、決まりだな。
「レティア=ラインホード。俺を見ろ」
しっかりとした声で、泣き出しそうなこの少女と顔を合わせようとする。俺は踏ん切りのつかない様子の彼女の手を無理矢理に振りほどき、その顔をこちらに向かせる。
「レティア、俺を見ろ」
「…リーズ」
不安そうに揺れる瞳には、まだ決意が宿ってはいない。それでも真っ直ぐ彼女を見続ければ、やがてしっかりと俺の方へと目を向ける。
「レティア。いいか?
俺たちは今まで共に戦い、共に食事をし、共に過去を語り合った。これはある特別な関係になるのに必須なことで、俺たちは気づかずにそれをほとんど達成してしまっている」
「特別な、関係?」
「そうだ」
俺は頭から手を離し、今度は彼女の両手を包み込むようにして、さらに言葉を重ねていく。
「それはな、家族の次に強い絆で結ばれてるんだ。
それはな、自分が辛いときや苦しいとき、勇気を出さなきゃいけないとき、必ずそばにいてやるんだ。
それはな、遠くに離れていたって絶対に助けにくるんだ。
でもこいつには、なるのに条件がいる」
「それは…?」
俺は笑みを浮かべて、その疑問に答えてやる。
「一緒に戦うこと。
一緒に飯を食べること。
過去の話をすること。
喧嘩をすること。
そして、仲直りすること」
一つごとに指を曲げ、掌を合わせ彼女の指の間に入れていく。そしてがっしりと四本の指が手を掴んだら、残った親指を示し。
「俺たちはこの最後の条件をクリアしてない。どうだ、仲直りしたいか? 始めに言っとくと、俺はしたい」
「わ、わたしは…」
この期に及んでまだ躊躇うか。いいだろう、恥ずかしいがこちらから言ってやろうじゃないか。
深呼吸をして、俺は大事な台詞を口にする。
「レティア=ラインホードさん。俺と仲直りして、どうか友達になってください」
そんな俺の告白に、彼女ははっとして驚愕を示す。俺の瞳に映る彼女の顔は、ありえないことを言われてビックリしているということが分かり易いくらいに出てしまっている。
「と、友達…?」
「ああそうだ。友達はすごいぜ。赤の他人だっていうのに、友達の為ならそいつの家族とだって戦えるんだ」
「お前も?」
「勿論そうさ。友達ってそういうものだろ?」
そう返した俺の台詞に、リティアは頬を桃より赤く染めていく。瞳は潤んでいき、今にも滴が落ちそうだ。
「さあどうする? 仲直りして、俺と友達になってくれるか? ちなみに友達と言えるやつがいなくてな。あんたが第一号の資格を得られるビックチャンスだ」
まあ、もうそんなこと聞かなくてもいいのはわかっているけどさ。
「私は怖い。まだまだ全然怖いんだ。本当のことを知ったとき、どうなってしまうのかわからなくて怖いんだ」
「友達は、支えるよ」
「怖いから、踏み出せないんだ。一歩先すら踏み出せないんだ」
「友達は、一緒にいるよ」
「聞きたくないことを、聞かなくちゃいけないことが怖いんだ」
「俺があんたを守るから」
もう一度、強く手を握った。俺の返事はそれだけだ。
「…参ったな。断る理由が見つからない。全部お前に取られてしまった」
「じゃあ、どうするんだ?」
諦めたというより、踏ん切りがついたというのが相応しい表情で、彼女は手を握り返してくる。
俺と同じく指四本。最後の親指が、俺の指に擦れて踊る。
「リーズ・ナブル。私と仲直りして、どうか友達になってくれないだろうか」
「もちろん、よろこんで」
貴族の少女との邂逅の道半ば、こうして俺たちは身分なんてお構い無しに、性別なんて考慮せず、とても強い絆で結ばれた友達になったのである。
友情の証の五本指は、固く二人の間で結ばれていた。俺たちはしばらくそのまま手を結び合い、お互いの感触を確かめ合うのっだった。
読了ありがとうございました
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