レティア=ラインホードの独白
不規則更新第十話
どうもアゲインストと申します
令嬢騎士が語るのは
そんなお話でございます
私は公爵家次女、レティア=ラインホード。
私の生涯は、その立場から考えればそこまで華やかなものではなかった。
もしそうであれば、私は騎士になどなっていなかっただろう。
私の始まりは劣等感からだった。
私の姉である『プリシア=ラインホード』は母の面影を濃くもって産まれた。
大変美しかったという母にベタ惚れだったという父はとにもかくにも姉を甘やかした。
姉はその愛情を受けてのびのびと育った。穏やかな人柄であったのが幸いだろう。私たちの仲は悪いものではなかったと思う。
でも、それが辛かった。
私にはない愛情で笑う、その顔が。
「―――なにをやっている! 早く立て!!」
高位の魔物を相手に、私は任せられた部隊とは違う者たちを率いてこの森に来ていた。
あの平民を呼び立てようとしたときに、たまたま耳に飛び込んできたこの魔物の出現の報せ。
好機であった。
前の失態を消すに相応しい、そう考えて手勢がないことをどうするか、という問題が頭をよぎる。
「陣形を維持しろ!! 簡単に崩されるな!!」
あの平民兵士のせいで傷ついた部下たちは現在治療を受けている。
今すぐに出陣とはいかない。
そこではっと思い付いたのだ。あの男の部隊を連れていこうと。
すぐに行動に移してそこにいた支援部隊の者たちを、本当はしたくはなかったが、家の威光を利用して連れていくことができた。何故かあの男はいなかったことが心残りだが、そうもいっていられない。
「なんとしてでも倒すのだ!」
私には一刻もはやく、功績をあげねばならないのだ。
私が産まれたとき、代わりに母が死んだ。
父も複雑な心境だったのだろう。
愛した女性の残した娘。しかし、私はそこまで母に似なかった。
似ている姉。似ていない妹。
愛するならば、あるほうを選ぶのは必然だった。
冷遇されていたわけではないにしても、父の態度から伝わる距離感は私の心に重圧を掛けるものだった。
当然それは使用人たちにも伝わる。どことなくよそよそしい、あまり関わりたくない、というのは嫌というほどわかった。
美しい姉と違い、唯一母より受け継いだ髪の色以外はそこいらの村娘と変わらない私は、次女ということもあり貴族として恥ずかしくない最低限の教育以外はわりと自由だった。
まるで体裁だけは整えよう、というような扱いにそれでも私は全力だった。せめて誇れるような娘になろうと。
姉とは同じ道を歩めないことは分かりきっていたので騎士になろうと剣術を学んだ。
鍛練に身を浸す毎日は存外私にあっており、頭の中の悪い感情を一時的にでも払拭できることから私はこれに没頭した。
それがどう父の目に写ったのかはわからないが、私は姉の婚約と同時に正式な騎士となり、新設とはいえ部隊を任せられるほどになった。
認められたと思った。
だから、応えたいと強く思った。
もっともっと、私は父に、みんなに認めてほしい。
そのためなら、私はどんなことでもするつもりだった。
「…そう、決めた…はずなの、に」
あっという間だった。
高位の魔物との戦闘で、言葉通りに蹴散らされた。
私たちを三人は重ねた高さから、その魔物はこちらを見下ろしている。
鱗のようなものが全身を包み、太い脚に前衛は幾度となく吹き飛ばされ。鋭い牙が固いはずの鉄の大盾を容易く噛み裂いた。
戦いの興奮か、息は荒くはあったが疲労した様子は微塵も感じられない。金に光る眼光は鋭く、捕食者としての威をこれでもかと辺りに撒き散らしている。
「…いてぇ」
「きっつ…」
「やべぇよやべぇよ…」
支援部隊といいつつも、それなりに戦えていたこいつらも体のいたるところに傷を負い、満身創痍のありさまだった。
よく戦ったと、密かにだが思う。
正直お粗末な戦い方だったが、それでも一人として死んでいない。お互いをカバーしあって最悪の展開を意地でも回避する。戦うなかで見えたこいつらの行動は、非常にこなれていた。
しかし、結果はこの通りだ。
「…死んだな、こりゃ」
部隊の誰かの呟きが、呻き声の中なぜだかはっきりと聞こえた。
(…そう、なんだろう…な)
同調したわけではないが、それでもこれからのことを考えればそれも当然かと思った。
私たちはここで死ぬ。
これは確実に訪れるだろう、疑いようのない未来だ。
「…こんなところで」
絶望というやつではない。今私の胸の中は悔しさで一杯だった。
こいつは、この魔物は、そんな私の思いなぞ関係ないとばかりにこの身を蹂躙するだろう。
私たちは弱者で、あいつは強者だから。
理由など、それで十分なのだから。
「―――GUROOOOO!!!!」
魔物が雄叫びをあげた。
自らに逆らった愚かな奴らの地に這いつくばる姿を存分に堪能し、いよいよその命を散らそうというのだろう。
それがわかったのか、立ち上がろうとしていた支援部隊の者たちの体を支えようとする力が抜けていくのが見える。
完全に、詰み。というやつだった。
それでも。
それでも最後に。
「…愛されたかった」
願いをいうことくらいは、許されてもいいだろう?
胸の前で手を組んで、せめてみっともない死に方はしないようにと覚悟をする私の背後から、この期に及んでなにかが動く気配がする。
それは弱々しく緩やかな動き。それでもこの倒れ伏す者しかいない戦場で、なんとそれは立ち上がって私の前に歩いて出てきたのだ。
「…お前は…?」
「だいじょぶっすよ」
どうみても大丈夫などとは呼べない格好であるくせに、そんなことをいう男。片目を頭から流れる血で塞がれていながら、残った瞳にはまったくといっていいほど暗さがない。
それはこんなところでしていい目の色ではなかった。
「大丈夫です」
確信があるように、そう繰り返す男の言葉は先程よりも強かった。
「あの人が言ったんだ、絶対に来るって」
あの人の正体が誰かなど、私には分からない。
それでも、信じていた。この男は信じていた。
「だったら俺たちは、ここで」
もう折れてしまって役に立たない剣を強く握り、そいつはさらに一歩踏み出した。何かに背中を押されて、踏み出した一歩に見えるその前進。
それが鼻についたのか、魔物は明らかにこの男に目標を定めているのがわかり、私は咄嗟に庇おうとして。
「―――終わらないんだ。そうでしょ
先輩」
その光景を、なんと捉えていいのか。
迫る魔物の豪腕が、しかし、それを越える速度で飛来した物体に顔を強打され、予想外の衝撃で軌道がねじ曲がる。
そればかりか勢いのあまり、その巨体を横転させるほどであった。
巻き上がる粉塵に目を庇う。
風が止んだとき、目の前にはそれまでいなかった人影が増えていた。
「……死者無し。こいつ相手になら妥当な結果だろう。よくやってくれたハナセ。後は任せろ」
リーズ・ナブル。
あの平民兵士が、コートを翻して堂々とそこに立っていた。
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