臆病な龍の少女09
「―――さ、ついたよ」
馴れない馬車に乗せられて何時間くらいだろうか。実際太陽の位置からして、そんなに時間は立っていないのだろうが、私からしたら随分時間がたったように思えた。
ガラガラと馬車の振動で身体がどうにかなってしまいそうだ。お尻も痛い。肩もメルツハーツがずっと触れていたので変な感じだ。
「さあ、入って」
メルツハーツは私の手を取り馬車から降ろしてくれる。その行為には甘えよう。
「―――これ、家、なの」
ふと空を見ようと上を見上げると高い塀が立ち並んでいた。
鉄でできた黒く鋭利な塀は侵入者を拒むように。その向こうには多くの花に囲まれる白い高級そうなテーブルとガラス張りの鳥かごのようなもの。
昔、風龍王だったか、お土産に持ってきてくれた人間が作った童話のような家だった。
「どうしたんだい?」
私が呆然としているとメルツハーツはさっさと入るように促す。
恐る恐る敷地に足を踏み入れる。
硬くよく手入れされている地面。
その先に大きな扉が待ち構えている。分厚い木の扉は塗装されており、細やかな装飾をされている。扉だけでもいくらするのか。
そして内側から人の手によって開かれる。重々しい音に不快感はない。両脇には高そうな服を纏う執事が二人。
そしてその奥には大きな階段があり、その階段から細長い赤い派手な絨毯が入口にまで伸びてきている。
その両脇に数えるのも億劫な使用人たちが絨毯を挟むように向かい合いずっと頭を下げている。
「出迎えご苦労」
これが出迎えなのか。ドラゴンには出迎えという習慣はない。あっても一匹や二匹が迎えに来る程度だ。
「おかえりなさいませ、ディザイア様」
一人が挨拶をするとそのあとに続き使用人たちも声を揃えてメルツハーツに挨拶をする。
練習してきたのかその声にズレはなくとても奇麗にそろっている。
「爺」
「ここに」
メルツハーツが誰かを呼ぶと、後ろに控えていた一人の老人執事が彼の横に姿を現す。
「客人だ。僕の部屋に先に案内していてくれ。くれぐれも失礼のないように」
「かしこまりました」
執事は一礼すると私に、自分の後についてくるように促す。
―――
今日はよく晴れた日だと思う。大きなガラス張りの窓からは太陽の光が差し込み、この屋敷を照らしている。
少し眩しすぎるため外の景色が見えない。というか、ここは部屋も窓も多すぎる。
この執事の人の後ろをついてこなければ私でなければすぐに迷子になるだろう。
「―――」
私的にはありがたいのだがここまで一言も会話がない。ただ無言で。そのまま時が過ぎていく。
ディザイアの部屋はいつになったら到着するのだろう。
「こちらへ」
執事の人は突然喋ったかと思うと見るからに怪しげな階段を下るように促す。
「え―――、あの、ここ降りる、のですか」
光が差すことがない地下への入口、所々、蝋燭に火が灯されているおかげで若干明るいが、それでも不気味な雰囲気を隠せない。
「―――あの、ここ、本当に、メルツハーツ、様の、部屋でしょうか」
そうは見えない。もう少し日当たりがいいとか、景色が奇麗な部屋とかあるだろう。仮にも次期当主が住まう部屋ではないような気が―――
「きゃっ」
私が立ち止まっていると後ろから強い衝撃が伝わる。―――押されたのか。支える手すりもなく、そのまま階段を転げ落ちていく。
「いったぁー」
幸いお尻を打っただけでかすり傷はなかった。
「あれ、執事、さん?」
いつまでもなんの反応もないのを不安に思い入口を見上げる。
「えっ!ちょっと!」
執事の人は私を無表情に見つめ階段の扉を閉める。というか、扉あったのか。
「―――え」
私は一瞬動いた執事の人の口の動きを見逃さなかった。
「ばけもの」
そう、無情に口を紡いだ。なぜ、そんなことを、知っているのか―――