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臆病な龍の少女10

あれからどれくらいの時間がたったのだろう。そんなに経っていなくもないが、長い時間ここにいる感覚もある。

お昼過ぎた頃だろうか。陽の光が当たらないのでその辺は定かではない。

「―――はあ」

どうしてこうなるんだろう。いや、少しは覚悟をしていたがまさかいきなりこんなことになるなんて思っていなかった。

オロチはいつも言っていた。私は甘すぎると。炎龍帝とは名ばかりじゃないか。

今の自分をいつもより情けなく思う。

「音―――」

そう考えているとこちらに向かってくる一つの足音。

ブーツで地面を踏みしめている音。ゆったりとしていて優雅に、我が物顔でこちらに近づいてくる。

「ディザイア・メルツハーツ―――」

そして、扉が開く。

内側から開かない仕様になっていたのか。私が先ほど開けようとしたときはびくともしなかったのに。

「やあ、先ほどぶりだね。フレイア」

私を見下ろすその瞳は、獲物を見下ろす目。

「先に部屋に入っていてもよかったのに。それとも遠慮していたのかな」

「遠慮も、なにも―――」

確かにこの先に一室部屋があるようだ。それも先ほど調べた。

でも、入るのは危険だと感じ入るのを辞めた。入ろうと思えば入れたし鍵もかけてはいなかった。

「わ、私をどうするつもり!」

必死に彼に問うてみた。

「なにを、だって」

彼はその質問の意味が分からないと言いたげな表情と仕草をみせる。

「こ、こんな、地下に、招いて、わたし―――」

「そのことかい、その節は謝ろう」

彼はそう言いながら階段を下りていく。扉は執事が外側から閉める。この空間はメルツハーツと私二人っきりだ。

「さあ、君の用事は見当がついている。上で話してもよかったんだが、上では話せない用事、なのだろう」

「―――も、もしかして」

私の存在、正体に気づいているのか。

「とりあえず、部屋に入ってくれ。こんなところで話す内容じゃないだろう」

メルツハーツは部屋の扉を開けると私を中に招く。このままじゃらちが明かない。私は恐る恐る異様な室内へと足を踏み入れた。


―――


「さあ、ここに座ってくれ」

高級な家具が立ち並び、床には高級な絨毯が敷いてある。それだけなら普通の高価な物が置いてある煌びやかな部屋だと褒めちぎるだろう。

そう、言える部屋であればどれほどよかったか―――

「―――ドラゴン」

ガラスケースの中にはドラゴンの剥製。壁にはドラゴンの頭蓋骨が数体分ほど飾られている。

繊細な彫刻が施されている食器棚の中は使用用途を間違えて、ドラゴンの臓器がホルマリン漬けにされている。

そして部屋の奥にはオロチの牙が飾られている。

「―――ああ、そんなに怯えないでくれ。決して君を怖がらせるためにしたことではない」

メルツハーツは私に近寄る。細く長い、傷一つない手で私の頬に触れる。

「何故、ドラゴンに、あんな酷い―――」

紡ぎたい言葉が紡げない。ただ、私は必死に彼を否定した。

「あれは、ドラゴンハンターから譲り受けたものだ。僕自身はドラゴンに何もしちゃあいない。だって、僕は無駄な殺生は好まないからね。それよりも―――」

彼の顔が私に近づいてくる。私の瞳を覗き込むように。穴が開かんばかりに私を見つめる。その凶悪な表情に私は彼から顔を逸らせない。

「ドラゴン特有の瞳孔、そして光の反射具合で黄金に輝く瞳。間違いない。君、ドラゴンだろう?それも上位種の龍だ」

「い、いつから」

「それは、初めてあった時からさ。ドラゴンの瞳は光の反射で黄金に輝くからね。ドラゴン愛好家であれば見分けがつくさ」

そんなの初めて知った。自分の瞳の色なんて気にしていなかった。

「竜は人間の姿は取れるだろうが、完全に人間の形に寄せれるわけじゃない。尻尾であれ体のどこかにドラゴンの名残があるはずだ。君には、それがない。消去法で君は龍種だと思ったのさ。

―――まあ、その美しい瞳は限りなく人間には偽れない様だが、ね」

「―――」

私は、彼に踊らされていたのか。でも私がドラゴンであると知ったのならば話が早い。

「あ、あの。ならば、オロチ―――水龍王の牙を返してもらうことって、できません、か」

「―――なぜ」

「それ、は。愛好家の、あなたなら知っている筈でしょう」

メルツハーツは微笑を浮かべて私から離れた。そしてオロチの牙に近寄り、それを愛でるように触る。

「フレイア。交渉というものはね、相手の条件に見合う条件を提示して初めて成り立つものなんだ」

「わ、私は、交渉じゃなく」

「力尽くって事かい?」

そして彼は私を小馬鹿にするような表情で私を見た。

「びくびくと相手の顔色を窺っている君に?なんの力もなく、権力もなく無鉄砲にその先を考えず乗り込む君に?臆病に誰からも好かれず信頼されない君に?できるのかい」

「で、でも」

彼が言っていることは至極当然だ。龍は人間より力が強い。炎龍帝である私は彼を殺す事なんていくらでもできる。こんなまどろっこしいことをしなくても殺して奪えばいい。

それがドラゴン(わたしたち)のやり方であり生き方だ。

「だが、君はそれができない。どうしてか、教えてやろうか」

「や、やめて―――」

彼は子供に言い聞かせるような優しい声音で言った。

「君はね、怖いのさ。人の口からでる拒絶の言葉を聞くのが。存在を否定されるのが」

「そ、そんなの!わかってる、私は、否定されているの、拒絶されていらないドラゴンだって―――」

「わかってないだろ」

彼は私の両頬をしっかりと抑えて、私の目が逸らされないようにしている。

「いた―――」

「だって、君は生きているじゃないか。無様にも、人もドラゴンも遠ざけて、私は悲劇の主人公です、と言わんばかりに。否定され拒絶され、絶望していると思い込んでいるだけさ。

実際は肯定され愛されているじゃないか。本当にね、なにもかも嫌なら死ねばいいんだ。だが君はそれができない。殺すこともできない」

「―――っと、ごめんね。話が脱線してしまったね。話ってその牙の件だけかい?」

彼はそっと両手を離す。

頬は少しだけ痛んだ。彼はあんな威圧的な気配をしているのか。人間であれば怯んだだろう。

でも、彼が言っていることは正論かもしれない。

彼の言葉に私は何も反論できない。その無力さに涙が溢れ出る。

「ああ、泣かないでくれ。決してフレイアを悲しませたいんじゃないんだ」

「―――」

これで終わっていいのか。このまま、では牙を返してもらえるわけがない。私は穏便にことを済ませたい。でももう、戦うしかないのか。

私はそれができない。考えただけで震えてしまいそうだ。

必死に頭をフル回転させて私は言葉を発する。

「メルツハーツさん、って、ドラゴン愛好家ですよね?」

「ああ、この部屋をごらんのとおり」

「愛好家の定義ってなんですか」

私は彼に問う。この質問は私がもう一歩踏み出す賭けだ。

「ドラゴンの生態を守り、ドラゴンを愛し、ドラゴンを絶滅させない、時にはドラゴンの助けになり、そしてドラゴンに繁栄を」

「じゃあ、メルツハーツさんは愛好家じゃないってことですよね」

「なに」

メルツハーツは顔を歪ませる。不快だと言わんばかりに。

「だってそうじゃないですか。龍の牙って国に提出しなければいけないんですよね。メルツハーツさんは見つからないように管理するつもりですけど、見つかるリスクはありますよね」

「僕の警備体制は万全だ。そんなことを許すはずがない」

「許すはずがない。その傲慢こそなによりの危険です。私以外に誰がこのことを知っていますか」

「―――」

メルツハーツは気づいたようだ。

「人間とは裏切るもの。いつかは綻び、どこからか情報が漏れて牙は王国の手に渡るでしょう。それは強力な龍魔剣を作ってしまう羽目になる。そしてドラゴン滅亡の一歩を辿る」

「く―――」

私は自分の事を棚に上げて言った。その言葉は自らを刺す刃。

「だから、牙を渡してください―――」

私は彼に手を差し出す。牙を返せという合図。でも、この男は

「こ、断る」

「な、なんで」

「なんでと言われても、これは僕が拾った物だ。落とし主が現れない以上、これは僕が管理するしかないだろう」

言葉が出ない。何か、なんとか言葉を絞り出さなければ。でも、なにも出てこない。返してくれると思っていたからこそ、この衝撃は大きい。

「認めよう。僕はドラゴンが大好きだ。そしてそれ以上にドラゴン(物)が大好きだ。レア以上になると僕の血が騒ぐ。高価で貴重で稀少なもの程僕の心は踊るのさ」

その笑みは邪悪。もう、理性なんてものは捨てたかのように。

「それより、僕の素晴らしい話を聞いてくれないかい?断りはしないだろう。だって、僕は君の話を聞いてあげたのだから」

「―――っ」

怖い、この男が。私の勘は当たっていた。私が甘かったのか。話し合い程度で解決できないかと考えたのが間違いだったというの?

「龍って人間の姿になれる。それも人間の身体に限りなく近い状態で、だ。そこで、どうだろう?こんな機会滅多にない。人間とドラゴンの交友の橋を僕らが架けようというのは」

メルツハーツは私を後ろから抱きしめる。私は恐怖で体が動かない。

「い、いやよ。な、んで、あなたとなんか」

「悪くない話だろう?僕は幸い金がある。君一人娶るぐらい造作もないさ。それに君はドラゴンの群れを追われた龍だろう?で、なければドラゴンが人間の町に住まうはずがない」

なぜ、牙を返して欲しいだけなのに。

「それに、僕が人間から守ってあげるよ。君、人間に怯えて暮らしていたんだろう。怯えながら、人間と関わるしかない暮らしから、逃れたくないか?」

甘美な悪魔の囁きが私を支配する。とても魅力的だ。嫌悪するこの男に一瞬でも私の心は揺らいだ。

「は―――」

まて、私は何の為にここに来た?オロチの牙を取り戻すためだ。同時にオロチの所在もまだわかっていない。一歩でも進むと決めたのに、なぜ私は一歩後ろ下がろうとしているのだろう。

私は小心者で臆病者だ。炎龍帝の座から逃げて今に至る。私はそれでいいと思った。でも、私が今ここにいる意味を思い出して。牙を取り戻すのでしょう。

話し合いに応じる人間ではない。じゃあ、ここで逃げて帰る?それでは自体は悪化していく一方だ。そう考えた時、この場所に立っている時点で私にもう逃げ場はないことはわかっているのに。

話し合いに応じなければ?引き下がる?違う。私の目的は牙を取り戻すこと。なら!

「―――て、さい」

「え」

私は上昇する体温を、沸騰しそうな血を抑える。必死に。私は、逃げる、わけにはいかない!

「放してください!」



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