臆病な龍の少女08
暗い森を歩いていく。
歩いていたってなにも案などでてこない。それでもロイがいるであろう自分の住処に今戻る気はない。
―――匂いを辿るか。それは何度もやっているが駄目だ。臭いが牙のしか残っていない。自分の残り香を残す程彼は不要人ではない。
―――では、ドラゴンの姿になって騒ぎを集める。単純に却下。
―――ならば、方法は、一つしかない。
ディザイア・メルツハーツ。自称ドラゴン愛好家で現在オロチの牙を所持している人物。コンタクトを取るほどの間柄でもないが一応は挑戦してみる価値はある。
ただ、私は彼とは顔見知り程度の間柄だ。それに彼の家がどこにあるか知らない―――。
―――駄目じゃないか。
ロイ以外でメルツハーツを知る人物はいないだろうか。
「―――あ」
孤児院。確か彼の家は孤児院を経営していたはず。
彼の家を知らなくとも孤児院に行けばどこに住んでいるか所在が分かるかもしれない。
「―――行ってみるか」
―――
ここに来るのもお祭り以来だ。
大勢の子供の声で賑わいを見せている、この孤児院。子供たちの幸せそうな笑い声や喧嘩している声、泣いている声などは様々だが不満を露わにする声は聞こえてこない。
どうであれここの経営は良好なのは明らかだ。
―――ただ。ここを訪ねたのはいいものの一つ欠点がある。それは
「う―――うぅ……」
駄目だ。いきなり心臓の音が。周りに聞こえるんじゃないかってくらいバクバクと音がなっている。
「こ―――怖い」
口に出してはいけないのに。つい言葉にしてしまう。
いざ、声をかけようとすると口が動かない。声が出ない。
まるで声を失くした人魚のように、私の口はパクパクと魚のように開くだけだ。
一粒、また一粒と頬を伝う冷や汗。
「―――」
まずい、これでは完全な不審者ではないか。誰か、誰か助け―――
「あー!ロイお兄ちゃんのお友達だー!」
その時、少女の声が私に向かって言葉を放った。
ロイという単語に反応してしまう私。恐る恐る後ろに振り返る。
「こんにちわー!」
この子は確かお祭りにいた小さい女の子?
名前は知らないが一緒に遊んだ記憶がある少女だ。
ちゃ……チャンスだ!
「こんにちわ。―――あのね」
―――
それから十分としない内に孤児院の中に入れてもらった。教会の運営も兼ねているらしく従業員は皆、神父服かシスター服を着ている。
髪の毛は一本も垂れることなく中にしまわれている。笑顔も大変すてきなおばさんに相手をしてもらっている。
「今日はどんな御用でしょう」
シスターは私に紅茶を注いでくれる。とても言い香りだが、ハーブの香りが少しキツい。
「―――あの、ですね」
私はメルツハーツについてシスターに聞いてみた。私の様子からしてとても怪しげに見えたのだろう。以前の私ならそれだけで引き下がってしまうが、今回同胞の命が掛かっているのだ。
簡単に引き下がるにはいけなかった。
「―――以前、メルツハーツ様、伯爵に、あ、あの、ドラゴ―――じゃなかった、助けていただいた恩が、ありまして、その件で、お礼を、まだ、いっていなくて―――」
まずい。これでは明らかに不信感が上昇するばかりじゃないか。流石にドラゴンなんて単語は迂闊に出せないし。かといって理由がないのは教えてくれないだろう。
精一杯出した理由だが、果たしてこのシスターは答えてくれないだろうか。まさか、追い出したりなんて―――
「まぁ!そうだったのですね」
「―――はぇ」
間抜けな声が出てしまった。困るのだが、てっきり否定的な態度を取られるかと不安になっていたのだが。
「あ、あの」
「そうですよね。すみません。シスターともあろうものが人を疑うなど」
「―――はい」
疑うのも仕方がないが疑わないのもどうかと思う。
「あなたのお気持ち、十分に伝わりました。確かに、助けていただいておいてお礼を言えなかったとなれば、お礼に伺いたいと思うのが人の心と言うもの」
まって、助けた内容とか聞かないの?というか、なんでそんなノリ気なのか。
「そう、ですよね」
「わかりました。数日後に当院に視察に来られるのでその時に会われてはどうでしょうか」
「―――え」
そう簡単にいくものなのか。
「ただ、メルツハーツ様にご確認頂かないとお約束ができないので3日後、またこちらにお越しくださいますか?」
―――
あれからとんとん拍子に事が進みメルツハーツと会えることになった。
貴族ってこんなに簡単に会えるものなのだろうか。
「すぅ―――はぁー」
一度深呼吸を整える。
先日訪れた孤児院の前。今日は先日より重々しく見える門。
そういえば、あれからロイに会っていない。私から突き放しておいてなんだが、彼がいないで随分と大人しく時は過ぎていく。
まるで一人で暮らし始めたばかりの雰囲気になった。
会話をする相手がいないとこうも環境が変わるものなのか。
彼は初めてあった日から三日に一回は絶対に会いに来るし話もしていた。彼も仕事があるだろうから仕方がないがあんな別れ方をしたのだ。
隠し事がある自分。それを誤魔化す自分に罪悪感を感じないこともない。
「フレイア!」
自分の名を呼ばれ下を向いていた視線を上げるとそこに今、会わなければいけない人物がそこにいた。
「―――メルツハーツ様」
隣には先日対応してくれたシスターが一人後ろに控えていた。
今日は人がいる。私は人間が目上の者に挨拶するような感じで挨拶をする。
「め、メルツハーツ伯爵、今日もご、ご機嫌、麗しゅうございま―――」
「ああ!やめてくれ。そんな挨拶は不要だ。君と僕は友達、だろう?」
メルツハーツは後ろに控えていたシスターに「君はもう下がっていい」と言う。するとシスターはメルツハーツに礼をすると孤児院の中に入っていく。
「君は僕に用があるんだったね。いいよ。僕の家に移動しようか。こんなところで話す用でもないだろう」
「―――」
この男、私の用が何なのか知っている素振りだ。上っ面の笑顔が一瞬獲物を狙う瞳へと変貌するのを私は見逃さなかった。
(なに―――この悪寒)
「じゃあ、行こうか」
メルツハーツは私の肩を掴み抱き寄せる。
私とメルツハーツが密着している。
(き―――気持ち悪い)
メルツハーツは私が逃げないように屋敷に着くまで肩を抱き寄せていた。