臆病な龍の少女06
それからというのは、私の生活は普通の日常へと戻っていった。
オロチは数日後に約束通り顔を出したのだが―――
「え、もう来ない?」
「ああ。これは龍王による決定だ。貴様は貴様で勝手に日々を過ごすがいい」
気持ち悪い。どういう心境の変化があったのだろうか。彼は頑固で人の話を聞かない時がある。正当な意見でも自分が納得できないようならとことん反抗する。
それが彼という存在であり水龍王だ。
「それだけだ。じゃあな」
数日前そんなやり取りがあった。
私自体、もう一悶着あるのかと身構えていたのだがそれもなかった。とてもあっさりとした別れ方だった。
じゃあ、私は責任を逃れられるのだろうか。私は私の牙(龍魔剣)を回収すらしなくてもいいのだろうか。
しかし、そう考えると胸のもやもや感が消えないどころか悪化した。それは、彼が言った通りにドラゴンを見殺しにする行為なのではないのか。
メルツハーツの件といい、私は何とも言えない感情を抱えたまま日々を過ごしていた。
「はあ、もう」
私の日常を壊されないのはとてもいいことだが、来ないと来ないで何かあったのか気になるじゃないか。
そもそも数年しか会っていない。逆を言えば数年もあっていないのだ。
「もう、もうもうもうもうもう」
考えてはいけない。心の不満を声に出すが解消はされない。
「―――ふ、フレイア!」
そんなタイミングを見計らうようにロイの声が聞こえた。
まだ昼間だが、この森は太陽の光など知らないように暗い。
「な、なに」
彼らしくない切羽詰まった声だ。
「め、メルツハーツ様が」
「メルツハーツ―――」
噂をすればなんとやら、だ。
「集会の件?」
「ちがう!」
で、あれば何なのだ。
「こっちまで来ているんだ」
「―――は」
なにいっているんだこいつ。メルツハーツがこんなところまで来るわけないだろう。
この前みたいな催事ならともかく。
「と、とりあえず、僕についてきてくれ!」
―――
森から出るとまっさらな平地に太陽の光。遮蔽物が存在しない。その場所に不釣り合いな男が馬車を背に立っていた。
「フレイア!」
彼は呼んだ。そもそも私と彼はまだ一回しか会っていないというのに。どうしてこんなところまで来たのだろう。
「―――メルツ、ハーツさ、様」
御用というのは、私はそう質問する。
「ごめん、僕も一応は断ったんだが」
彼の立場もわからないことはない。それに私に害があるようなことは彼はしない。その辺には信頼に足る人物だ。
「それよりも!コレをみてくれ!」
メルツハーツは従者に合図を送ると大きな布に覆われた何かを馬車の中から出してきた。
「これは」
「聞いて驚くなよ?」
従者は布を勢いよく取る。
「―――ドラゴン、いや。龍の、牙?」
冷たいオーラを放つ鋭い牙。奇麗にその牙は抜かれているようで牙自体には目立った汚れがない。
「そう!そうだよ!」
「こ、これ、どこで」
人間にはわからないのか、この威圧感を放つこのオーラが。ロイはその牙に威圧されたのか少し震えているようにも見えるのに。
「たまたま通りかかった道にね。落ちていたのだよ!僕が見るにこれは水属性の龍の牙だね。どうしたのだろう!この龍は今どこにいるのだろう」
鼻息を荒くするメルツハーツ。それは少し狂気を感じる。
それよりこの、牙は―――
「―――オロチ」
「なんか言ったかい?」
「い、いえ。なにも」
動揺を隠せない。私にはわかる。これはオロチ、水龍王「セイリュウ」の牙だ。何故オロチの牙をメルツハーツが持っているのだろう。
何故、オロチは牙を?オロチは誰よりも冷酷な王だがドラゴンの不利益になるようなことは絶対にしない。
それどころかそれを諫める側にある。更に人間嫌いなオロチが自分達の牙の重要性をよくわかっているオロチがそんなヘマをするはずがない。
身分を隠している私はそんなことを口が裂けても言えないのだが。それでも、彼の身を案じずにはいられない。
「メルツハーツ様。上級のドラゴン。龍の牙は即刻国に持ち帰り、提出するべきです」
ロイはそう言った。この国では龍魔剣の元になるドラゴンの牙、龍の牙は一旦国に提出して鑑定してもらわなければならない。
それは以前ロイに聞いた法の話で聞いたことがあった。
「―――だ、だめ!」
「ふ、フレイア?」
駄目だ。そんなことしたら、ドラゴンたちが危険な目にあう確率が上がってしまう。
オロチにもしものことがあれば水属性のドラゴンたちはどうなるのだろう。ただでさえ水属性のドラゴンはオロチを慕っているのに。そんな悪報が水属性の龍に知れ渡ってみろ。
ドラゴンも、人間も、大戦争になってしまう。
「何故なんだ、確かにこの牙は珍しいが、提出するのは国民の―――」
「そう!だよ!」
メルツハーツも私の意見に賛同する声を上げる。
「こんな素晴らしい牙を価値もわからないボンクラ共に渡す気は更々ない!この牙は僕が!誠心誠意をもって管理させて頂こう」
「―――ですが」
「くどいぞ!ロイ!僕に意見するのか!それにこれはロイにではなくフレイアに見せたモノ!つまりおまえには発言の権利などない!もし、口外するのであれば、―――殺すぞ」
「―――」
「冗談だよ。そう怖い顔するな」
メルツハーツはロイの肩をポンと優しく叩く。安心させる為ではなく牽制の意味を込めてだろうが。
「同士フレイア!今日の用はこれだけだ!では、また会おう」
そういうと従者にドラゴンの牙を積ませて彼は去っていった。
珍しいモノを見せたがる人間の心理は理解できない。それよりも龍の、オロチの牙とオロチの行方が問題だ。
「―――」
彼は王国に提出しないと言った。それは本当だろうか。―――わからない。でも彼はドラゴン愛好家と言っていた。その言葉に嘘がなければ宝をみすみす手放す行為をするだろうか。
道に落ちていたと言っていたがそれはどこまでが本当なのだろうか。水龍王である彼が死んだとは考えられないがゼロではない。
でも、私なんかがそれを突き止めることによってどういう成果がもたらされるのかもわからないのは事実。
「―――」
イフリートの牙を人間が所持している。そして下手したらセイリュウの牙も人間の手に渡るかもしれない。
まだ、存在はそんなに知られていないだろうが知られたら私たちドラゴンにとっても痛手で、大変なことになる。
ならば、他の龍王に頼るか?駄目だ。それは最終手段だ。私が直接手を下す?それはもっと嫌だ。私がそうしたら―――
「フレイア!」
「っ」
「さっきから何度も呼びかけているのに」
「ご、ごめん、なさい」
私は考え事のせいでロイの声が聞こえていなかったようだ。私の様子がおかしいことにロイは気づいた。
「どうしたんだ。この間から様子がおかしいぞ」
「わ、わたし、そんなにおかしい?」
もし、もしだが。もし私の正体がロイにバレたらロイはどうするだろうか。
私を恨む?殺す?恐怖する?出てくるのはマイナスばかり。でも人間ってそういうものでしょう。
「―――ねぇ、ロイ」
「なんだ」
私はそんな好奇心で彼に聞いてみた。
「もし、私が、ドラゴンだったら、あなたは、どうする」
「―――」
彼は目を見開いた。それは動揺の表情だろうか。決していい顔ではないのはわかった。
「―――それは、どういう」
「ううん。なんでもない。冗談よ」
いくら彼が優しい人間だからって恐怖を感じないわけではない。優しいからこそ感じる恐怖が人一倍なのかもしれない。
「―――」
「へんなこと、聞いちゃって、ごめんね」
そんな気まずい空気の中、私は居たくない。風もそんな気まずい空気を乗せて行ってくれない。私はそれ以上この場に居たくなくて。家に戻っていった。
未だにわかる彼の視線は私の問いに恐怖を感じたからなのだろうか。それとも―――