第6話
「はあ〜」と、前日のとてつもない疲れに襲われて、ため息をつく炎は城下町広場の噴水の縁に腰掛けて雲ひとつない青空を眺めていた。
(想像以上に辛いなぁ)と心でつぶやきながら、炎は自分の考えが甘かった事を後悔していた。
雲ひとつなく晴れた空を見ながら炎は、(この空を飛んだらさぞかし気持ちいいだろうなぁ)と現実逃避をしていた。
しかしそんな炎の気持ちにお構いなく、炎を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ここにおられたか炎殿」
現れたのは部下の騎士達を連れたツィトローネだった。
「さあ、炎殿。特訓開始の時間はとっくに過ぎています。早く参りましょう」
筋肉痛に負けて中々立ち上がれない炎は騎士達に立ち上がらせてもらう。
端から見たら連行されているようにしか見えないだろう。
「ツィトローネさん。今日も一日特訓ですか?」
「当たり前でしょう、貴方に負けてもらっては困ります。」
炎の顔を見たツィトローネはとても楽しそうな表情をしている。ツィトローネは炎の目を覗き込んだ。
「それとも……、負けてもいいとおっしゃるのですか?」
「いいえそんなことないですよ。絶対勝ちます」
それを聞いたツィトローネは「では参りましょう」と言って、炎を特訓に連れて行く。
「はあ〜」 炎は今日何度目になるかわからないため息をつくのだった。
ソンピロに決闘を申し込まれて二日しか経っていなかったが、炎の疲労はピークに達していた。
決闘を勝つ為に武術を習うことになった炎は初日から地獄を見た。
講師として現れたのはツィトローネで、初日で炎はみっちりと武術の知識を詰め込まれ、その後は練習用に刃を潰した剣を使ってのツィトローネとの模擬戦。
更に侵略獣の迎撃の為にバーニンガーのシュミレーションも欠かせることは出来ず、丸一日動き続ける事になってしまった。
だがそれ以上に炎にダメージを与えたのは、イーリスだった。
決闘を申し込まれた翌日からイーリスは炎を避けるようになっていた。以前なら時間があれば食事に誘ってくれたのに、炎はここ二日まったくイーリスに会えなかった。
侍女達に聞いても、はぐらかされてしまう始末。
炎には一〇〇パーセント確信があるわけではなかったがなんとなく理由はわかっていた。
(イーリスさんは俺に決闘を受けてもらいたくなかったんだろう。その決闘でもし俺が何かあったら、侵略獣を退けられなくなってしまうからだ)
炎の予想ははっきり言えば外れていた。その答えを知るのはもう少し後になる。
炎達は城下町の大通りを城に向かって歩いていた。ツィトローネが二、三歩離れて先頭を歩き、その後ろに左右を騎士に挟まれた炎が歩いていく。
大通りには様々な店が立ち並び活気にあふれていてとても二週間前に侵略獣が襲ってきたとは考えられないくらいだ。
しかしこの大通りを外れれば、ノルント王国から逃げ延びた人々の居住地があり、今でも避難生活を強いられている。
もちろんエーヴィヒフリーデン王国は避難民をないがしろにせず、避難民達の不満を出来るだけ解消して来ているので、今のところ大きな問題にはなっていない。
しかしノルント王国の復興は今のところ手付かずのままになっていた。
炎は城に向かいながら考える。家族が亡くなり、帰る家がない状況とはどんなものかを、炎にはとても想像出来なかったし、 したくなかった。
自分の家が破壊されてなくなり、父、母、妹の日向と死に別れる。ちょっと考えただけでも寒気がしてくる。
炎は(だからこそ俺がこの世界を守るんだ)と、気合を入れて頭の中の暗い考えを振り払っている時であった。「きゃっ」と悲鳴が聞こえると同時に炎の体に誰かがぶつかった。
ツィトローネと騎士達はその時三人とも炎の前にいて、大通りに面したお店の屋台から出てきたひとりの少女に気づかなかった。
悲鳴が聞こえた時ツィトローネ達は、素早く腰の剣を抜いて炎の方を振り向いた。もしかしたら、炎を狙う刺客が現れたのかと思ったのだが、その予想は外れていた。
「ツィトローネさん大丈夫ですよ。剣をしまって下さい」
炎にそう言われたツィトローネ達は一瞬迷ったが、炎の側に尻餅をついている少女を見て剣を収めた。
少女の側には買い物した直後だったのだろう。
果物や野菜などの食品があたりに散らばっていて、炎が拾い集めていた。
ツィトローネは部下たちに手伝うように促してから、少女の方に近づいていく。
「大丈夫か、怪我はないか?」
ツィトローネに手を貸してもらい少女は立ち上がる。その顔はリンゴのように真っ赤になっていた。
「どこか具合でも悪いか?」
ツィトローネが少女の真っ赤になった顔を心配になったが、少女は「大丈夫です。騎士様」と、両手を振りながら答える。
「そうかそれなら良かった」
ちょうどその時、散らばった商品を集め終わった炎達が戻ってきた。
「はいこれ、全部あると思うけんだ。大丈夫かな」
炎が「ごめん」と言って少女に渡した時、少女の瞳はじっと炎を見ていて、炎もまた少女の顔をじっと見ていた。
最初に口を開いたのは少女の方だった。
「あの、あなたはもしかして勇者様ですか?」
炎は隠すことでもないと思って「ああ、そうだよ」と肯定した。
「やっぱりそうだったんですね。あの時、勇者様に助けていただいて、私達家族みんな助かったんです。本当にありがとうございました」
そう言いながら少女は両手で炎の右手をブンブンと振り回していた。
少女はハッと我に帰ると再び少女の顔が真っ赤になっていく。
「ごめんなさい。私ったら勇者様に失礼なことを」
何度も謝る少女を炎はなだめる。
「いいんだ。俺のやってきた事で君を助けられたのならそれは……勇者として当然の事をしたまでさ」
さすがにまだ自分の事を勇者と言うのは少し恥ずかしかった。
「そうだ。俺の名前は豪快炎。君の名前は?」
「はい私はサンネと言います。炎様」
「サンネか。いい名前だね」
「ありがとうございます。炎様のお名前もとってもかっこいいです」
炎とサンネの会話は弾んでいて、はたから見ると兄妹のようにも見えた。
「炎殿そろそろ……」
ツィトローネにそう耳打ちされて炎は自分にやる事があるのを思い出す。
「ごめんサンネ。俺これから用事があるからそろそろ行くね」
「ごめんなさい炎様。ついつい引き止めてしまって」
「いいんだよ。サンネに会えて良かった」
サンネと別れて城に向かう炎達 。城に向かう途中炎はひとり言のようにつぶやいた。
「彼女……サンネは俺の妹に似ていたんだ。俺がいた世界にいる妹にさ」
サンネは炎の妹、日向によく似ていた。ツィトローネはそれを聞いて、姉のイーリスを思い浮かべる。
兄が妹を大切に思うように、妹も姉を思う気持ちは一緒である。だからこそ炎には勝ってもらわなければならない。
「さあ、今は特訓に集中してください」
「分かってる」
炎とイーリスは城の中庭に到着した。ここでは色々な行事にも使われたり、城で生活する者達にとって憩いの場でもある。
ここで炎は決闘の為の特訓をしていて、その決闘もここで行われる。
炎は昨日の特訓の時にはいなかった人物がいるのに気付いた。
「こちらは王国防衛軍隊長アッシュ将軍です」
ツィトローネが紹介した人物は三十代くらいの男性で、鎧を着ていてもはち切れそうな筋肉のおかげで一八〇センチ程の身長がそれ以上の存在感を放っている。
「やあ勇者殿。俺はアッシュ」
アッシュが差し出した手を掴んで握手する炎。
その力はかなりの物で炎くらいなら片手で振り廻せそうだ
「俺の名前は豪快炎。よろしくアッシュ将軍」
「アッシュでいいぞ。俺も炎と呼んでいいかな?」
「ああ、もちろんだとも」
再びガッチリ握手する二人だった。 それを暑苦しそうな目で見ていたツィトローネが咳払いをする。
「……炎殿、今日からアッシュ将軍に訓練をお願いしてあります」
「あれ、ツィトローネさんは?」
「私も色々と忙しくてなかなか時間が取れません。なのでアッシュ将軍にお願いしてありますが、私も来れる時は来ますので」
「じゃあ私はこれで」と言ってツィトローネは去ってしまう。
「よし炎。早速訓練を始めるか」
ガシッと炎の肩に手を置くアッシュ。その笑顔はとても爽やかだった。
「……お、お願いします」
炎は練習用に刃を潰したロングソードを持つ。ロングソードの重さは約一キロ、全長一メートル、刃渡り九〇センチ程の一般的な物であった。
アッシュも同じ剣を持っているが、まるで子供用の剣を持ってるみたいだった。
「炎、剣の持ち方は覚えたか?」
炎は利き腕を左手を前にしてグリップを握り、右手で柄頭を握る。
「持ち方はそれでよし。次は基本の構えを見してくれ」
炎は教えられた基本の構え四つを実践していく。
壱の構え、剣を頭上に構える。
弐の構え、剣を顔の高さに上げて切っ先を相手の顔に向ける。
参の構え、剣を腰に引きつけて切っ先を相手の顔に向ける。
肆の構え、 剣先を下げて、相手の攻撃を誘う。
壱の構えは攻防に優れ、弐の構えと参の構えは剣を突くのに適した構えで、 肆の構えはカウンターに適した構えで文字通り掛かった相手に死を与える。
他にもあと四つ程あるが取り敢えず基本の四つを覚えることになっていた。
「いいだろう炎。次は実践形式でやろうか」
アッシュは持っている剣を振るう。右手一本で振っただけなのに、強い風圧が炎の顔を叩いた。
アッシュは構えもせず、右手でダラリと剣を持つ。誘われているのはわかっていたが、攻めなければ始まらない。
炎は壱の構えで突っ込み、頭上に構えた剣をアッシュ目掛けて振り下ろす。
アッシュは回避も防御もせず微動だにしないまま、炎の刃の動きを目で追い続ける。
炎の剣はアッシュの頭、数センチ手前で止まった。
「どうした炎。本気で振り下ろせ」
アッシュは炎の腹を柄頭で突く。その一撃は手加減されていたが、炎はよろめいて数歩後退する。
「炎、何を迷っているんだ。そんなんじゃ勝てるものも勝てないぞ!」
「だけどあのまま振り下ろしたら、アッシュさんを怪我させてしまうんじゃないかと思って」
「甘い!」
広場にアッシュの怒号が轟く。
「炎、今は優しさを捨てろ。優しい気持ちは大事だが、時としてそれはお前の足枷になるぞ」
アッシュは左手で炎を指差す
「負けたいなら今すぐ剣を捨てろ。勝ちたいなら俺に打ち込んでこい!」
炎は剣を握り直し。「うわあぁぁぁぁぁ」と雄叫びを上げてアッシュに突っ込んでいくのだった。
「ありがとうございました」
その日の訓練が終わった時、炎の全身はアザ打ち身だらけで心身共に疲れ果てていた。だがその表情は何処か満足気だった。
「では炎、また明日」
アッシュが去るのを見届けた後、炎は仰向けに倒れた。炎が目を覚ましたのは、いつの間にか自分のベッドだった。
二日目、今日も昨日と同じく炎はアッシュに対して剣を振るっていた。しかし炎の攻撃は全て避けられるか防御されていた。
「いいですか炎、防御はただ受け止めるだけではなく打ち払いというのも忘れな」
アッシュは降り下ろされた剣を左に払い炎の頭部に刃を突きつける。
アッシュの剣は炎の剣の鍔に阻まれていた。
「これならどうだ」
炎はさらに攻めて下から切り上げるが、アッシュは上からの切りおろしで防ぎ、鍔迫り合いになる。
アッシュは片手なのに、両手の炎を力で圧倒する。
そのまま押し切られ炎は剣を落としてしまい、顔に切っ先を突きつけられる。
「鍔迫り合いになったら相手の抵抗を感知するのです」
アッシュは炎に振り下ろすように指示する。炎が思いっ切り振り下ろした剣をアッシュも同じように振り下ろして迎え撃ち鍔迫り合いになる。
「この時、硬いか柔らかいかを判断できるようになるのです」
アッシュは炎の剣を押し込む。炎は抵抗むなしく押し込まれてしまう。
「今の状態が柔らかい時。次は俺の剣を押し込んでみろ」
炎は剣を必死に押し込むが、アッシュは岩のごとく動かない。
「今の状態が硬い時です。覚えておいてください」
炎は相手の抵抗の硬い時と柔らかい時の対処法をアッシュに教えてもらった。
「つまり、相手が硬い時は受け流してカウンターをかけて、柔らかい時はそのまま押し込むのがいいって事だね」
「その通り。では、今まで教えた事を活かして俺に打ち込んでこい」
炎の打ち込みは以前に比べたら上達しているがやはりまだアッシュには届かない。
アッシュは炎の隙を見つけて打ち込んでくるが、炎はそれを待っていた。
アッシュの振り下ろしを炎も同じく振り下ろして受け止め鍔迫り合いに持って行く。
アッシュの力は強く炎は押し込まれるが、最初から力では勝てないのをわかっている。
炎は剣を相手の剣から自分の剣を外して反対側に持って行き、そのままアッシュの頭に振り下ろす。
アッシュは避ける為にワザと踏み込んで自分の剣を炎の剣にぶつけた。炎はアッシュの勢いに勝てず地面に尻餅をついた。
「炎、カウンターとはなかなかやるな」
「俺は他の人よりも経験が浅いから、こちらから攻めるより相手の攻撃を受け流してカウンターを狙おうと思って……ダメかな」
アッシュはそれを聞いて頷いた。
「なるほど、では明日はカウンター中心で特訓していきましょう」
「いいの?」
「ええ、今までの炎の剣さばきを見ていて先程のカウンターが一番鋭かったので、それを伸ばしていきましょう」
「分かった。じゃあ明日またよろしく頼むよ」
炎が剣を片付けようとするとアッシュが声をかけてきた。
「そうだ。炎、この後用事はあるか?」
「いや特には無いけど」
「ならば家に招待したいのだが、ウチの女房が世界を救う勇者と話がしてみたいと申してましてな」
別に炎は断る理由もなかったので、承諾してアッシュの家に招かれる事になった。
それにアッシュの奥さんがどんな人かちょっと気になる炎でもあった。
その夜、約束通り、アッシュの案内で炎は家に招待されていた。
アッシュの家は城下町にあり、兵士が住む宿舎とは違い城に近いところの一軒家に夫婦で住んでいた。
「帰ったぞ!」
アッシュが豪快にドアを開け主人の帰宅を告げると、ぱたぱたと柔らかい雰囲気の女性が奥から現れた。
「お帰りなさいあなた。あらそちらは?」
女性がアッシュの後ろにいる炎に気付いた。
「ああ、彼が異世界からやって来た勇者、炎だ。お前も会いたがっていたから家に招待したんだが」
アッシュは振り向いて炎に自分の妻を紹介する。
「彼女はリーベ。俺の女房だ」
リーベは金髪のショートカットで右眼は髪で隠れて見えなかった。
「こんばんは。豪快炎です」
炎がお辞儀をして頭を上げると、 リーベもお辞儀をする。
「今、夕飯の用意しますから、上がって待っていて下さい」
炎は家に上がらせてもらい、居間に通されたのだが、アッシュは「ウチの女房の飯は絶品だぞ」と言い残して鎧を脱ぎに自分の部屋に行ってしまった。
リーベは食事の支度の為に台所に行ってしまたっので、炎はひとり残されてしまった。
居間にひとり残されていると何となく気まずい炎であった。
食事の支度が整い、リーベと鎧を脱ぎ服に着替えたアッシュが居間に揃って炎を含めた三人食卓を囲む。
四人掛けのテーブルにリーベとアッシュが向かい合って座り、アッシュの隣に炎が座る。
出てきた食事はパンとシチューでアッシュは葡萄酒を豪快にリーベも嗜むように飲んでいる。
パンは柔らかく焼き上がり、シチューはビーフシチューに似ていて、肉と野菜が入っていて、特に肉は大きくてとても食べ応えがある。
「どう、炎君美味しい?」
「はいとても美味しいです!」
リーベの作る料理はとても美味しく、炎の口にもとてもよく合う。
炎は、この世界は勝手に地球の中世ヨーロッパと似たような世界と思っていた。
炎が知る知識では中世の食事はこんなに美味しくはなかった。
パンはもっと硬いし、肉も煮込むか焼くかというものだったはずだが、この世界の料理は地球の料理に勝るとも劣らない味で、むしろ炎は好きな味だった。
「そう。お口にあって良かったわ」
「言ったろ、炎。ウチの料理は絶品だって」
アッシュは酔っ払っているのだろう。顔が真っ赤だ。
「こら、アナタ。飲みすぎですよ!」
「ごめんよ〜。隊長許してくれ〜」
アッシュはリーベの事を隊長と呼んでそのままいびきをかいて眠ってしまった。
「あらあらこんなになるまで飲むなんて珍しい。よっぽど楽しかったのね」
リーベは羽織るものを持ってきて寝ているアッシュにかけてあげ、炎と向かい合わせに座る。
「今日はありがとうね炎君。色々大変なのに家に来てくれて」
「いえそんなこと。アッシュさん……さっきリーベさんの事、何で隊長て呼んでたんですか?」
「私ね、この人と一緒になる前は王国防衛軍隊長をやっていたの」
炎は目の前の女性が騎士だったとはとても信じられなかった。
「みんな、今の私を見るとみんなそんな顔するのよね」
リーベはもう慣れているのか、炎の反応に驚かなかった。
「五年前の事よ。私達は、魔族が集結しているという情報を手に入れてそこに向かっていたの」
五年前といえば、流行り病が流行っていた時期だった事を炎は思い出していた。
「でも、向かう途中で魔族に襲撃されてね。何とか撃退したけど、こちらの被害も大きくて」
リーベは髪で隠れている右眼に手を当てる。
「私もその時右眼を負傷してしまったの。私を責める人はいなかったわ。でもみんな腫れ物を扱うかのような態度でね」
リーベはアッシュの方を見て、「軍を去る時に部下だったこの人がね、すごい剣幕で言うのよ。
『隊長。俺と一緒になってくれ』って」
「それはまたすごい強引ですね」
「そうなの。普通だったらあり得ないわよね」
リーベは口に手を当ててクスクスと笑う。
「でもこの人は、本気で私を愛してくれてるわ。だから私はこの人に感謝してる」
それが聞こえているのかいないのか、酔いつぶれたアッシュが、
「リーベ好きだ〜」と大きな声で叫んだ。
「はいはいありがとう。そうだ。私イーリス達とも幼馴染でね」
リーベもお酒が回って来たのであろう。顔が赤くなって、先程より饒舌になって来た。
「炎君聞きたい〜?」
炎は興味があったので続きを聞いてみる事にした。
「宜しい。じゃあ聞かせてあげましょう」
「お願いします」
「イーリスとは小さい頃から仲良くてね。よく遊びすぎて、怒れられてたなぁ」
リーベはイーリス達と遊んだ幼少の頃の思い出を炎に次々と話していく。
「イーリスは昔とても御転婆でね。イタズラばっかりしてたのよ。ツィトローネはイーリスにベッタリだったな……。あ、それは今も変わらないかな」
「確かにツィトローネさんはイーリスさんをすごい大事にしてますもんね」
「そうそう。本当仲の良い姉妹よね……」
リーベは急に黙ってしまった。
「リーベさん?」
「ごめんね。五年前の事を思い出しちゃって、本当にあの時は大変だった。王国中に病が広がって、王様も王妃様も亡くなってしまった」
王と王妃はイーリス姉妹の父と母の事だ。
「私が大怪我を負って意識を取り戻した時には、イーリスはもう王位を継いでいたわ。ツィトローネも研ぎ澄まされた刃みたいに鋭くて、何となく近づけない雰囲気だったの」
リーベが黙ってしまい、その場に沈黙が訪れた。
「ぐぁ〜ご」
その沈黙を破ったのはアッシュのイビキだった。それは怪獣の叫びのようだった。
「ふふ、ごめんね炎君。湿っぽい話になっちゃって」
リーベは目尻の涙を拭う。
「いえ、そんな事ないです。寧ろもっと知りたいくらいです」
居間の暗い雰囲気はアッシュのイビキが完全に破壊してくれたらしく和やかな雰囲気が戻る。
「炎君、ひとつ聞いてもいい?」
「いいですよ」
炎は水を飲んだ。
「イーリスの事、好きでしょ」
「ごくんっゴホゴホ」
口の中の水を吹き出しそうになったがリーベにかかってしまうので、必死に飲み込みこんでむせてしまった。
「ごめんごめん。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。でも何で……」
「……分かったんですか?って言いたいんでしょう」
言おうとした事を取られて炎は無言で頷いた。
「分かるわよ。炎君、夫と同じ目をしてるもの」
「アッシュさんと同じ目ですか」
「そう。あの人が私を見ている目と貴方がイーリスの事を聞いている時の目一緒だもの」
リーベはテーブルに肘をついて顎を手に乗せてニコニコしていた。炎は自分がどんな目をしていたのかは全く分からなかった。
「イーリスさんにも気づかれてますかね?」
「う〜ん、どうだろう。イーリスそういう事には鈍いから、まぁ私も結婚してから分かるようになっだんだけどね」
炎は自分の気持ちを明かそうかどうか迷う。それをリーベは察したのだろう。
「いいわよ。無理に言わなくても、でもその気持ちは本物なんでしょ?」
炎はしっかりと頷いた。
「なら、炎君ひとつお願いしてもいいかな?」
「はいなんでしょう」
リーベの真剣な面持ちに炎は気を引き締める。
「何があっても守ってあげてね」
その一言だけで炎はリーベの言いたい事を理解した。
「任せてください。俺が絶対守ります」
リーベも又、炎のその一言で全て理解した。
「貴方が勇者でよかったわ」
アッシュのイビキもますます冴え渡ってきた頃、リーベはポンと手を叩き、
「それじゃあそろそろお開きにしましょうか。炎君。今日はもう遅いしうちに泊まっていって」
四日目の朝、炎はリーベに勧められて部屋を借りて泊まっていた。
帰る時、見送ってくれたリーベは炎にこう言い残した。
「炎君、ツィトローネの事も守ってあげてね。彼女結構無理してるから」
炎は帰りながら考えていた。(俺がツィトローネさんを守るってどういう事だろう。彼女の方が、はるかに強いのに)そう考えても答えは出なかった。
この日も勿論訓練があったが、前日あんなに酔っていたアッシュは、何事もなかったかのように炎の前に現れ、炎はいつも通り訓練を受けていた。
五日目、決闘まであと二日。
炎の訓練も戦術は決まっているので、今はひたすらソレを成功させるためにアッシュと実戦訓練を繰り返していた。訓練が終わった時、アッシュがこう切り出す。
「炎、明後日はいよいよ決闘です」
「ああ、そうだな」
「明日、最後の訓練は午前中にやります。午後は本番に備えるために身体を休めて頂きます」
「分かった」
アッシュの後ろからツィトローネが現れる。
「炎殿、明日は私も訓練に参加するのでよろしく頼みます」
「では、最後の訓練はツィトローネ殿と実戦訓練をしてみましょう」
アッシュの提案に炎は驚き、ツィトローネは納得したように頷く。
「いいでしょう。炎殿どれだけ上達したか見せてもらいますよ」
「分かった。ツィトローネさん。手加減は無しでお願いします」
ツィトローネは頷くと、そのまま去ってしまった。
炎達が解散し、誰もいない広場の片隅にひとりの女性がいた。
「どうだ。何か掴めたか?」
その女性はツィトローネだった。ツィトローネは誰かと話しているようだが彼女以外に誰も見えない。
だがツィトローネの独り言に返事をする者がいた。
「はい。ソンピロ王は、魔法使いを何人か刺客として送り込んでくるそうです」
「やはりな、正確な人数などは分かっているのか?」
「はい。詳細はツィトローネ様の部屋に届けておきます」
ソンピロは勝つためなら手段を選ばない男だ。
ツィトローネはもしやと思い、スパイである影の者を潜入させソンピロの周辺を探らせていた。
「良くやった。引き続き監視を頼む」
「分かりました」
その一言で影の者は完全に気配を消した。 ツィトローネも何事もなかったかのように自分の部屋に戻って行くのだった。




