表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

2

 アメリカ軍の行動は素早かった。大本営が台湾沖航空戦の戦果誤報を把握した一〇月一七日に、レイテ湾の入り口にあるスルアン島へ上陸を開始したのである。

 今回は誤報ではなく、正真正銘の敵上陸であり、聯合艦隊司令部は直ちに捷一号作戦警戒を発令。シンガポールの南にあるリンガ泊地で待機していた第二艦隊へ、ボルネオ島北部のブルネイへ前進するよう命じる。

 この時、聯合艦隊司令部は第二艦隊(第一遊撃部隊)向けの油槽船タンカーの手配に関して命令を出していなかった。

 これに気付いた機関参謀小林儀作中佐はシンガポール付近で行動中の油槽船を現地に問い合わせたところ、雄鳳丸、八紘丸の二隻がシンガポールに在泊しているとの事だった。小林中佐は機関長寺山栄少将と相談の上で、この両船を第二艦隊への燃料補給に当たらせる命令が、リンガ泊地前進命令の後を追って発信された。


 ブルネイ前進のため準備が進む第二艦隊の重巡「愛宕」に座乗する司令長官栗田健男中将は、当初の命令に油槽船の手当に関し何も記述がない事を疑問に思ったが、一時間もしないうちに追って命令が入ってきたのを受け、ひとまず空腹で戦をするような事態や、こちら側で油槽船の手配を行うような羽目にはならんようだと一安心した。

 油槽船の速力から考えて、第二艦隊艦艇とタンカーはさほど時間をおかずに相次いでブルネイへ進出できる予定である。ブルネイで燃料補給と最後の作戦打ち合わせを終えれば、いよいよアメリカ軍との決戦が待ち受ける。

 「愛宕」の特徴的な大型の艦橋から、リンガ泊地が抱える幾多の艨艟を眺めつつ、栗田は来るべき戦いに思いを巡らせていた。




 ※ ※ ※




 南西方面艦隊からの命令により、蘭印防空を担当する第三八一航空隊の副長兼飛行長兼飛行隊長を務める黒沢丈夫大尉が、自身の部隊と、同じく蘭印の防衛を担う第三三一航空隊の戦力とを抽出して臨時編成したS戦闘機隊を率いて、フィリピン・ルソン島へ進出したのは一〇月一九日であった。その戦力は零戦五二型が二三機である。

 三八一空、三三一空は一九四四年後半の帝国海軍航空隊としては望み得る最上に近い練度を誇る部隊だった。蘭印防空を担う彼らは、自らの足元から採れる石油のおかげで訓練用のガソリンには全く不自由せず、アメリカ軍の空襲に対し優勢な戦闘を繰り広げていた。

 アメリカ軍のフィリピン来襲を前に、台湾沖航空戦の結果戦力がやせ細った第一航空艦隊への増援として、戦力価値の高い両航空隊に白羽の矢が立ったのだ。

 クラーク基地に降り立った黒沢が部隊全機の着陸を確認すると、司令部からの出迎えの自動車がやってきた。飛行場から司令部までは距離があるので、これに乗っていけ、ということらしい。

 クラーク基地は複数の飛行場を組み合わせた基地群で、自動車の向かう先は第二〇一航空隊司令部のあるマバラカット飛行場である。クラークからは三〇分程度だ。

 やがて黒沢の乗る自動車はマバラカット飛行場へ入り、滑走路からやや離れたところの司令部隊舎に向かい、司令部室へ足を向けた。

 出迎えたのは二〇一空司令山本栄大佐と、飛行長の中島正少佐だった。黒沢が着任を申告すると山本は「まあ、かけてくれ」と座るよう促し、黒沢は一礼して腰を下ろした。


「蘭印での活躍は聞いとるよ。米軍爆撃隊の空襲をよく打ち破ってるそうじゃないか」


 従兵の伊藤國雄一等整備兵に茶の用意を命じつつ、山本が口を開いた。


「恐れ入ります。燃料が豊富であることは大変ありがたいことであります」


 黒沢の返事に山本が黙って頷く。アメリカ海軍の潜水艦による跳梁は、前線部隊の補給も脅かしており、最前線のフィリピンでもそれは例外ではない。それに加え、この一ヶ月は空母機動部隊による空襲が相次ぎ、まともに訓練を行える日の方が珍しい状況だ。

 続いて、山本の左隣りに座る中島が言った。


「S戦闘機隊に関しては、既に一航艦から我々二〇一空と協同して行動するよう命令が出ている。一航艦の現在の稼働機数は九〇機程度でしかない。昨日発動された捷一号作戦において、我々は敵機動部隊への攻撃に関しては別命あるまでこれを行わない……と言うより、行えないと言った方が正しいが、ともかくそういう方針が決まっているのだ」


 中島の言葉の中の、一航艦の現在の稼働機数を聞いた黒沢は驚きを隠せなかった。


(一航艦は数百機以上の戦力を抱える一大戦力だったはず。それがたったの九〇機程度とは……)


 黒沢の内心がどのようなものか、容易に想像出来る中島は続けた。


「米軍の上陸目標はおそらくレイテだ。スルアン島へ先に攻略したのは、本命の攻略に先駆けて足場を固めておこうという米軍のいつものやり方だと思う」


 黒沢は頷きつつ「我々の任務はどういったものでありますか?」と尋ねた。

 今度は山本が答える。


「米軍上陸地へ突入してくる二艦隊の援護だ。中島飛行長が先に述べたように、別命あるまで敵艦隊への攻撃は行わないので、現有戦力をもって二艦隊を敵空母機の攻撃から守る」


 艦隊直掩任務か……山本の言葉を受け、黒沢は脳内で思考を素早く巡らす。


(直掩任務は三空にいた頃何度かやった程度だが、あの頃とはまるで勝手が違うだろう。心して掛からねば。蘭印の砦たる俺達に相応しい任務だ)


 任務の重大さに責任感と闘志が湧いてきた黒沢の目を見て、山本は威儀を正して言った。


「二〇一空全体で対戦闘機戦をやれる者は多めに見ても二〇名に満たない。S戦闘機隊には大きな期待がかかっている。蘭印で武名を馳せた戦いぶりを比島でも見せてくれ」

感想・評価お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ