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西村艦隊の窮地に駆け付けた栗田艦隊の軽快艦艇群は、数の上で倍する四戦隊、五戦隊、七戦隊の重巡たちと戦艦「金剛」、遅れて戦闘に加入した「榛名」と「摩耶」が第七七.二任務群の重巡三隻、軽巡二隻を速やかに料理してしまうと、駆逐艦群を徹底的に荒らし回った。後を付いてきていた二水戦が雷撃を行うまでに、駆逐艦群は半数近くがひっくり返るか、真っ二つに折れて沈むか、炎上して波間に浮かぶだけの物体になっていたほどだ。
重巡たちの後方に位置していた七戦隊は、駆逐艦群の撃破を確認した時点で栗田中将の命令により反転して、敵戦艦に対する雷撃を敢行すべく全速で突撃していた。七戦隊司令官白石萬隆中将は、敵戦艦たちは左舷側が一戦隊の砲撃で叩かれているので副砲等の反撃が乏しいと踏み、日米戦艦の隊列のド真ん中を割って入る針路を取った。
これに呼応したのが一〇戦隊だった。この部隊は一戦隊の護衛を任せられており、二水戦のように派手に突撃することが出来ず、海戦の狂宴から仲間外れとされ、意気消沈していた。一戦隊の右舷五〇〇〇メートルを走るだけしか仕事をしていなかった一〇戦隊だが、七戦隊の接近を確認すると、一〇戦隊司令官の木村進少将は独断でこれに続行して敵戦艦へ肉薄する事を決意し、一戦隊から離れ七戦隊の後方に付いた。木村少将は「鈴谷」に乗る白石中将へ統制雷撃戦を行いたい旨意見具申し、白石中将もこれを容れ、重巡四、軽巡一、駆逐艦六が一本棒となって戦艦群へ突撃を開始した。
この情景を目撃した一戦隊の宇垣中将と三戦隊西村中将は、共に同じ戦術判断を下した。雷撃を成功させるためにとにかく敵戦艦周辺へ弾を落とし続けるのだ。西村に至っては「扶桑」と「山城」に敵戦艦群へもっと接近するよう命じている。
雷撃目標となったのは生き残っていた「テネシー」と「カリフォルニア」だった。そして「カリフォルニア」には「武蔵」と「扶桑」「山城」が間断なく砲撃を浴びせ続け、食らいついていく軽快艦たちの援護を行い、元々「長門」からしたたかにサンドバッグにされていた「テネシー」には「大和」の四六サンチ砲弾が追加で降り注いでいる状態で、七戦隊以下各艦はほとんど反撃を受けることなく距離七〇〇〇メートルまで近づいて一斉に魚雷を発射した。
総数八〇本の九三式酸素魚雷が各艦の魚雷発射管内の圧縮空気により蹴り出され、最初の燃焼時に発生する白い航跡が、酸素の燃焼に切り替わって見えなくなり、四八ノットという魚雷にあるまじき速度で突っ走り始めた。
七戦隊の重巡たちは味方の戦艦が援護射撃してくれている状況を最大限に活かし、七〇〇〇メートルで魚雷を発射してもすぐに転舵を行わず、二〇.三サンチ砲弾を吐き出しながら進み続ける。転舵してしまうと、雷撃した事を悟られて回避運動に入られるからだ。
その間に「大和」の一撃で前檣楼の上半分を薙ぎ払われた「テネシー」はすでに沈黙しており、唯一「カリフォルニア」のみが「武蔵」への砲撃を中断して「鈴谷」へ主砲を向け、迫り来る軽快艦たちがもたらす魚雷の幻影を振り払おうとしたが、反対側から雨霰と叩きつけられる「扶桑」と「山城」の砲撃に測距の邪魔をされ、「武蔵」の強烈な四六サンチ砲弾の一撃で一発ごとに艦の戦闘能力がごっそりと削ぎ落とされていく有様では、まともな抵抗を行えという方が酷な現実だった。
雷撃開始から約三分後の一二三一時、「テネシー」と「カリフォルニア」の左舷に多数の水柱が立ち昇った。
八〇本の酸素魚雷のうち、九本が機械的問題により途中で力尽きて海底へ向かうか明後日の方向へ走り去り、残り七一本中、ランデブーを果たしたのは「テネシー」へ五本、「カリフォルニア」へ四本だった。「テネシー」と「カリフォルニア」は共に戦時中の大改装を経て防御力が大幅に向上した艦だったが、それでも酸素魚雷を立て続けに四~五本被雷して戦闘能力を維持するようには作られていなかった。被雷するまでに四〇サンチ砲弾一〇発と四六サンチ砲弾二発を食らってダメージコントロールチームの処理能力が完全に飽和していた「テネシー」は応急注水が間に合わず、被雷から五分後に転覆。赤い船底を満天に見せつけた後に主砲弾が弾薬庫内で転がって誘爆を起こし、一〇〇〇人以上の乗組員を道連れに巨大な爆炎を噴き上げ果てて逝った。
「カリフォルニア」へは艦首部、一番主砲塔付近、艦中央部、そして艦尾に満遍なく酸素魚雷が飛び込んだ。艦首部に一〇メートル近い大破口が穿たれ浸水が始まり、一番主砲塔は爆圧で揚弾機が故障して発砲不能となった。一番やっかいな損害を引き起こしたのは艦尾に命中した一発で、彼女の四軸のスクリューのうち左舷二軸を吹き飛ばしてしまったため、速力の大幅な低下にくわえて、面舵に切り続けないと直進不能となる損傷を受けてしまった。なお、艦中央部に命中した酸素魚雷は信管不良のため起爆せず、ゴンッという不気味な音を響かせて水底へ消えていっている。
栗田艦隊の戦闘加入から一時間も経過しないうちに、アメリカ海軍第七艦隊第七七.二任務群の戦艦六隻は壊滅した。爆沈した「テネシー」以外はこの時点で未だ浮いていたものの、それは沈んでいない、というだけの事で、四六サンチ砲弾を一〇発前後叩き込まれて漂流していた「ウェストヴァージニア」と「ミシシッピ」は、敵巡洋艦・駆逐艦群の大半をレイテ湾の漁礁に変えた二水戦の残存艦が、魚雷の自発装填を終え介錯の雷撃を見舞ってそれぞれ「テネシー」の後を追った。
最初に戦闘不能となった「メリーランド」と、「扶桑」「山城」コンビの砲撃で艦上構造物が綺麗さっぱりなくなり戦線離脱していた「ペンシルベニア」も、快速を活かして北上してきた「金剛」と「榛名」に補足され、最終的に距離一万メートルを切る至近距離から放り込まれる三五.六サンチ砲弾によってホモンホン島西部の海底に転属していった。
片足をもぎ取られてのろのろと撤退していた「カリフォルニア」は、射撃システムはまだ死んでおらず、接近しようとする七戦隊の重巡へ涙ぐましい砲撃を繰り返していた。その努力も、「大和」と「武蔵」のこの海戦最後の対艦砲撃により水泡に帰した。アメリカ海軍の闘志を見せつけるかのように戦った「カリフォルニア」といえども、距離一万五千メートルで叩き込まれる四六サンチ砲弾の絶大な威力の前には屈する他ない。
最期まで砲火の止む事がなかった「カリフォルニア」が、その穴だらけの艦体をゆっくりと右舷側から沈めていったのは一二五六時だった。
「終わった……のか」
西村の声が「山城」の戦闘艦橋の片隅に漏れた。そこから見えるレイテ湾は、砲煙があちこちにたなびいてひどく視界が悪い。ところが、先程まで人生一生分の砲撃音を聞かされていたはずなのに、別世界にいきなり連れて来られたかのように辺りは静まり返っている。所々に、鋼鉄の塊が水面に顔だけ出して黒煙を生み出しており、何とかして生き延びようと懸命にもがく敵兵たちの哀れな姿が見える。
ある種の無常観すら抱くような、この世とあの世の境目のような風景だった。
感情の昂ぶりが急激に醒めていくのを西村が感じていると、通信士官が駆け寄ってきた。
「『愛宕』より入電です、読みます。『各艦集マレ。〈ホモンホン〉島起点二三〇度、一〇海里。艦隊針路三一五度』以上です」
西村は頷くと、「三戦隊、針路三二〇度」と命じた。一分少々で、「山城」と「扶桑」がゆっくりと取り舵を切って左へ転舵していく。
やがて、指定された海域に近づくと、海戦を生き残った各艦たちの姿が目に入ってきた。
見た所、大型艦の数は減っていないようだが、重巡の損傷具合が激しい。主砲塔が外れている艦、被弾痕から白煙が揺らいでいる艦もあれば、煙突が消失している艦も見える。よく観察すると、先頭を切って西村艦隊の援護に馳せ参じた四戦隊の高雄型に被害が集中していた。
駆逐艦の方は、明らかに数が足りない。
海戦終盤に敵戦艦群へ雷撃を行った一〇戦隊の駆逐艦は損耗なしだが、重巡たちと共に敵艦隊へ切り込んでいった二水戦の駆逐艦は、敵駆逐艦の最期の雷撃を食らった艦たちが沈没していた。
各艦の痛々しい様子に戦闘の激しさを改めて実感した西村は、扶桑型の一目で分かる姿を目印にして近づいて来る艦たちに気付いた。
重巡「足柄」と「最上」、そして軽巡「阿武隈」と駆逐艦「満潮」「曙」「潮」の姿だった。
どの艦も無傷のものはいない。「足柄」は二番、三番主砲塔が飴細工のように捻じ曲がっている。「最上」は艦後部の航空甲板がスクラップ置き場のような有様だ。「阿武隈」の特徴的な三本煙突は真ん中と三本目が綺麗に消えており、速力も落ちているようである。
三隻の駆逐艦も、あちこちが煤けて汚れている。もっぱら回避に専念したらしく直撃弾こそなかったみたいだが、膨大な至近弾により艦体はどこもかしこも傷だらけだった。
その中で、「扶桑」と「山城」だけが、昨日の空襲の損傷を除けば、何の因果かほとんど無傷だ。
「案外、運の良いフネなのかも知れんな。本艦も、『扶桑』も」
自身が預かる艦たちの対照的な姿に、そんな事をふと、西村は思っていた。
一三三六時、集結を終えて輪形陣を組むため各艦が移動しているさなか、電探の生き残っている「長門」が、北東方向から接近する敵大編隊を捉えた。
ほぼ同時刻、朝から交代で艦隊上空直掩任務に就いていた二〇一空及びS戦闘機隊の零戦一〇機も、迫る大編隊に向け一斉に翼を翻して接敵行動に入る。
艦隊の大半が損傷を抱え、対空火器が欠損している状況では対空戦闘は絶望的である。彼女たちは前日のシブヤン海やスールー海で行ったように、ひたすら自身の足で回避していくしかない。
しかし艦隊各艦将兵に臆するところはなかった。なにせ、ここから二時間足らずで夢にまで見たレイテ泊地に辿り着くのだ。昨日からの空襲、水上戦闘で彼らの戦意と術力は極限まで高められている。目視で確認出来るまで敵が近づいて来たが、相手は一〇〇機程度の規模。それならば凌ぎ切って見せる自信があった。
直掩隊の零戦が敵戦闘機隊と空戦に入り、その間を突いて艦爆と艦雷が突っ込んでくる。
各艦の残存している高角砲が発砲し、空にまばらな炸裂煙が浮かび上がる。ただでさえ命中率の悪い高角砲が、数を減じているためますます当たらない。散発的に曇り空へ染みを作るだけだ。 敵機は全く意に介さないかのように飛び続ける。
「敵降爆、『大和』と『武蔵』へ向かいます!」
すっかり聞き慣れた見張員の声が「山城」の戦闘艦橋内に伝わる。
西村は双眼鏡を目元に押し当てた。「山城」から見て右一〇度の方向約二〇〇〇メートルに「大和」が、右二〇度、約三〇〇〇メートルほどの場所に「武蔵」が位置し、その上空に敵機が差し掛かろうとしていた。
その様子を見た西村は首を傾げる。
(敵さん、いやにへっぴり腰じゃないか)
西村の見た所、「大和」と「武蔵」を襲っている敵機の機動にはどうにも覇気というか、戦意が乏しいように感じられた。その直感を肯定するかの如く、明らかに敵機は高度一〇〇〇メートルを大幅に上回る高さから爆弾を投弾している。当然、そんな急降下爆撃にとっての高々度で投下された爆弾が当たるはずもない。「大和」「武蔵」からだいぶ離れたところで幾つもの水柱が生み出されるだけだ。
続いて、この「山城」にも敵機が左舷後方から近寄って来た。戦闘艦橋の上にある防空指揮所に陣取る艦長篠田少将が「取舵」を命じ、足元が右に傾き始め、西村は無意識にバランスを取る。
左舷側の一二.七サンチ連装高角砲と、二五ミリ三連装機銃、連装及び単装機銃、一三ミリ連装機銃たちが一日ぶりの対空戦闘を開始するが、相変わらず命中しない。
そしてどうした事か、襲い掛かってきた八機の敵艦爆も引き起こし高度がどう見ても高い。「山城」の右舷三〇〇メートル程度離れた海面に次々に爆弾が吸い込まれていく。
「何故かは分かりませんが、敵の技量は褒められたものではありませんね」
首席参謀の安藤大佐も同じ事を思っていたらしく、西村に話しかけた。
「この敵機も、特空母部隊からやって来たのかも知れんな」
彼らがそんな事を言っている間にも、敵機は四方から急降下あるいは緩降下で爆弾を放り投げては命中弾を得ることなく虚しく去っていく。さらに、敵艦戦との空戦を抜け出した零戦数機が、味方の対空砲火を無視して敵機を追い掛け回し始めていた。
「そういえば」
何かに気付いた様子の参謀伊東慶治少佐が言った。
「空襲が始まってから、敵雷撃機の姿を見ていません」
言われてみればそうだ、とばかりに西村と安藤も顔を見合わせる。
「連中、雷撃なしで我々を食い止めるつもりか……? 舐められているのか、故あっての事なのか」
安藤大佐の言う通り、戦艦のような大艦に痛打を与えたいなら水線下を抉る魚雷は絶対に不可欠である。その魚雷を運ぶはずの雷撃機がどこにもいない。
狐につままれたかのような顔で、西村たちは対空戦闘の顛末を見守っていた。
日本帝国海軍第一遊撃部隊に攻撃を仕掛けていたのは、アメリカ海軍第三艦隊第三八任務部隊第一群、通称TG38・1の空母群から発艦した部隊であった。
TG38・1はハルゼー大将の命令により、二三日にウルシー環礁へ補給のため後退していたところを、今朝のタフィ3壊滅を知って独断で反転し、指揮官のジョン・S・マケイン中将が実に三七〇海里(約六八五km)の遠距離から第一次攻撃隊を出撃させたのである。
アメリカ海軍における太平洋戦争中最大の片道飛行距離を飛びきったこの攻撃隊は、栗田艦隊上空に到着した時点で帰還ぎりぎりの残燃料、三時間に及ぶ往路飛行による疲労、台湾沖航空戦以来ずっと洋上で作戦行動に従事してきた事によるコンディションの悪化という諸々の悪条件が重なり、アメリカ海軍らしからぬ精細を欠いた攻撃となってしまった。さらに、長距離飛行のため燃料を追加で積むと、TBFアヴェンジャー雷撃機は魚雷を搭載出来ず、雷撃隊不在で攻撃しなければならなかった点も彼らの足を引っ張った。
蓋を開けて見れば、約四〇分の攻撃で第一遊撃部隊が被った損害は重巡「利根」に直撃弾一発と、その他多数の艦艇への至近弾のみ。「利根」に命中した爆弾は艦尾付近で炸裂して、一時人力操舵となってしまうものの、まもなく復旧に成功している。無論、一隻の落伍艦も出ていない。
アメリカ海軍にとって、否、フィリピンに集うアメリカ全軍にとって最大の不幸は、このTG38・1の攻撃隊が、レイテ湾へひたすら突き進む第一遊撃部隊に差し向けられた事実上最後の攻撃の手だったという事だ。
敵編隊が北東あるいは北西の空へ消えていったのを確認した栗田中将は、改めて全艦に輪形陣の形成を命じると共に、以下の電文を旗艦「愛宕」から発信させた。
「1YBハコレヨリ『レイテ』泊地ヘ突入、敵攻略船団ヲ撃滅セントス。一四二五」
栗田艦隊の進撃を阻止する存在は何処にも存在しなかった。戦艦七隻、重巡一一隻、軽巡三隻、駆逐艦一四隻。総数三五隻の硝煙と被弾痕で彩られた日本帝国海軍の艨艟たちは、速力二三ノットでレイテ湾へまっすぐに突き進んでいった。
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