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追憶の滄溟 「欠陥戦艦」最期の奮戦  作者: ルノアール
第一章 レイテ沖の凱歌
11/20

9

 日本帝国海軍第二艦隊第一戦隊の「大和」と「武蔵」は敵一番艦との距離三万五五〇〇メートルで砲撃を開始した。「長門」は後ろを進む関係でこの時点では発砲していない。

 この砲戦距離は、戦前の想定においては観測機を飛ばす事が可能ならばという条件付きで(一応は)砲戦を行える間合いだった。ただし現在のところ、観測機は発艦させていない。東から散発的に飛来する敵艦載機の迎撃に直掩隊が手を取られているからである。

 従って第一戦隊は、命中を期待するには厳しい状況である事を承知の上で砲戦を始めていた。理由は単純で、先に突っ込んだ重巡群と西村艦隊の援護のためだ。

 第一戦隊は二三ノット、オルデンドルフの戦艦群は二〇ノットで進撃していた。彼我は真上から見ると「く」の字を左に九〇度横倒して、左の頂点から中央にかけてオルデンドルフの戦艦群が、右の頂点から中央に向かって第一戦隊が進む針路を取っていた。

 そして、オルデンドルフの戦艦たちが距離三万三千ヤード(約三万三〇〇メートル)で砲撃を開始するまでに、「大和」と「武蔵」は四度斉射を行った。

 その四度目の斉射のうち、どちらの砲弾かは全く不明ながら一発が先頭を走る「メリーランド」を捉えた。三万メートルを超える大遠距離砲戦のため水平装甲に命中する確率が高く、実際にそうなった。もちろん、「メリーランド」の水平装甲はこんなに離れた距離から大落角で落ちてくる四六サンチ砲弾の直撃に耐えられるように作られていない(なにせ、大和型自身でさえこの砲戦距離では水平装甲が四六サンチ砲弾に耐えられない可能性が高い)。

 「メリーランド」の後楼左舷付近に突っ込んだ四六サンチ砲弾は、水平装甲を軽々と食い破り機械室へ踊り込んだところで信管を作動させ、手の付けられない破壊を振りまいた。ただの一撃で片肺運転となってしまった彼女は、一二ノットにまで速力が低下してしまった。

 「メリーランド」の後部に命中の閃光が走り、瞬く間に速力を落としていくのを確認した「大和」と「武蔵」の乗組員たちは絶頂に近い心境だった。彼らはこの二隻が生涯初めて――それも、三万メートルもの遠大距離で、敵戦艦に対して主砲弾を命中させた瞬間に立ち会えたのだ。


「敵一番艦、速力落ちます!」

「敵一番艦から四番艦まで発砲!」


 戦闘艦橋に続々と報告の声が入る。「大和」艦長森下少将は高声電話を取り、主砲射撃指揮所に座る副長兼砲術長の能村中佐に「敵艦の速力低下、注意しろ」と伝える。

 敵戦艦はどれもワシントン軍縮条約以前の旧式艦ばかり。何隻かは三年前に真珠湾攻撃で叩いたはずの艦もいるが、引き上げて前線に投入しているようだ。距離三万メートル強で撃って来たところから考えるに、敵がこちらと同じ程度の技量を持っているならあと三~四斉射分の時間は被弾を考えずにこちらが押していける。

 森下は大和型戦艦の絶大な戦闘能力に疑問を抱いていないが、戦艦の基幹を成すシステムが極めて被弾に弱い事も熟知している。バイタルパートは貫通されなくとも、測距儀をやられたり、衝撃で方位盤が故障したりすれば折角の戦闘能力も激減してしまう。

 敵戦艦の砲弾が降ってきた。森下が思った通り、弾着は近くない。立ち昇った水柱は、「大和」の右前方の広い範囲に八つ、「武蔵」の艦首前方八〇〇メートルほどのところにも八つ。「長門」の付近には弾着がなかった。

 見張員の報せを耳にした森下はピンと来た。彼は傍らに立って双眼鏡を構えている第一戦隊司令官の宇垣中将に言った。


「敵戦艦隊は本艦と「武蔵」を二隻ずつで狙っていると考えられます」

「敵も大和型が一番侮りがたい相手だと悟ったようだな」


 宇垣の言葉の最後をかき消すかのように、「大和」第五斉射が放たれる。射界の問題から撃っているのは前部の六門だけだが、俗に言う「濡れ雑巾で思いっきり殴られるような」衝撃波は凄まじいの一言だ。数秒の時間をずらして「武蔵」も発砲する。

 「大和」と「武蔵」の弾着前に敵戦艦は一番艦しか発砲しなかった。二番艦以下が撃っていないのは、速力が大幅に落ちた一番艦を回避するため、針路を変更しているからであろう。

 水平線の上に艦体の上部だけ見える敵一番艦周辺に水柱が立ち、艦の複数箇所に発砲とは違う光が見えた。

 「大和」及び「武蔵」の第五斉射一二発中、「メリーランド」には二発命中した。一発は二番主砲塔バーベット部左側にめり込んで内部へ侵入し、装甲を全て貫通したが、信管不良で炸裂しなかった。だがこの影響で二番主砲塔は使用不能となる。彼女にとって極めて深刻な影響を与えたのはもう一発の方で、こちらは前檣楼基部に命中し、水平装甲を全て突破した上でボイラー室に顔を出してきちんと信管を作動させた。これにより「メリーランド」は今度は半分以上のボイラーを破壊されて速力が数ノットにまで落ち込んだ上に、荒れ狂う蒸気が吹き出して艦内中央部で著しい室温上昇をもたらし、乗組員たちが次々に熱傷もしくは熱中症で倒れていってしまった。

 敵一番艦をほとんど停止状態にまで追い込んだのを確認した宇垣は、砲撃目標の変更を指示。「大和」が敵二番艦、「武蔵」が三番艦、そしてようやく射界を確保できるようになった「長門」が敵四番艦をそれぞれ相手取る。

 一方の敵戦艦隊は、身動きの取れない一番艦を追い抜いて二番艦以下が砲撃を再開し、続いて六番艦が「長門」に向けて砲撃を始めた。互いが一kmの距離を縮めるのに一分半ほどかかる速度と進行方向なので、一斉射から二斉射ごとに日米の巨龍たちは一kmずつ接近していく計算になる。

 「大和」と「武蔵」、「長門」の周辺に多数の一六インチ、一四インチ砲弾が大気を裂いて到着する。夾叉こそされていないが、特に「大和」「武蔵」の弾着は先程より近くなっている。

 一戦隊も負けじと目標測距を終了させ斉射を開始。四六サンチと四〇サンチ砲弾が約二万九千メートル先の敵戦艦目指して飛翔する。

 一戦隊各艦の砲弾も当然ながら命中しない。敵二番から四番艦の頭上を通り越したり、あるいは手前に彼女らの背丈の倍以上ほどもある水の塊を現出させる。


 そして、この瞬間を待っていた者達がいた。

 栗田艦隊の到来で虎口を脱した三戦隊の「扶桑」と「山城」である。

 彼女たちは敵戦艦部隊が一戦隊へ目標を変更して砲撃を行っているうちに、一戦隊への合流を急いだ。栗田中将の命令ではなく、西村中将の判断による(この時点で栗田は「愛宕」艦上での戦闘に忙殺されていた)。「大和」や「武蔵」がいかに強大とは言え、敵戦艦は六隻、一戦隊は三隻と倍の戦力差であり、「金剛」と「榛名」は敵重巡以下の軽快艦艇と戦闘を繰り広げているため、一刻も早く「扶桑」「山城」が戦闘に加わる必要があると西村は考えていた。

 ところが、一戦隊の宇垣は自隊の砲戦指揮で手一杯であり、栗田から命令を受けていない以上西村の三戦隊に口を出すつもりは全く無く、西村の方が先任であるため宇垣の指揮下に入る訳にもいかず、従って一戦隊の砲戦の邪魔になるような横合いからの助太刀は慎まねばならなかった。一度に多数の戦艦が同一目標を砲撃すると、弾着観測が不可能となるためである。

 西村は戦場を手早く観察し、一戦隊が敵戦艦部隊を二番艦から四番艦まで順番に目標として撃っている事を確認し、五番、六番艦周辺には水柱が沸騰していないのを掴んだ。彼は即座に決断した。


「三戦隊目標、敵六番艦」


 「扶桑」「山城」の両艦で敵最後尾艦を集中して叩く。この判断は、アメリカ戦艦が基本的に速力を妥協する代わりに重防御の設計になっている事実を反映している。扶桑型の三五.六サンチ砲弾でこの距離では、敵戦艦の装甲を貫通出来ないのではないかと西村は不安を抱いていた。それならば、貫通は出来なくとも手数で押していくしかない。


「左砲戦。目標、敵六番艦。主砲砲撃始め」


 篠田艦長の命令一下、砲術科員たちが艦橋最上部の主砲射撃指揮所で敵六番艦の測距を始め、的速・的針・自艦の速力と針路・風向き・砲弾と装薬・果ては地球の自転速度までありとあらゆる数値を計算に入れて砲撃準備を整えていく。


「撃ち方始め!」

()ぇ!」


 「山城」の三五.六サンチ砲六門が轟然と火を噴いた。数秒の間を置き「扶桑」も砲撃を始める。

 三戦隊のこの砲撃に、敵六番艦――戦艦「ペンシルベニア」は全く対応が取れなかった。彼女は、旗艦「メリーランド」の大破によりオルデンドルフ少将から指揮権を継承したウェイラー少将の命令により、一戦隊の「長門」へ砲撃を行っていたからである。

 三戦隊はほぼ真東へ進み、戦艦「ミシシッピ」に将旗を掲げるウェイラー少将の戦艦部隊は一一五度の針路で航行しているため、互いの距離は徐々に狭まり、必然的に三戦隊の砲撃は正確さを増していった。

 一二〇六時に最初の命中弾を得てからの一〇分余りの時間で、「ペンシルベニア」は一四発もの三五.六サンチ砲弾を浴びた。西村の睨んだ通り、これだけ被弾しても「ペンシルベニア」の機関や弾薬庫を守る装甲は貫通を許さなかった。だが、前檣楼から煙突、後楼、一番と三番主砲塔の砲身、右舷側の高角砲、機銃に至るまで粗方の艦上構造物が叩き潰されれば戦艦として戦闘能力を発揮するのは不可能だった。

 「ペンシルベニア」がガラクタ運搬船へと艦種を変え、堪りかねたように艦列を離れて行った頃には、一戦隊の「大和」と「武蔵」はそれぞれ「ウェストヴァージニア」と「ミシシッピ」を大破させ、「長門」が「テネシー」を一方的に殴り続けていた(「テネシー」はすぐ後を走る「カリフォルニア」と共に「武蔵」を目標にしていた)。「大和」は四発の一六インチ砲弾と三発の一四インチ砲弾、「武蔵」は八発の一四インチ砲弾を食らい、両艦の右舷高角砲群と機銃座は血と鉄の和え物を撒き散らかしたような惨状となっていたが、彼女たちの超重装甲はびくともしていない。

 オルデンドルフ少将から指揮を引き継いだウェイラー少将の「ミシシッピ」までもが大破・航行不能となってしまったため、生き残っていた戦艦群に対する指揮統制が消滅。各艦とも闇雲に大和型戦艦二隻に砲撃を集中させようとする。

 これに対して「大和」と「武蔵」も応戦すべく測距を開始するが、砲撃を始める前に日米戦艦群へ割り込んできた一群があった。

 オルデンドルフの第七七.二任務群巡洋艦・駆逐艦部隊を片付けた栗田艦隊のうち、七戦隊「鈴谷」「熊野」「利根」「筑摩」、ならびにこの重巡たちの突撃を見て戦機到来と判断した一〇戦隊の「矢矧」と駆逐艦六隻の部隊である。


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