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act.16 甘くない新婚生活








 窓から差し込む朝日が眩しくて、セシリアはそっと瞳を開ける。

 目の前に飛び込んできたのは、瑠璃色の瞳。いつだって先に起きているクレイグが、セシリアを優しく見つめている。

「おはよう、セシリア」

「おはようございます、クレイグ」

 初夜を明かしたあの日から、セシリアはクレイグと寝室を共にしている。

 しかし触れ合ったのは初夜の日だけで、半年以上寝室を一緒にしているが、クレイグは手を出すこともなくともに寝るだけに止まっている。

 時折、クレイグが熱をはらんだ瞳で見つめてくることもあったが、セシリアはそれに気づかぬふりをして眠るようにしていた。我慢させていることは重々承知しているのだが、まだ勇気が出せない。

 けれど、半年も一緒に暮らすようになった今、さすがにセシリアもクレイグに結婚式以上の気持ちを抱くようになっていたものの、自分からは言い出せず平行線を保っていた。

 怖いけれど、でも触れてみたい。クレイグの欲望に流されてみたい。

 本当はクレイグにただ一言「愛している」と告げればいいと、簡単なことだと理解していたものの、どうしてもそれを口に出来なかった。恥ずかしい気持ちが勝り、セシリアは素直になれない。

 しかしクレイグは、少しずつ歩み寄ってくるセシリアの心境をしっかりと理解しており、その変化が嬉しくて仕方なかった。当惑をした表情をしながらも、クレイグのやることを極端に嫌がらなくなってきたのだ。

 抱きしめてもすぐに拒否をせず、されるがまま。キスを強請っても以前のように頑なに嫌だと言われず、躊躇いながらも受け入れてくれるセシリアに幸せを噛みしめていた。

 だが誰よりも傍にいるエミリーとケネスの二人は、そんな二人をもどかしく感じていた。傍から見て両思いの二人だけに、子供のような恋愛をしていることがまだるっこしく感じてしまうのだ。

 とくにエミリーは、皇太子妃であるロレッタから、二人がどうなったのかと逐一聞いてくるので、進展のない二人にどうにかできないかと問われ迷惑を被っていた。

 最近では幸せな二人を目の当たりにし、ずっとセシリアの傍で仕えていたいと願っていたエミリーだったが、自分の幸せを考えるようになっていた。

 そこに現れたのは、セシリアの警護を務めていた一人の騎士であった。恋愛なんてと頭から毛嫌いしていたエミリーであったが、クレイグと少しずつ仲良くなっていくセシリアの初々しい態度が少なからず影響し、騎士である彼に少しずつ心を開いていった。そして最終的には惹かれあい、結婚を意識するようにまでなっていたのだ。


「セシリア様、私、結婚を意識する相手と出会いました」

「まあ、本当?」

 午後のお茶の時間、珍しく部屋に一人で席を設けていたセシリアに、エミリーは相談をすることに決めた。

「相手はどなたかしら?」

「ゲイリーです」

「え、ゲイリーって」

 くるりと後ろを振り返り、首を傾げる。

 今、セシリアの部屋の外に立って警護しているのが、ゲイリーだった。

「はい、セシリア様付きの騎士である、ゲイリーです」

 にっこりと微笑むエミリーに、セシリアは驚く。二人の仲に全く気付いていなかった。

 柔和な態度で人の良さそうな丸い顔、裏表のない性格は他の護衛騎士からも慕われており、けれど騎士としての力量は上位に入る腕前だと聞いている。

顔で人を選んだりしないエミリーは、良い相手を選んだと思う。やや気の強いエミリーと温和な性格のゲイリーとでは、ちょうどよい夫婦関係になれるのではないだろうかと、セシリアは口元を緩める。

「そうだったの」

「はい。ですので、そろそろセシリア様も、落ち着かれませんか?」

「どういう意味かしら?」

「はっきりと申し上げますと、クレイグ様にお気持ちを伝えられてはいかがですか」

 きっぱりと告げられ、セシリアは言葉を失う。

「確かに私はクレイグ様が気にいりません。でも、彼は彼なりにセシリア様のことを理解し、そして待ち続けています。その姿に私は感動をしましたし、彼ならばセシリア様を預けても問題ないと思いました」

「エミリー」

「ずっとお傍でお仕えになりたいと思っておりました。でもゲイリーと出会って、クレイグ様の邪魔をすることがどれほど非道な行いかを悟りました」

 今のところ順調に交際を続けているエミリーは、やっとクレイグにしてきた非礼を改めて実感することとなった。上から目線になってしまうかもしれないが、クレイグにどうしたら謝罪出来るのかを考え、ならば二人の仲を一歩進展させる方法を思いついたのだ。

「まだお伝えになっておりませんよね、クレイグ様にセシリア様のお気持ちを」

「――ええ、そうね」

 常にセシリアの傍についているエミリーだから気付いているのだろう。だからと言って簡単にその言葉を口にできるほど、セシリアはまだ気持ちと体が追いついていない。

「お二人が落ち着けば、私は安心してゲイリーに飛び込んでいけます。でも、今の状態ですとセシリア様が心配でお傍を離れたくありません」

「そうね、そうよね。もう半年もたったのですもの、気持ちを伝えてもいい頃合いよね」

 きゅっと唇を噛みしめるセシリアに、エミリーは微笑む。

「そろそろクレイグ様にも幸せを実感させてあげて下さいませ」

 いろいろと限界だと思いますので、と心の中で付け足しておいた。


 しかし、セシリアが素直に気持ちを伝えようと決心をしたその日を境に、クレイグが急に忙しくなりすれ違い生活が続くようになった。

 せっかくの決意を無駄にしないためと、セシリアは最初のころはクレイグが帰ってくるのを部屋で待っていたものの、深夜遅くに帰ってくる彼にどうしても起きていることが出来ずベッドに入ることなく眠ってしまっていた。そんなセシリアをしっかりとベッドへと運ぶクレイグに申し訳なく感じる。

迷惑をかけたくないと眠らないでベッドに入るものの、気付けば寝落ちをしてしまう。だから後からベッドに入って先に起きるクレイグとはどうしても会うことが出来ない。

 擦れ違いが続くと、さすがのセシリアの決意もしおれてしまい、投げやりな気持ちが強くなっていた。

 どうせ今夜も伝えることはできないだろう。だったら、もう伝える必要はないのではないだろうか、そう思うようにさえなっていた。

 うまくいかないのはきっと前世からなのだ。きっとそういう運命に違いない。何の努力もせずに決めつけてしまえば、気持ちも沈んでいく。

 考えたくないのに、うまくいかないことを何かのせいにしたくて前世のせいだと結びつけてしまう。前世とは一切関係ないと口にしながらも、本当は一番縛られているのかもしれないと気付いていてもやめられない。

 もう嫌だ、と小さく呟きながらセシリアは今宵も一人、ベッドの上で丸くなる。

 そんなセシリアを、ぐいっと力強い腕が抱き寄せた。

「誰?」

 驚いて顔を上げたセシリアの瞳に、クレイグの瑠璃色の瞳が映った。この寝室に入ることが出来るのはセシリアの他にクレイグしかいないが、ここに彼がいることがどうしても不思議で仕方ない。

「クレイグ?」

「大丈夫かな、私の花嫁は」

「どうして、ここに?」

 今夜も仕事で忙しくなると聞いていたのに。

「エミリーから伝言をもらった。君が何かに思い詰めたように沈んでいると。だから部屋に来て驚いたよ、扉を開けたのに全く身動きをしなかったから」

「だって」

「仕事とはいえ、まったく会えなかったのは私の落ち度だ、申し訳ない。でも、今日は仕事を切り上げてきたから、セシリアの話を聞くよ。何をそんなに思い詰めている?」

 本当は仕事を切りのいいところまで終えて帰ってきただけなので、明日からまたしばらく残業続きとなる。それというのも宰相のせいであるが。

 今まではあまり仕事として干渉をしてこなかったクレイグだったが、セシリアと結婚したことにより皇太子の直属の部下として働き始めたのだ。有能な部下をもてあますことをしない宰相は、今までの分を取り戻す勢いで仕事を押し付けてきた。

 慣れない業務の仕事に頭を悩ませながらも、クレイグは少しずつやり方を覚えてきた。だからこそ、こうして時間をとることが出来たのだ。

 夕刻、エミリーは仕事の邪魔を覚悟しながらクレイグの執務室へと出向いた。何事かと対面したエミリーの表情からあまりよくない話だと察し、覚悟を決めた。さりげなくセシリアと距離を作っていたクレイグは、少しだけ後ろめたい気持ちがあったのだ。

 エミリーの話はお互いに遠慮をしあい、思っていることを口にしないことが擦れ違いの原因だと指摘されたクレイグは、誤解を生む元となると、きつい言葉をもらっていた。

 いつかセシリアは心を開いてくれる、それまでは待っている。

 そんな気持ちではセシリアの心はいつまでたってもクレイグに向くことはない。思いを伝え続けることも大切だとまで言われれば、さすがのクレイグも口にしないわけにはいかなかった。

 妻となり、そこにいるからと安堵していてはいけないのだと改めて認識される。

「あの、私……」

「ゆっくりでいいよ。今夜はまだ早い、時間はたっぷりあるから」

「あのね、クレイグ。私……」

 潤んだ瞳で見上げてくるセシリアに、甘い予感がクレイグを襲う。逃げ続けている間に、セシリアの心境に何があったのだろうか。

 この機会を失ってしまえば、次があるかわからないとクレイグは覚悟を決める。口にすることで益々逃げられるのではないかと不安になり、その言葉を使わないようにしていた。でも、エミリーの助言に倣うことにする。

「愛しているよ、セシリア。私には君しか必要ない」

「クレイグ……」

「だからもう一人で悩んだりしないでほしい」

 怖がって逃げられないかと不安になりながら、クレイグはセシリアの頬を優しく包み込む。

「――私も」

「セシリア?」

「私も、クレイグを愛しているわ」

 素直になりたいと思った。気持ちを伝えたいと。伝えなければ何も始まらないと、カミラの時に学んだはずなのに、どうしてセシリアはそれを実行に移すことが出来なかったのだろう。

 逃げ続けても、その思いを消すことはできない。むしろ大きくなるだけだ。

「前世なんて関係なく、私はクレイグを愛しているの。他の誰でもないあなただから、私は愛を誓いあえる」

「セシリア」

 感涙極まって、クレイグはセシリアを抱き寄せる。柔らかなその体は、もう二度と逃げることはない。

「嬉しいよ、セシリア」

「愛しているの、愛しているわ、クレイグ」

 自然とこぼれ落ちる涙。その涙を唇で拭うクレイグは、そのまま唇を合わせる。触れるだけの柔らかなキス。

「私も愛しているよ、セシリア。生涯、君だけに永遠の愛を誓おう。お互いにその誓いが違えることのないように、思いを伝えあおう」

「ええ、クレイグ」

 力強く抱きしめてくるクレイグの腕の中で、セシリアは涙を止めることが出来ない。

 幸せになりたい。

 ずっと思っていた願い事。それを叶えてくれるのは、クレイグだけ。

「私はね、前世の記憶を持って生まれてきてよかったと思うよ」

 耳元で囁くクレイグの言葉に、セシリアは首を傾げる。

「君を見つけることが出来たから。ずっとやり直したいと思っていたけれど、今はそうは思わない」

「クレイグ?」

「やり直したい、ではない。結婚をして君を初めて抱いたときに、出来たら君と一から始めたいと思うようになっていた。カミラの生まれ変わりのセシリアではなく、カミラの記憶を持っているけれど、セシリアとして生を生まれた君だから、ともに幸せになりたいと思うようになった」

「私も――ライアンの記憶を持ちながらも、クレイグとしてしっかりと立っているあなたと、幸せを掴みたい」

「やっと手に入れることが出来た」

 過去の記憶と現在。二つの思いはあるけれど、いつだってクレイグの心の中にあったのはセシリアを幸せにしたい気持ちと、セシリアと幸せになりたい気持ちだった。

「愛しているよ、セシリア。もう二度と間違えたりしない」

「間違えることがあったとしても、今度はしっかりとあなたに尋ねるわ。自己完結などしないで、しっかりとあなたに問いただす。あの時のように間違えないように」

 しっかりと抱きしめあいながら、二人はやっと気持ちを通じ合わせることが出来た。



「愛しているわ、クレイグ」


「愛しているよ、セシリア」


 永遠の愛を、君に誓おう。












終わり






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